しまむら理論でバレンシアガと戦ってみる

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AFFECTUS No.79

AFFECTUS No.76の続きとなる今回からは、いよいよデムナ・ヴァザリアがディレクションするバレンシアガへのカウンターとなるデザインを考えていきたい。

実際にコレクションシーンでは、バレンシアガのカウンターとなるデザインが現れ始めた。その一つが、ラフ・シモンズ率いるカルバン・クラインである。2019RESORTコレクションが、まさにそうであった。

スケータースタイルから派生してきたストリートに対して、名門エリート大学の学生たちのスタイルから派生したアメリカントラッドを全面に、ラフ・シモンズはコレクションを構成した。まさに正統なカウンターと言えるアプローチだ。

アメリカントラッドはアメリカを代表するスタイルの一つ。カジュアルながら綺麗な着こなしと、遊び心あるユーモアを織り交ぜたスタイルは、時代を超えて愛され続けている。

そのアメリカントラッドを、ラフ・シモンズはカルバン・クラインのDNAであるミニマリズムでフィルタリングし、よりスマートにクールに仕上げた。アメリカントラッドならではのユーモアを磨き上げながら。

同時にそこには現代のトレンドをしっかり踏まえた表現もなされている。インスタグラムとビッグシルエットである。

アイビーリーグの大学名をロゴにして打ち出し、カラーバリエーション豊富な柄と色使いのアイテムを同時にスタイリングすることによって、一目で惹く大胆さ=インスタグラムなエレガンスを作り出した。また、アウター類に顕著なのだが、幅広い肩幅のショルダーラインが力強い。デムナのバレンシアガほど誇張されたものではなく、もっと自然な肩幅で、それは1980年代の空気を感じさせる。だけど、80年代のような華美さや贅沢さはなく、シンプルに綺麗に仕上げている。これはカルバン・クラインというフィルターにかかったからだろう。

アメリカントラッドは、アイビーリーグと言われるアメリカの有名私立大学8校(ブラウン、コロンビア、コーネル、ダートマス、ハーバード、ペンシルベニア、プリンストン、イェール)の大学生たちのスタイルが源流となっている。大学名を聞くだけでわかるとおり、エリート学生たちのスタイルだ。そのため、着こなしには自然とスマートさがにじみ出ており、上品で綺麗な装いとなっている。一方で学生から生まれたスタイルであるがゆえ、その装いはカジュアルでもあり、また遊び心あふれるユーモアもあり、色使いにも爽やかさと明るさが見える。

カルバン・クラインが今回ロゴとして打ち出した大学は、「YEAL(イェール)」と「 BELKELEY(バークレー)」だった。イェールは、前述の通り私立大学8校に含まれているが、バークレーはカリフォルニア大学バークレー校のことであり、私立大学のアイビーリーグに対しパブリックアイビーと言われる公立大学の一つである。

イェールは49人のノーベル賞受賞者を出し、5人の大統領を輩出し、特に政治家の輩出において注目されている。まさにエリート中のエリートと言える。一方、バーレクー校も負けず劣らずで、2014年までに70人以上のノーベル賞受賞者を輩出し、シリコンバレーにも近く、ハイテク企業を中心に創業者も多数輩出する。とりわけ特徴的なのがスポーツで、バークレー校出身者は100以上のオリンピックメダルを獲得している。(以上Wikipediaより。ノーベル賞受賞者数やメダル獲得数は、現在Wikipediaに記載された数字を参考)

なぜこの2校にフォーカスしたのか、それも気になるところであるが(ここでの考察は控えたい)、カルバン・クラインはかなり真正面からストリートへのカウンターを打ち出している。そして、カルバン・クラインのコレクションにも「オリジナルスタイル(ミニマリズム)×トレンド(ビッグシルエット・インスタグラム)」が潜んでいる。オリジナルスタイルに関して言えば、今回はアメリカントラッドもかけ合わせている。

もう一つ、ストリートへのカウンターとして僕が注目しているのは、ヨウジヤマモトである。これはカルバン・クラインとはまた異なるカウンターを生んでいる。そこには東洋から西洋へのカウンターという意味合いも感じられ、同時に実はデムナのバレンシアガで弱いと僕が感じる「インスタグラムなエレガンス」において、今のヨウジヤマモトは優位性を掴んでいる。日本では、若者の間で人気を獲得しビジネスでも成長させているヨウジヤマモトについては、次回詳しく追っていきたい。

