AFFECTUS No.74
「賛成する人のほとんどいない、大切な真実とは?」
この言葉を知っている人もきっと多いだろう。PayPalの共同創業者にてFacebookへの投資で莫大な成功を収めている、起業家でもあり投資家でもあるピーター・ティールの言葉だ。
この言葉の持つ視点が、ファッションデザインでも重要と言える。ただし、表現を変える必要がある。ファッション界にフィットするよう言い変えるとすればこうだ。
「美しいと思う人のほとんどいない、大切なスタイルとは?」
ほとんどの人にダサいと思われるけれど、自分だけがカッコいいと思えるスタイルを見つけること。この視点こそが、トレンドへのカタンターを生む重要なキー=オリジナルスタイルの発見に繋がる。
僕がファッションデザインのブログを書き始め、2年が経過した。ブログを書く際には、時にはモード史、社会背景、娯楽のトレンドを調べたり、過去に集めた資料を参考にすることもあるが、ベースとなっているのはモードに魅了されてからの20年、その間ずっと思考してきたこと、そして僕自身がこれまで実際に経験した服作りから得た知識と感覚になる。
ファッションデザインの価値を左右しているのはトレンドだ。トレンドをフォローするデザインをすることで得られるリターンは確かにある。しかし、一番大きいリターンが得られるのは、トレンドへのカウンターを生んだときだ。それはモード史が物語っている。
ココ・シャネルのジャージーもそうであったし、クリスチャン・ディオールのニュールックもそうだった。そしてマルタン・マルジェラ、現在ではヴェトモンもそうだ。皆、その時代のトレンドへのカウンターを打ち込んでいる。モード史を書き換え、人々のスタイルを更新させる。それが実現できたなら、売上高の多寡だけでは得られない名声を獲得でき、市場におけるブランドの価値はこれ以上ないほど高まる。そして、人々はそのブランドへ憧れを抱く。クリスチャン・ディオールとザラ、憧れを抱くのはどちらだろうか。
しかし、カウンターには大きなリスクが伴う。失敗する可能性が高い。失敗すれば、ビジネス的に大きなダメージを追うのも事実だ。どうしたら、失敗のリスクを小さくできるか。ファッションデザイン最大の目的は「人が欲しくなる服を作ること」。ファッションにビジネスという側面がある以上、人が購入して着たくなる服をデザインすることが一番の目的だと僕は考える。
「人が欲しくなる服を作るためには、ほとんどの人にダサいと思われるけど、自分だけがカッコいいと思うスタイルを見つける必要がある」
この一文を読んでこう疑問を感じる人もいるはず。
「ほとんどの人がダサいと思う服なら、欲しくならないだろ?」
たしかにその通りである。僕もそう思う。だが、人々を魅了するブランドのデザインは何が魅力なのか、その秘密を解き明かそうと2年間ファッションデザインのブログを書き続けてきた僕に見えてきたのは、それを可能にするファッションデザインの理論の存在だった。
今後、その内容を更新する可能性はもちろんあるし、現時点では粗もある。その理論は成功を必ず約束するものではない。しかし、理論の存在がファッションデザインをさらに発展させていく。僕はそう直感している。今回試みるのは、その言語化である。どのようにして、トレンドへのカウンターを作り出すのか。その理論を言葉にして、ここに述べていきたい。
まずは前回の続きからスタートしたい。
自分の強烈な「好き」
前回、デムナ・ヴァザリアによるバレンシアガのデザインを分析したが、その目的はトレンドの理解だった。
ファッションデザインの価値を決めているのはトレンドである。昔は「カッコイイ」「カワイイ」と思った服が、今はまったく魅力を感じない。そのような体験をした人は多いはず。しかし、ふたたびトレンドに乗れば、魅力を感じなくなった服が魅力的に感じ始める。だから、トレンドの理解は不可欠になる。
様々なブランドをリサーチするのではなく、なぜ一つのブランドに絞ったのか。その理由はファッション界の構造にある。ファッションデザインは突出したデザインが現れ人気になると、一斉にそのデザインが波及していく。「売れそう」となれば積極的に商品化し、「売れなそう」となれば早々に見切りをつける。良くも悪くもファッション界の特徴である。もちろん、そこには商品の模倣といった問題も現れるが、一方でマスブランドにてデザインの解釈がうまく行われたら、先端的デザインの普及を助け、市場を活性化する役割も果たす。
