ストリートキッズのためのミニマリズム

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AFFECTUS No.73

ジル・サンダーのクリエイティブ・ディレクターに、ルーク&ルーシーのメイヤー夫婦が就任して3シーズン目となる2019SSメンズコレクション。ルークとルーシーは意外性にあふれるコレクションを発表する。その意外性に僕は思わず唸る。どうして、この発想が今まで浮かばなかったのだろうかと。

このコレクション、主導したのはおそらく夫であるルーク・メイヤーだろう。ジル・サンダーのクリエイティブ・ディレクターにメイヤー夫婦が就任することになり最も期待されたことは、現在の最重要トレンド「ストリート」をジル・サンダーの世界へ融合することだったはず。

そうでなければ、ルーク・メイヤーを起用しないだろう。クリスチャン・ディオールでラフ・シモンズ退任後にデザインチームをリードするなど、モードの王道でキャリアを重ねてきたルーシー・メイヤーだけで十分だったはずだ。シュプリームでデザイナーとしてキャリアを積み、シグネチャーブランド「OAMC」でモードとストリートの融合を図るストリートのエリート街道を歩いてきたルーク・メイヤーのセンスを、ジル・サンダーは欲したのだ。

成熟した大人のためのシンプルでピュアなミニマルウェア。そのジル・サンダーにストリートのテイストを溶け込ませることで、ジル・サンダーをストリート全盛の現代にフィットするブランドへ適応させ、ブランドの魅力を高め、さらに売上を伸ばす。メイヤー夫婦、特にルークを起用した思惑には、そんなブランドの目的があったと僕は睨んでいる。

事実メイヤー夫婦は、ジル・サンダーの世界にストリートのテイストを無理なく溶け込ませていき、見事なコレクションを発表していく。決して、ストリートのテイストが強いデザインではない。従来の顧客像から外れないように、ブランドのピュアな世界観を尊重した上で、ストリートの香りをさりげなくナチュラルにスムーズに、ジル・サンダースタイルへそっと添えている。

しかし、今回メイヤー夫婦はシフトチェンジを図る。ミニマリズムのためのストリートから、ストリートのためのミニマリズムへ。キャリアパーソンからストリートキッズへ。大胆なシフトチェンジだ。

ストリートファッションの象徴であるスケータースタイル。ルーズなシルエットのトップスとパンツ、白いソックス、スニーカー、キャップ。それらスケータースタイルが、ストリートキッズのためにミニマリズムのエッセンスを注入し、ミニマルウェアとして生まれ変わらせたのが2019SSメンズコレクションのジル・サンダーである。

ルーズシルエットそのままに、色は黒と白のモノトーンカラーがベースとなり、白いソックスは黒いソックスへ、スニーカーはレースアップブーツへとチェンジ。トップスのメインはTシャツではなくホワイトシャツ。そこにプリントが乗るのだが、グラフィカルなロゴではなく、ワントーンカラーで描かれた抽象絵画のようなプリントがホワイトシャツへスクウェア状に大胆な配置が施される。キースタイルとしてスケーターファッションのシンボル的アイテムのハーフパンツを組み込んだスタイルが登場し、加えてジャケットとパンツのセットアップも盛り込まれる。

ルーズなシルエットであっても印象はクールでソリッド。ジル・サンダーの新境地だ。

今となれば、このスタイルは特別な発想には思えない。しかし、隙間に抜け落ちたように僕にはこの発想がなかった。1ミリとも浮かんでいなかったのだ。まさか、ジル・サンダーで顧客像を変えるような大胆な変化を行うなんて。

意外性と新規性に満ちた出色のコレクションだが、ビジネス状のリスクも孕んでいる。これまでのジル・サンダーの顧客像とは異なるのだ。明らかにこれまでの顧客像よりもグッと若返っている。若返るだけでなく、スタイルも変わった。この新しいスタイルを顧客はどう思うのか。しかし、一方でグッチやバレンシアガのビジネスを急速に成長させた購買力ある新世代の若者たちを、ジル・サンダーもターゲットに定めたとも考えられる。

今回のジル・サンダーはデザインとビジネス、その両面において思い切ったチャレンジをした。果たしてその結果はどうなるのか。そして、秋に発表されるウィメンズでは、このストリートキッズのためのミニマリズムが継続されるのか。それとも、このスタイルはメンズだけなのだろうか。このNew Jil Sanderの行方に興味が尽きない。

僕はこの新しい挑戦に拍手を送りたい。売れるために売れている服を作るのではなく、売れるために面白い服を作る。その精神を僕らは忘れてはならない。ファッションは新しさへの挑戦こそが、人々を魅了し時代を前進させるのだから。

〈了〉

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