目覚め始めるラフ・シモンズ

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AFFECTUS No.75

1995年にデビューしたラフ・シモンズ。その登場は衝撃であり、彼のデザインは若者たちの心を捉え、熱狂は世界へ広まる。ラフはメンズウェアの新しい地平を切り拓く。その後、ラフはデザイナーとしてのキャリアを磨き上げ、世界の頂点へと駆け上がる。ジル・サンダー、クリスチャン・ディオール、そしてカルバン・クライン。ミラノ、パリ、ニューヨークを代表する世界でも指折りのビッグビジネスを誇るブランドでディレクターを務めてきたラフは、今や世界でもトップクラスのキャリアを持つデザイナーとなった。

現在チーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるカルバン・クラインでの報酬も、桁違いになっているだろう。

ジル・サンダーのディレクターに就任したころだろうか。僕がシグネチャーブランド「ラフ・シモンズ」に心が揺さぶられなくなっていったのは。明らかに感じなくなっていた。90年代後半から00年代前半、強烈なまでに感じていた、あのキレにキレたカッコよさを。

その原因がなんなのか。何度も自問自答したが、答えは見つからなかった。

理由がわからないまま、僕はシグネチャーのコレクションをずっと見ていく。決してラフのデザインに飽きたわけではない。その証拠に2016AWシーズンの「ラフ・シモンズ」に僕は思わず唸る。クリスチャン・ディオールのディレクターをわずか3年半で退任し、数年ぶりにシグネチャーだけに集中したラフのデザインを見れたシーズンだ。

時代の主役はデムナ・ヴァザリア。ラフはデムナのデザインを更新する。

ファッション界に吹き荒れる「マルジェラ×ストリート」を吸収し、けれどデムナのトレースには陥らず、それを「ラフ・シモンズ」の世界へと見事に昇華させたストリート×トラッドスクールの2016AWコレクションは「モードの教科書」と評していいほどで、ラフのデザインスキルが成熟さを増していることの証しだった。

だが、そのコレクションを見てもなお、満ち足りた感覚にはなれない自分がいた。

たしかに2016AWは秀逸なデザインではあった。けれど、僕がラフに望むのは、例えそのデザインが見事ではあってもトレンドをフォローするデザインではなく、デビュー初期に見せていたファッションの新しい可能性を果敢に切り拓いていく姿勢だった。

僕は新しいトレンドを作り出す「ラフ・シモンズ」が見たかった。

だが、ここにきて「ラフ・シモンズ」に変化が生まれ始める。未開の地を切り拓く姿勢が蘇ってきたのだ。その始まりは2018SSシーズン。ラフは時代のトレンドに乗りながらも、ストリートへのカウンターを始める。

ネオンが怪しげに夜の闇を照らす路地裏。アスファルトは濡れ、湿った空気を醸す。香港か、新宿か。アジア映画の1シーンのような光景。提灯を手に持ち、傘を差して歩くモデルたちは、女性的コクーンシルエットのアウター、江戸時代の町民の着流しのように細く長いシルエットのトップスとボトム、肩幅が広く大きく落ちたドロップショルダーのジャケットを身にまとい、女性なのか男性なのか、アジアなのかヨーロッパなのか、性別も地域も国も時代も曖昧にする。江戸時代の町民を思わすロングスカートを穿いてるようなモデルの姿は、ジェンダーレスの文脈を拾うようであり、洋服を東洋の視点からリデザインした服にも見え、二重の意味が見え隠れする。

強烈な衝撃があるわけではない。事実、このコレクションを見た時、僕は特段強い印象を受けなかった。しかし、時間が経ってから再び見た瞬間、その魅力を感じ始める。

ラフは再び時代へ楔を打ちこもうとしている。それは僕が望んでいたかつての「ラフ・シモンズ」だ。けれど、昔とは違うアプローチが行われている。

一番の違いはその複雑性。現代のトレンドをいくつも拾いながら「ラフ・シモンズ」の世界へ取り込み、同時にストリートへのカウンターとなるルーズさとは無縁なシリアスでクールなスタイルをベースに未来への視点を見せる。様々な要素が絡み合っているがゆえに、一度見ただけではその魅力が捉えづらい。

90年代のアプローチはもっと直接的だった。昔の「ラフ・シモンズ」は乱暴に言ってしまえば、ロックがすべてだった。ロックを通して表現する手法がわかりやすさとインパクトをもたらしていた。一目見てその強烈さに一気に胸が高鳴る。それが刺激的でたまらなかった。

けれど今は違う。一つのスタイルに頼っていない。2018SSのようにトレンドの吸収と発展、複数のスタイルの融合を同時並行させることで、コレクションには多角的視点が見え隠れする。まるでポール・セザンヌの絵画を見るように。

昔ほどの刺激的な面白さはない。けれど、昔にはなかった読み解く楽しみを備えた複雑味があり、「ラフ・シモンズ」はコンセプチュアルなブランドへと徐々に移り変わっている。2019SSではさらなる進化を見せる。衰える気配を一向に見せないストリート発のビッグシルエット。現代の最重要トレンドの一つに、ラフはクラシックなテーラードコートと1980年代のパワーショルダーを掛け合わせる。

実際の肩幅に不釣り合いなほどに大きく広いショルダーのテーラードコート。ビビッドカラーを用いた光沢ある素材が使われ、その様子が華美で豪勢な80年代を物語るよう。一方で、ポートレイトをプリントしたインナーには、デビュー初期のような繊細な感受性を思わす男性像が垣間見える。男の強さと弱さが組み込まれたスタイル。それは多様性をうたう現代の姿でもある。

そこに加えて、インナーが首から大ぶりなネックレスをぶら下げるようにフォルムを形成し、アウターの内側から外へと溢れ出す。フォルムの複雑性。それはモードの王道だ。同時にそれは、もう一つの最重要トレンド、インスタグラムなエレガンスを捉えている。大胆なロゴで人の目を惹きつける現在のインスタグラムを意識したデザイン。ラフはポートレイトプリントだけでなく、フォルムに複雑性を出すことで進化を見せる。平面から立体へ。インスタグラムなエレガンスを更新する。

最初は歪で、現実にそぐわないように見えたビビッドカラーを用いたパワーショルダーのテーラードコート。しかし、時間の経過と共に見る側の感覚が追いついていく。このコートがこれからのモードではないかと思わせる。ラフはハイコンセプトを身にまとい、モードの王道を貫き、見る側の人間の感覚を引っ張り上げる。

やっぱりラフには未開の地を切り拓く姿勢が似合う。それは僕の最も見たかった姿であり、ファッションにとって一番の魅力だ。誰もが立っていない場所へ歩みを進める。それこそがカッコいい。

天才が目覚め始めた。

〈了〉

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