だからこそ、このストリート全盛時代を作り出した張本人であり、さらにその威力を拡大するデムナ・ヴァザリア手がけるバレンシアガに焦点を当てることが、効率的だと考えた。
デムナ・バレンシアガ、特にその影響力が強いメンズコレクションを見ていくことで把握したデザイン的特徴は「ダサく、ダサく、ダサく」だった。2018SSメンズコレクションの「お父さんルック」がまさにそうだろう。他シーズンにも散見されるシルエットの歪さにも、その特徴がよく現れている。
しかし、「ダサい」と言ったが、当の本人であるデムナ・ヴァザリアはどう思っているのか。本人に聞くことはできていないので実際のところはわからない。しかし、一時期デムナマニアを自称するほど彼のインタビューを繰り返し読み漁っていた時、デムナ自身は「ダサい」とは思っていないことに気づく。むしろ、デムナは「これこそが最も魅力的だ」と確信しているように感じられた。それはデムナだけでなく、トム・フォード時代から続いていたセクシーなグッチの世界観を一変させ、ファンタジーへ舵を切ることでグッチの売上を急伸させているアレッサンドロ・ミケーレにも言える。
彼らは、自分たちが好きで好きで好きでしょうがないものを、発表しているだけ。前回の終盤で述べた「ダサく、ダサく、ダサく」は他の言葉に言い換えると「自分の強烈な好き」となる。自分が大好きでしょうがないものをみんなに見せている。ただそれだけなのだ。
先日、興味深い記事を読んだ。デムナが自身のブランド「ヴェトモン」で発表した2019SSコレクションについての言及だった。このコレクションも「悪趣味なエレガンス」が特徴に思える。
デムナがここで語っていることを読むと、やはりこのスタイルも自身のアイデンティティと言えるほどの確固となるものになっている。
デムナのインタビューとバレンシアガのコレクションを照らし合わせながら見ていくことで浮かび上がってきたのが、冒頭に書いた一文だった。
「美しいと思う人のほとんどいない、大切なスタイルとは?」
これを見つけることが、トレンドへのカウンターを生み出す一歩になる。というよりも、このオリジナルスタイルがなければカウンターは生み出せない。それほどに重要で貴重なものだ。
トレンドへのカウンターの積み重ねが歴史となっているファッションデザインでは、この「美しいと思う人のほとんどいない、大切なスタイルとは?」は普遍的な問いとも言える。ファッションデザイナーにまず必要なのは、自分のオリジナルスタイルを見つけること。ただし、そのオリジナルスタイルは何度も言うように「ほとんどの人にダサいと思われるけど、自分だけがカッコいいと思うスタイル」である必要がある。重ねて言うが、理由はトレンドへのカウンターを生むためである。
みんなが嫌いな自分の好きを、魅力的に見せる
オリジナルスタイルが見つかっても、今度は次の問題がある。オリジナルスタイルは、自分がカッコいいとは思っても世の中に人々にダサいと思われるのだ。これでは、ファッションデザインの目的である「人が欲しくなる服を作ること」が達成されない。どうすればいいのか。
トレンドに乗せればいい。
デザイナーの独自性=オリジナルスタイルをトレンドに乗せて作り上げればいい。その方法について以下で解説していきたい。
先ほど述べた「ダサく、ダサく、ダサく」は一番重要な現代のトレンドであるが、それ以外に注目すべき3つのトレンドがあると前回述べた。それが以下の3つになる。
① ジェンダーレス
② リアリティ
③ インスタグラム
この3つのトレンドにオリジナルスタイルを乗せていくことで、自分だけが好きなものが、他の人々にも魅力的に見える効果を作用していく。この3つのトレンドについて述べていきたい。
① ジェンダーレス
現在、メンズでもウィメンズでもない、男性でも女性でも着られる服が第3のカテゴリーとして出てきた。これはファッション界に久しぶりに現れた新市場だ。今やジェンダーレスは、ファッションデザイナーにとって必須科目の様相を呈してきた。事実、これまではメンズとウィメンズのショー開催時期を別々に行っていたが、メンズとウィメンズのショーを合同で開催するブランドが増えてきた。
服の着方に「女性らしい」「男性らしい」と表現することが本当にふさわしいのかと疑問が生まれ始めた今、大切なのは「自分らしく」着ているかどうか。 男性でもなく女性もでもなく、人間のための服。それが求められ始めているのが「今」だ。
② リアリティ
モードといえば、そのデザインは抽象的だった。