今回のメインテーマは「しまむら」になる。

前回の最後で述べたが、しまむらのストリートTシャツに関するツイート、当初はギャグのつもりで書き始めた。しかし、だ。書き始めていくと、次第にこのしまむらTシャツが、ヴェトモンとシュプリームというストリートの二大巨頭へのカウンターと言えるデザインになっていることに気がつく。

企画者がどこまで意図してデザインしたのかはわからないが、結果的に「ストリートでもってストリートへカウンターを起こす」というアプローチになっている。

今回はそのしまむらTシャツからデザイン構造を抽象化し、言語として把握し、その構造を使ってバレンシアガへのカウンターを考えてみたい。そう、しまむら理論でバレンシアガと戦ってみるのだ。タイトルはふざけていると感じられるかもしれないが、内容はいたって真面目である。

今回はリック・オウエンスの2016SSウィメンズコレクションをモデルケースに選ぶ。

発表当時、かなりの衝撃をもたらしたコレクションだ。モデルがもう一人のモデルを逆さまに抱き抱えながら、ランウェイを歩いている。常軌を逸した姿だ。コムデギャルソンとも、ジョン・ガリアーノとも違うアヴァンギャルドスタイルに驚きを通り越して、笑いがこみ上げてくる。いったいどこから、こんな発想を得たのか。そう思える驚きだ。

このぶっ飛び系衝撃コレクション、これが今見ると、しまむら理論を使えばデムナ・バレンシアガへのカウンターになる可能性を感じた。ただし、それがビジネスの成果につながるかわからない。だが、少なくともモード史でのデザイン上における戦いになる。そう考えた。

では、まずしまむらTシャツのデザインが、どのような構造になっているのか、それを詳しく見ていきたい。

Shimamura 2019ZZ

しまむらTシャツが、そのベースとしたデザインは次の二つだろう。一つはヴェトモンが2016SSコレクションで発表した、袖に赤いロゴプリントを施した黒いフーディ。もう一つは、シュプリームのボックスロゴをプリントしたTシャツである。

しまむらは、ヴェトモンとシュプリームのアイコンと呼べるフーディとTシャツを下敷きにしたことは間違いない。そしてそのアイコンアイテムのアイコンである「ロゴ」を、しまむらは自社の日本語ロゴで上書きしてきた。

ヴェトモンのフーディをTシャツにしたのは、単純にその方が売れる確率が高いと計算したからではないか。冷静に見れば、しまむらのストリートデザインは一般的に「ダサい」と思われる確率が高い。売れない可能性も高い。フーディでは、製造コストがTシャツよりも高いし、フーディよりもまだTシャツの方がワードローブに取り入れやすく、室内着としてなら着ることも可能で、インナーとしての活用方法もある。そのあたりの計算があったのではないかと推測する。

しまむらTシャツのやってることは基本的にはシンプル。しかし、現代最大のビッグトレンド「ストリート」の二大巨頭ヴェトモンとシュプリーム、しかもその両ブランドのアイコンアイテムに焦点を当て、かつ今注目のロゴへさらにフォーカスする。つまり現代ファッションの象徴の中の象徴=ストリートブランドのロゴに狙いを定めて、そこにしまむらの象徴である日本語の自社ロゴに代替する。ヴェトモンのフーディはブランドロゴではないが、象徴的に使われており、目を惹きつける大きな威力がある。

結果的に出来上がったTシャツには、日本語ロゴがシリアスなデザインに対するユーモアというカウンターを打ち込むものでもあり、日本語ロゴが東洋=日本から西洋へのカウンターにもなるというダブルで攻めてきたデザインで、ストリートの文脈を更新した。

プリントもヴェトモンは人物のポートレイトをモノトーンで仕上げ、クールな雰囲気にしている。一方、しむむらは自社の店舗フォトだ。加えて色をカラーにし、その写真にはノスタルジックな匂いも漂わしている。人間に対して建物。ここでもカウンターだ。

ただし、一点残念なのはヴェトモンのフーディではフロントに配置されたプリントを、しまむらTシャツはバックにしたことである。

しまむら側にもこのTシャツがダサい自覚があったのだろうか。バックプリントにすれば、消費者もフロントにプリントがあるよりは気にならなくなり、購入する確率が高まると考えたのか。いや、しかし、実に残念だった。

