AFFECTUS No.80
前回のAFFECTUS No.79では、しまむらストリートTシャツに潜むファッションデザインの構造を使い、バレンシアガへのカウンターを考えてみた。しかし、方法論としては面白いが局所的になり、大枠でいうトレンドへのカウンターとしては力強さに欠けてしまう。
そこで今回は、より大局的なカウンターについて考えてみたい。前回の最後で述べた通り、今日本にはストリートへのカウンターを生み出したブランドがいる。
新しい武器を手に入れたヨウジヤマモトである。
ヨウジヤマモトといえば、その魅力は流麗で布の量感を魅惑的に見せる美しいシルエットだ。世界最高クラスと言える山本耀司のカッティングセンスがあればこその武器と言える。そして、その武器が余すところなく発揮された、僕が思う山本耀司生涯最高のコレクションはこれまで何度も述べてきた通り2003SSである。山本耀司のエレガンスが頂点に達した瞬間だ。
クラシックなエレガンスが濃厚に匂う、ヨウジヤマモトの美しいシルエットが堪能できる見事なコレクションだった。
ヨウジヤマモトは2009年の経営破綻を乗り越え、2010年8月期から2016年8月期にかけて売上高は2倍強となる約90億円、利益も10億円を超えるまでに成長してきた。現在のヨウジヤマモト最大の武器は、この美しいシルエットではない。その美しいシルエットに代わる新しい武器がデムナ・バレンシアガへの優位性も獲得し、元々のクラシックエレガンスのスタイルも、ストリートへのカウンターとなっている。結果、若者たちの間でヨウジヤマモトブームが起きた。
モードのデザイン軸
まず、モードファッションを次のような軸で考えてみたい。これは大枠を捉え視覚化することで、わかりやすく考えることを目的に作った。
ファッションはイメージを作る。そのイメージが消費者の視覚と感性へ訴え、購買意欲を刺激する。ファッションにおけるイメージは、時には商品クオリティを上回るほどに重要だ。そのイメージを作り出す根源は何かと考えた時、僕はフォルムとスタイルだと考えた。
ここで述べるフォルムとは、シルエット(服の輪郭)とボリューム(服の量感)だけでなく、色やディテールなどまで重層的意味を含めた服の外観を指す言葉だと思ってもらいたい。フォルムの軸を表すものとして、今回は「Decorative」と「Simple」を定めた。スタイルは、それらフォルムの組み合わせが見る人に抱かせる印象を指す表現として用いている。スタイルの軸を表す言葉として、今回は「Dress」と「Casual」を定めた。
各言葉の説明は以下になる。下記でピックアップする代表ブランドは、現在のブランドのデザインから僕の視点で当てはめたものである。
*「 Decorative(デコラティブ)」
形やディテールだけでなく、色と柄も多用し、服の外観を平面あるいは立体から特徴的に見せ大胆な印象のフォルムのこと。代表ブランド「グッチ」
*「Simple(シンプル)」
色数を最小限に、服の外観から装飾性は極力削ぎ落とし、簡素でありながら品位を漂わす印象のフォルムのこと。代表ブランド「ジル・サンダー」
*「Dress(ドレス)」
メンズ・ウィメンズ両カテゴリーにおいて、綺麗で上品さを感じさせる装い全般を指す。ジャケットやシャツ、ワンピースやスカートといったアイテムの組み合わせが軸となる。エレガンス、クリーン、ミニマムといった形容をされることも多い。代表ブランド「クリスチャン・ディオール」
*「Casual(カジュアル)」
メンズ・ウィメンズ両カテゴリーにおいて、軽快さや動きやすさ、ラフな雰囲気を持ち、現在はビッグシルエットが特徴的。ルーズさを感じることもある。デニムやTシャツ、スウェットいったアイテムの組み合わせが代表的である。代表ブランド「ヴェトモン」
当初、スタイル軸では「エレガンス」と「ストリート」という表現を用いることを考えた。しかし、ストリートだからと言って現在のヴェトモンのようなルーズな雰囲気のファッションとは限らず、デビュー初期のシャープでスマートなラフ・シモンズも、ストリートから派生したファッションだった。エレガンスも同様で、ストリートの中でも綺麗めなファッションは存在する。そこで、もう一段抽象化レベルをあげ、「ドレス」と「カジュアル」という表現をスタイル軸で用いることにした。
上記2軸の表に、現在のバレンシアガと以前のヨウジヤマモトを、僕の解釈で配置するとこうなる。
現在のトレンドは、バレンシアガが位置する「Decorative × Casual」だ。バレンシアガはストリートスタイルがベースのCasualではあるが、テーラードジャケットやコートも多く登場し、デムナのシグネチャー「ヴェトモン」よりDress寄りと言える。また、ロゴが印象的なアイテムや硬質で人工的かつ歪なショルダーやウェストも大胆であるが、服の外観がミケーレ・グッチほど緻密ではなく、Simple寄りのDecorativeと言える。