「ジャケットっぽいけど、これはどこで着たらいいの?」
「このパンツ、カッコイイけど、いつ穿いたらいいの?」
一見するとそのアイテムが何かはわかるけれど「いつどこで着たらいいの?」と具体的着用シーンを惑わせる。そういう抽象度の高いデザインがモードの特徴だった。既存の服をこれまでにない服へと挑戦的に変貌させる。それがモードの姿勢と言える。上記の二文もモード好きならこう言うだろう。
「ジャケットがこんなふうになるのか!最高だ!今すぐ着たい!」
「これがパンツなのか!?明日にでも穿きたい!」
一概には言えないが、モード好きの人々の思考とはこうである。
話を戻そう。抽象度が究極まで高まっているのが、近年のコム デ ギャルソンのウィメンズになる。
しかし、現在のトレンドはリアルであることが重要だ。先ほどとは逆に、一見して「いつどこで着るのか」、その解答が瞬時に導き出されるリアリティこそが現在のファッションデザインのトレンドである。そのためにはトレンチコートやジーンズといったベーシックアイテムをベースにして、そこにこれまでのベーシックアイテムにはなかった要素を取り入れ、そのアイテムたちを組みあわせてスタイルを作り上げる。リアルなアヴァンギャルドとも言い換えられるアプローチがキーになっている。
前回ピックアップしたバレンシアガ2018SSメンズコレクションを具体例にして見ていきたい。
2018SSコレクションのメンズは、スタイル自体は極めて普通だ。しかし、アイテムに癖のある要素=ダサさを、色・ディテール・素材感・シルエットに取り入れ、通常カッコいいと思われるバランスから崩して、普通のスタイルを奇異なスタイル=お父さんルックへ作り変えている。リアルなのにアヴァンギャルド。それが現代のファッションデザインの重要アプローチになる。
極端な例で比較したが、コム デ ギャルソンとバレンシアガでアプローチ方法に違いがあることが感じられると思う。今、最新のデザインアプローチはバレンシアガになる。
もう一つ、本来なら独立して取り上げべるべきトレンドがある。それがビッグシルエットだ。だが、今回は独立して取り上げることはせず、このリアリティの中の一要素として組み込むことにした。
理由はビッグシルエットのアプローチが「リアルなアヴァンギャルド」というリアリティの範疇に収まっているからである。
2015AWシーズン、デムナは自身のブランド「ヴェトモン」にストリートを本格導入した。この変化が、当初はマルタン・マルジェラのモダナイズにしか見えなかったヴェトモンを、これまでにない新規性あるデザインを発表するカウンターを打ち込むブランドへと変貌させた。
その中で注目されたのがビッグシルエットだった。トレンチコートやMA-1といったベーシックアイテムに、それまでのトレンチやMA-1にはありえなかった巨大すぎるシルエットを取り入れて、リアルアイテムをアヴァンギャルド化した。
ビッグシルエット自体はそれだけ強い存在感を発揮する要素だが、そのアプローチが先述したようにリアリティの範疇とも言えるので、今回はあえて独立させて取り上げることはしなかった。
③ インスタグラム
最後に取り上げるトレンドはインスタグラムだ。このプラットフォームが、ファッションデザインを大きく変えた。インスタグラムは皮肉にもSNSが代替したはずのファッションが持っていた「個性を表現する役割」を、ファッションへ回帰させることになる。
現在、インスタグラムに投稿する若者たちが着る服は、ロゴやマークが取り入れられたグラフィカルなデザインの服が多い。装飾性がとても強く、一目見ると、その服がどこのブランドか判明するタイプのデザインだ。ここ数シーズンのヨウジヤマモトがその代表と言える。
インスタグラムは独特のエレガンスを生み出した。「Insta Elegance」とも呼べる大胆さを特徴としたデザインが、現在人気になってきている。
当初、僕はこの「Insta Elegance」を軽く見ていた。しかし、その浸透度と拡大を見ていたら、これはそんな生易しいものではなく、今ではジェンダーレスと同様にファッションデザイナーの必須科目だと考えを改めるようになった。
一目見るだけでブランドが連想できる。それほど強烈なインパクトを持つ服が「Insta Elegance」だ。そう抽象化すると、何もグラフィカルな平面的デザインにこだわる必要もなくなる。その意味で、デムナがバレンシアガ2019AWコレクションで発表したスーパーレイヤードスタイルは、新しい局面を展開した。平面から立体へ。次の「Insta Elegance」が始まるかもしれない。
