AFFECTUS No.61
とうとうこの日がやってきた。スコット・スタンバーグの帰還だ。いつか戻ってくるかもしれない。でも、その日は訪れないのかもしれない。そんな気持ちが混ざり合った日々をずっと過ごしてきた、と言ったら大げさだけど、スコットのデザインをもう一度見たかったのは正直な気持ちだ。
2015年6月にスコットは自ら創業した「バンド オブ アウトサイダーズ」(以下バンド)を去った。その発表は突然だった。
「え、まさか、ほんと?」
にわかに信じ難いことで、けれどそれは事実だった。10年以上かけて育てたブランドを休止して去ったスコットは、その後ファッション界の表舞台から完全に姿を消す。彼について、噂話の一つもメディアには上がらなくなる。
それから3年。去るのも突然だったが、戻って来るのも突然。スコットがファッション界へ復帰する。その発表を知るのは2018年3月30日。新ブランドを立ち上げ、彼は帰ってくる。あまりにも驚きのニュースだった。
新ブランドの名前は「エンタイア ワールド(Entireworld)」。しかも、立ちあがった新ブランドのサイトには、新商品の発売開始が「4月2日」と記されていた。新ブランド発表の翌日から、商品の販売が始まるというサプライズ。
「なんだよ、もう!」
僕はその事実だけで、ワクワクしていた。半年に一度発表するコレクション形式の卸メインの商売ではなく、月1回新商品をリリースするD2C(Direct to Consumer)での商売。新ブランドの発表も突然であれば、新商品の発売も突然。そのスピード感と意外性に、僕の胸が高揚する。
こんなふうに飄々と、業界の常識を笑うように意外性のチャレンジをやってしまうのがスコットらしくて、ユーモアが滲み出していて、ああ、たまらんわ、という気持ちになる。
新商品が発売される4月2日にサイトをチェックしよう。そう思ったにも関わらず、僕はすっかりそのことを忘れしまう。4月6日になって突然そのことを思い出し、マウスをクリックする。クリッククリック。
画面を見て驚く。
「え?え?」
驚いたのはデザインではない。価格だった。何度も確認しては$を円に直す。この安さを信じていいのか。バンドのボタンダウンシャツは約3万円だった。しかし、エンタイア ワールドのボタンダウンシャツは約1/3の$95だ。他のアイテムもメンズのTシャツで$30、ウィメンズはTシャツが最安値で$25で中心価格は$30、オーガニックコットンを使用したデニムシャツは$125という、まったく予想もしてなかったロープライスに、僕は戸惑い、驚き、高鳴りがごちゃ混ぜになり「スコットのやりたいことはこれだったのか!」と、思わず膝を打つ。
まるでジャブを打つように先手を取られた。そんな気持ちだ。そしてこのスマートなユーモアこそがアメリカントラッドだと、今僕は思う。この感覚が楽しいのだ。ゲームを仕掛けられたようで、心地よい。
スコットが去った後のバンドは、新体制で2017SSにリスタートしたが、ストリート全面の「え?これバンドでやる必要ある?」の困惑するコレクションだった。すると、その1シーズンでデザインチームはクビにされて(17SSは生産されず、オーダー分もキャンセル)、またまた体制を新しく作り変え、2017AWに再々スタートという迷走を経て、ようやく落ち着いてきたけれど、やっぱりそこにはスコットの匂いはなかった。
エンタイア ワールドのサイトにアップされた、久しぶりにスコットのフィルターを通したビジュアルを見て、ああ、これだよ、これだよ、と僕は一人頷く。光と空気が優しく柔らかく朗らかなスコットのビジュアル。その中に身を置き、お茶を飲み、友人とひたすらダラダラとお喋りしながら過ごしたくなる居心地の良さと安心感。それが、以前と変わらずたしかにそこにはあった。
そして、女性モデルの笑顔。そう、これなんだよ、スコットの魅力は。モデルのナチュラルな笑顔。とても美しい。そこに和むんだ。もう、それが見られただけで満足だよ。
さっそくスコットの新インタビューも「GQ JAPAN」でアップされていた。新ブランドの構想は、2014年からあったと語っていて、おいおい、まだバンドをやってるときじゃないか、ニューヨークにショップをオープンしたばかりの年じゃないか、と思う。ショーを開催し、東京とニューヨークにショップもオープンし、側から見ると順調そうに見えてスコットには違和感があったのだろうか。華やかにオープンしたニューヨークのショップも経営状況が良いとは言えず、そのことで出資会社が離れ、それがバンド休止の引き金となったという記事を当時読んだ。バンドはショーを開催していたが、2015AWでショー開催を止めている。今改めて当時の記事を読むと、展示会で語るスコットのこの言葉が頭にこびりつく。
「ニューヨーク・ファッション・ウイークで多くのブランドがショーを開催する中で、自分のブランドも短い時間で発表するとコレクションの良さがうまく伝わらず埋もれてしまうようで、わざわざショーをしなくてもいいのでは思った。ニューヨークの忙しい時の流れにも慣れないままだよ」「バンド オブ アウトサイダーズ」の一時休止が決定 WWD JAPAN 2015/5/28より
既存のファッション業界の常識が、いつでも誰でもふさわしい時代は、過ぎたのではないだろうか。これまでの方法を否定するわけでもないし、新しい方法を否定するわけでもない。多様性を謳う時代なら、ファッションビジネスの選択にも多様性が現れ始めても不思議ではない。ファッションを作る・売る・買う行為とその選択の拡張。ブランドも消費者も、それぞれに応じた選択をし、そのことを楽しむ。そしてそれが商売になる。そういう時代が来ているのではないだろうか。
GQ JAPANのインタビューの最後に、5年後のブランドの展望を訊ねられたスコットはこう答えていた。
「Entireworld(全世界という意味)は文字通り世界を制覇するぞ、という意気込みです!」世界を制覇したい! スコット・スタンバーグの新展開「Entireworld」GQ JAPAN 2018.04.05より
その言葉にはユーモアも滲んでいるけど、スコットがこれまでの経験で育まれた信念が宿っているようにも感じる。今のファッション界へのカウンターとも言える信念。その信念を服にしたくて、スコットはきっと戻ってきた。
服のデザインについてまったく触れてないけど、今日ここで服については語りたくないんだ。だって、僕が語るまでもないスコットの服がエンタイア ワールドにはあったから。スコットの帰還を僕は心から歓迎する。お帰りなさい、そして戻ってきてくれてありがとう。
スコット・スタンバーグの新しい挑戦が、今始まる。
〈了〉