ここは思い切って、ヴェトモンのフーディの文脈に乗るべく、フロントプリントで振り切って欲しかった。そうすれば、パーフェクトなデザインになっていた。

しかしながら、このしまむらTシャツはカウンターのデザインを生む上で、とても勉強になるケースだ。タイプ的に言えば、トレンドのフォロー型にはなるが、カウンター要素も含んでいる。つまり、トレンドへの反動を起こすオーソドックスなカウンターではなく、トレンドに乗るフォロー型でありながらカウンターを起こすタイプとなる

このアプローチを抽象化すると以下になる。( )内は今回のしまむらTシャツのケースに当てはめた例である。

1. トレンドブランドのアイコンアイテムを捉える(フーディ、Tシャツ)
2. 1のアイテムの中のさらにアイコンを捉える(ロゴ)
3. 2を自ブランドの強み(日本語自社ロゴ)に置き換える

このアプローチの有効性はしまむらTシャツの反応を見る限り、かなりポジティブと言える。実際、この限定しまむらTシャツは完売したようだ。その枚数が何枚なのかは不明だが、しむむら×ZOZO企画ということを考えれば、20枚30枚ということもなく、それなりの枚数だったと思われる。

このアプローチはデムナ・ヴァザリアのバレンシアガにも有効だ。

バレンシアガへのアプローチ

たとえば、バレンシアガでショルダーやウェストに散見される歪な造形。これはデムナのバレンシアガにおけるアイコンになり始めている。デムナのバレンシアガはストリートシーンをリードするが、テーラードアイテムを積極的に使っており、それがデムナのバレンシアガにおけるアイコンになっている。これは上記の「1.トレンドブランドのアイコンアイテムを捉える」に当てはまる。

その中で、散見されるのがショルダーやウェストに現れる歪な造形である。これは上記の「2.1のアイテムの中のさらにアイコンを捉える」に該当する。

バレンシアガの歪な造形にはもう一つ、特徴がある。それは人工的ということである。ショルダーに肩パッドを用いたり、3Dプリンターを用いてジャケットのシルエットを形成したりなど、そこには人工的な空気がある。もう少し突っ込んで表現すれば、ラインが硬い印象だと言える。

そこ=硬い印象を上書きする。

リック・オウエンスを参考に

つまり、パターンメイキング力が武器のブランドであるなら、テーラードのジャケットやコートをピックアップし、パターンメイキング力をフル活用したデムナ・バレンシアガとは異なるテクニックとパターン構成で、デムナ・バレンシアガを上回る歪な造形を作り出す方法があるだろう。

このアプローチは、造形力に定評のあるジュンヤ・ワタナベやリック・オウエンスなら可能に思える。今回、リック・オウエンスの2016SSを応用したアプローチで具体案を考えてみたい。

先ほど述べた通り、このコレクションはかなりのインパクトがあった。パリコレの個人的2トップを決定的にするコレクションだった(もう一人は、トム・ブラウン)。だが、今アレンジできるアイデアでもある。

このコレクションのルックのように人を抱えた状態で、立体裁断でジャケットやコートのシルエットを形作るのだ。おそらく、とんでもない歪な形のシルエットになるだろう。完成したら、そのジャケットを今度は人間を抱えない状態で着用する。おそらく、抱えた人間がいなくなった分、多大な布分量がドレープを生みながら布が垂れ下がり、かなり歪な形のビッグシルエットになると推測する。

人間を抱えない状態でジャケットとパンツのセットアップでまずランウェイに登場する。パンツは極めてシンプルで美しいストレート型にする。そのコントラストで、上半身のジャケットの歪さがより浮き彫りになるだろう。そこに見る人の目を集中させる。

そのコレクションは必ずテーラードをベースにしたスタイルにする。それはカジュアルなストリートに対するテーラードのクラシックでカウンターを起こすという意味で。しかもメンズでやる。テーラードといえばメンズであり、デムナ・バレンシアガへのカウンターを考えれば、メンズがベストだ。そして、よりクラシックな趣を強くするために、色は黒と白のみで構成する。