オリジナルスタイル × トレンド × トレンド=カウンター
オリジナルスタイル単体では、その性質上、世の中の人々が着たくなる服ではない。しかし、そこに人々が魅力を感じている時代のトレンドを掛け合わせることで、自分だけのカッコよさが他の人々にもその魅力が理解できるようになり、同時にオリジナルスタイルの持つ強い個性がトレンドへのカウンターにもなっていく。
掛け合わせるトレンドは一つとは限らない。複数掛け合わせてもいい。
オリジナルスタイル × ジェンダーレス × リアリティ
オリジナルスタイル × リアリティ × インスタグラム
オリジナルスタイル × インスタグラム × ジェンダーレス
オリジナルスタイルにどのトレンドを掛け合わせるか。それはデザイナーの持つスキルやセンスとの相性によるだろう。そもそも、オリジナルスタイル自体、複数の要素の組み合わせである可能性が高い。
ヨウジヤマモトを例にしてみよう。あくまで僕の解釈ということを断っておきたい。ヨウジヤマモトのオリジナルスタイルは、オートクチュール黄金期に繋がるクラシックエレガンス、メンズウェアを女性が着る佇まいの美しさ、そして戦争で父親が亡くなり母親が育ててきた山本耀司の持つ背景の掛け合わせだと僕は感じている。あの「黒」と量感の美しい布さばきの服にはそのような空気を感じる。
しかし、そのオリジナルスタイルが時代に合わなくなってきた結果が、ブランドの業績悪化に繋がったのではないだろうか。だが、その状況でふっきれたのか、かつてのヨウジヤマモトを知る人間なら誰もが驚く、インスタグラム映えするグラフィックをオリジナルスタイルの「量感の美しい布さばきの黒い服」に掛け合わせ、またリアリティの範疇に含まれるビッグシルエットのトレンドがヨウジヤマモトのオリジナルスタイルとも重なり、それらの複合的要素がヨウジヤマモトを復活させたように思える。
今、ヨウジヤマモトはストリートへのカウンターを打ち込んでいる。その服が若者たちの心を掴んだ。
未来を予測するな
デムナ・ヴァザリアは未来を見通せたかのように、新しい価値観の服を発表してきた。しかし、それはあくまで結果的に未来を予測したように見えるだけではないかと思う。
未来のスタイルを予測する。そのこと自体、はっきり言って不可能だ。例えば、ヴェトモン登場以前に、現在のようなビッグシルエット&ストリート全盛時代を完璧に予想できた人間はいるだろうか。ノームコア後にアスレジャーが来ると言われたが、正直トレンドと言えるほどの波にはならなかった。元来が無理なのだ。人間に未来を予測するなんて行為は。いや、正確に言えば、未来を当てると言った方がいい。たまたま当たることはあるかもしれないが、完璧に当て続けることは不可能だ。
だったら、未来を予測する必要はない。未来の予測に時間とエネルギーを使うのは無駄になる。必要なのは、どんな未来が来ても対応できるようにしておくことではないだろうか。そのためには、オリジナルスタイルとトレンドの理解が必要になる。
先ほど述べた3つのトレンドは、あくまで現時点でのトレンドになる。しかし、トレンドは時代と共に移り変わっていく。そして、どんなトレンドが時代のメインストリームになるか、その予測は不可能だ。
オリジナルスタイルのアップデートは起きるだろう。しかし、そこまで大きな変化にはならないはず。自分の好きが180度変わるなんてことは、そうそうあることではない(ただし、その可能性は否定しない)。
オリジナルスタイルはアイデンティティとも言える。オリジナルスタイルをその時々のトレンドに乗せていくことで、自分だけの魅力が人々にも伝わるようになる。もちろん、今回述べてきた理論が必ずしもトレンドへのカウンターを生み、成功を絶対に約束するものではない。しかし、その可能性を高める。それが2年間ファッションブログを書いてきて、今の僕に見えてきたことだった。
次回では、オリジナルスタイル × トレンドのカウンター理論の具体例としてラフ・シモンズのデザインをピックアップし、解説していきたい。近年のラフは、その才能が再び覚醒し始めている。新しい地平を切り開くために、天才が本気になり始めた。そう思えるほどの迫力がある。ファッションデザインにはトレンドのフォロー型とカウンター型がある。その二つの具体例として、ラフは素晴らしいコレクションを発表しているので、それをピックアップしようと思う。