好きな服に手を伸ばす

AFFECTUS No.59

人間関係において楽なのは信じることよりも疑うことだ。いつだって気持ちを楽にさせるのは、誠実なものより不誠実なものだということを僕は知っている。人間は楽で簡単なことが好きで、その行為がどれだけ人の心を傷つけるかわかっているくせに、自分が楽をしたいが為に平気で不誠実な行為を行う。

そんなふうに考えられるようになったのは、自分の愚かさに気づかされたからだ。正義や良心と言うには立派すぎるが、正しさみたいなものに気づくのは、いつだって心が折れて過去の自分を悔いたときだった。

諦めることに、逃げ出すことに、もっともらしい理由をつけて自分を納得させるのが大人だとするなら、僕がその資格を満たしたのはいつだったのだろう。好きだという感情に素直でいられる年齢はとっくに過ぎた。仕事や人間関係、収入、貯金の額、住んでいる場所、人の機嫌、そんな中学生のころには考えもしなかった、単純に思える多くのことを複雑に絡めては考え、いつしか自分の感情に蓋をしてしまい、諦めること、逃げ出すこと、相手の誠実な気持ちと向き合うことに面倒くささを感じ、顔を背ける自分がいる。

ときどき思う。

感情の赴くまま生きてみたい。いつもいつも理路整然と生きていくことは気持ち悪くて窮屈だ。感情に振り回されて生きるのも悪いことじゃない。

だが、その勇気を今の僕は持っているのだろうか。

そう自分に訊ねてみたら、目を瞑り顔を左右に振る姿が想像できた。一度失ったものを手に入れる難しさを知って、その難しさに諦めを簡単に覚えてしまうのも大人なんだろうか。

「それもきっと大人だ」

怖じ気づいてばかりの僕は自分にそう語りかけることで、その怯えを正当化させる。

どんなに単調で単純な毎日であろうと、生きていればそれなりに嫌なことは経験する。そんなとき、好きな服を着てみる。もちろん、好きな服を着ただけで僕が過去に囚われてきたそれなりに嫌なことというのが、一掃されてきたわけではない。消えたと思っても二日後には甦る。それが嫌なことだ。そのことを僕は十分に理解している。

でも、好きな服はいつも沈んだ心に救いの手を差し伸べてくれ、力を分け与えてくれてきた。

人間傷ついたらいちばん欲しいのは救いの手だ。どうしようもなく落ち込み、ひとりでいることに当たり前の寂しさを覚えて苛まされ、未来を思うと不安に駆られる。そんなとき、救いの手を誰かに差し出して欲しくてたまらなくなる。

「その気持ち、わかるよ」

頑張れよとか、元気出せとか、そういった安易な励ましじゃなく、この気持ちを理解してくれるたったひとこと、そんな救いの手を僕は欲している。

たとえ自分を否定するどんなに暗くネガティブな感情であっても、その感情に共感してもらえたなら僕は救われる。

「私もわかるよ」

こんなふうに、口にするのもはばかれる自分の気持ちを誰かが代弁してくれたなら、と思う。

傷ついた人間を救うのは安易な励ましよりも共感だ。励ますことよりも共感すること。そのことの方がずっと大事なんだ。助けて欲しいときに誰にも助けてもらえず、孤独と不安が心の中に積もっていく。自分の生きる世界からは決して逃れられなくて、誰にも会いたくないと思うこともあるが、でもやっぱり誰かにそばにいてもらいたくて、そんな矛盾が頭の中をぐるぐる駆け巡り、マイナス思考はどんどん加速していく。

結局のところ、過去の後悔なんて前を向くことでしか解決しない。悔やんでもしょうがない。次だ。そう思うしかない。どんなに辛くても、苦しくても、前を向いて生きるんだ。そう力強く思えばほんの少し力が湧いてくる。たしかにそんなふうにして無理矢理絞り出された力はとっても頼りなくてひどく弱々しい。でもそれが僕の欲しかった力だ。絶望してその場に突っ伏しているよりは、どんなに弱くて頼りなくてもその力を支えに歩き始めた方が、ずっとマシじゃないか。

自分に原因はたしかにあるのかもしれない。まわりの人間もそう思うかもしれない。自分が情けなくて嫌になるかもしれない。けれど、辛いときほど、情けなくて嫌になる自分に優しくなるべきじゃないか。傷ついたときに反省なんてしなくていい。反省は時間が経って元気になったころすればいい。好きなだけすればいい。

今はただひたすら好きな服を着て、自分に優しくしてればいい。

この服がなかったら、僕はどうなっていた?マルタン・マルジェラのジャケットがなかったら?ラフ・シモンズのジャケットがなかったら?ヘルムート・ラングのニットがなかったら?

おそらく特別何も変わることなく生きてきたと。何か起きたとしても、それは沈んだ気分が一日二日伸びただけのたいしたことない出来事だったはずだ。だけど好きな服を着ることで、僕の気持ちは軽く優しく誇らしくなる。きっと、その誇らしい気分は偽りの自信だろう。けれど、偽りの自信であったとしても自分を信じられていたなら、きっと未来は変わっていく。

だから、僕は好きな服に手を伸ばす。

〈了〉

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