今度は、人間を抱えた状態でジャケットをその上から着て登場する。これもまたかなり歪な形状だろう。そこで、モデルは立ち止まり、ジャケットを脱ぐ。すると、上記のルック写真のように抱えられた人間が露わになる。そして、その抱えられた人間を下ろして(複数の人が手伝いなながら。黒子の格好がいい。日本的にすることで西洋へのカウンターも含んでみる)、身軽になったモデルが再びジャケットを着用する。すると、冒頭のルックのジャケットと同じ歪な形が現れる。

つまりデムナ・バレンシアガのパッドや3Dプリンターを用いた人工的アプローチに対して徹底してアナログで応戦し、その背景をショー中に伝えながら、デムナの歪さを上回る歪さを生む。そのスタイルのベースはカジュアルなストリートに対して、クラシックなテーラードで。

だが、ときおり、黒や白のフーディをクラシックなパンツ(布の量感が感じやすく美しく見えるワイドパンツがいい)とスタイリングしたルックを、登場させるのも効果的だろう。見る者に、ストリートの文脈に乗っていることを意識させるために。

これははっきり言って、かなりコンセプチュアルでビジネス度外視のアプローチになる。インパクトに特化した方法だ。だが、リック・オウエンスのようなタイプの「パターンメイキング力×ドレープ性×ダーク&シック」=オリジナルスタイルとなるデザイナーなら、こういうアプローチも可能ではないかと思えたのだ。そこに東洋から西洋へのカウンターを打ち込み、トレンドを更新するのもテクニックだろう。

ただ、人間を抱えて立体裁断で作る歪なジャケットだが、もし人間を抱えず通常の状態で着たとき、魅力的に見える形を作り出すことができたなら、それはビジネスとしても有効になり得るし、よりインパクトも大きくなる。アシンメトリーなフォルムが、人間の身体を美しいドレープで表現する。そんなジャケットになったなら。

「あんな魅惑的な形のジャケットが、人間を抱えて作るぶっ飛ぶ方法で作っていたなんて!」

そう思わせたら勝ちだ。

はっきり言って、現時点ではジャケットの形を想像するのは難しい。しかし、服として魅力的な形になる可能性はある。こればかりはやってみないことにはわからないし、モードは「おかしい、変だ」と思えるものが売れる世界でもある。デムナのビッグシルエットや、トム・ブラウンの踝丸見えスーツがそうであったように。

もう一度最後にしまむら理論を簡潔にまとめる。

1 トレンドブランドのアイコンアイテムを捉える
2 1のアイテムの中のさらにアイコンを捉える
3 2を自社ブランドの強みに置き換える
4 必ずオリジナルスタイルと相性がいいアプローチで

最後の4番が最も重要だ。さきほど、述べたアプローチはあくまでリック・オウエンス的タイプのデザイナーのケースになる。デザイナーのオリジナルスタイルと必ず相性のいいアプローチで、デザインする方が威力が最大限に発揮できる。今回はシルエットや素材といった、服の構成要素にフォーカスしたトレンドに乗るのでなく、今のトレンドを牽引するトレンドブランドそのものに乗って、それがトレンドの文脈に乗る効果となり、そこにオリジナルスタイルを掛け合わせることでトレンドの更新を生むアプローチとなっている。

例えば、動物のグラフィックデザインがオリジナルスタイルのデザイナーなら、テーラードのジャケットやコートをベースにして、そこに歪な美しさ漂わすピーター・ビアードの作品のようなグラフィックをアイテムにプリントする方法もある。

今の時代なら、その方がスマートでビジネスにも直結するだろう。

*本来コレクションを構成するには、もっと多くのアイテムやスタイルも検討する必要があるが、今回はポイントになる要素に的を絞り考えた為、その辺りはご容赦していただけたらと思う。

より大局的なアプローチを

ただし、このしまむら理論を用いた方法、少し視点が狭く感じ、インパクトが弱い。やはり、大きなインパクトを生むには、トレンドへの反動を生む正統なカウンターが一番だ。

それを考えた時、真っ先に浮かぶのは冒頭で述べた通り現在のヨウジヤマモトである。今のヨウジヤマモトは、日本においてまさにストリートへのカウンターとしてクラシックエレガンスのニーズを掴み、ビジネスとして成果を出している。

次回はヨウジヤマモトのアプローチを分析し、より大局的にデムナ・ヴァザリア手がけるバレンシアガへのカウンターを考えていきたい。

AFFECTUS No.80へ続く

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