一方、以前のヨウジヤマモトは美しいシルエットが一番の武器であり、スタイルもジャケットとパンツ、ロングスカートとシャツなど厳かで綺麗な佇まいの装いをスタイルとした、服の外観に装飾的要素も少ない「Dress × Simple」を代表するデザインだった。
しかし、現在のヨウジヤマモトのポジショニングはこうなっている。
スタイル軸で変化はないがフォルム軸で移動が起きた。しかもまさかの装飾性強いDecorativeへのポジションシフトである。以前のヨウジヤマモトの武器「美しいシルエット」を殺しかねないこの移動をもたらしたのは、ヨウジヤマモトの新しい武器であり、しかしその武器がバレンシアガに対する優位性を獲得し、カウンターを引き起こしてる。
ヨウジヤマモトのカウンターとは何か。
そこでまずは、バレンシアガの弱みを考えてみたい。トレンドの中心に位置するデムナ・バレンシアガであるが、よく見ると弱みがあることに気づく。そこをまずは解説していきたい。
そして、その後、ヨウジヤマモトの新しい武器について述べたいと思う。その新しい武器が、バレンシアガの弱みに対して優位性を獲得し、日本の若者の間でヨウジヤマモトブームを起こすほどの人気を得ている。
ヨウジヤマモトが生み出したラグジュアリー ×ストリートへのカウンターを紐解く。
バレンシアガの弱み
改めて現在のトレンドを把握したい。シリーズ第2話「ファッションデザインに理論はあるのか?」で述べた通り、現在のメインストリームとなるトレンドは以下の3種類になる。
① ジェンダーレス
② リアリティ
③ インスタグラム
トレンドをリードするデムナ・バレンシアガだが、実はこの3種類のうち2種類が弱い。それが、下記の太字部分である。
① ジェンダーレス
② リアリティ
③ インスタグラム
バレンシアガのメンズコレクションを厳密に見ていくと、ジェンダーレスとインスタグラムにおける弱さが感じられてきた。
ジェンダーレスの弱み
はじめに、ヨウジヤマモト2019SSとバレンシアガ2018AW、両ブランドのメンズコレクションで比較してみたい。
2019SSでヨウジヤマモトが発表しのは、シグネチャースタイルと言えるボリュームたっぷりのワイドパンツを組み込んだスタイル。これがロングスカートを穿いてるようにも見え、ジェンダーレスなスタイルの匂いを醸す。
ただ、このスタイルは今に始まったものではなく、山本耀司が昔から一貫して発表しているスタイルでもある。それが現在の時代感と一致してきた偶然の産物だと僕は考えている。しかし、偶然であろうと何であろうと、ヨウジヤマモトには性別を曖昧にする装いの魅力さがある。
それはインスタグラムで「#ヨウジヤマモト」を検索すると実感する。
女性的ニュアンスと男性的ニュアンスを混在させた、ヨウジヤマモトスタイルを着た若者たちの姿を見ることができる。
一方、バレンシアガのメンズはジェンダーレスのテイストが、思ったよりも弱い。2018年7月現在、バレンシアガは2019SSコレクションがまだ発表されていないため、ここでは現時点での最新コレクションとなる2018AWを具体例にしたい。
創業期にクラシックなドレスを作ってきたバレンシアガというブランドのDNAを意識しているのか、ストリートスタイルはありながらもテーラードをベースにしたメンズスタイルが多く、性別の境界は強めに区切られている。
今、ファッション界でジェンダーレスはメンズ、ウィメンズに続く第3のマーケットとなる可能性を潜んでいる。
ジェンダーレス市場は国外でも注目されている。今や世界一注目度の高いファッションコンペとなった2018年LVMH PRIZEのグランプリには、日本人で初となる「doublet(ダブレット)」が受賞した。doubletもジェンダーレスなデザインが特徴だ。
そういう意味で、今ファッション界でジェンダーレス市場は成長性ある注目に値する市場と言える。ヨウジヤマモトは、おそらく偶然だろうが、しっかりその魅力あるジェンダーレス市場も捉えたデザインになっている。翻って、バレンシアガはジェンダーレス市場を捉えたデザインとは言いづらい。ここでヨウジヤマモトはバレンシアガよりも、一つの優位性を獲得している。
しかし、現在のヨウジヤマモト最大の武器は、ジェンダーレスなデザインではない。ジェンダーレスなデザインは、ヨウジヤマモトの新しい武器を補足する役割にすぎない。
インスタグラムの弱み
3つ目のトレンド「インスタグラム」でこそ、ヨウジヤマモト最大の武器が発揮されている。
ヨウジヤマモトの新しい武器。それはグラフィックだ。服に絵画や書画を描くような大胆なグラフィックが、クラシックな印象のヨウジヤマモトをモダンなブランドへ変貌させ、ラグジュアリー × ストリート=バレンシアガへのカウンターを生み出した。
2019SSでは、服をキャンバスに見立てたように、ダイナミックでインパクトの強いグラフィックがプリントされている。先シーズンの2018AWでは山本耀司自身の顔もプリントされ、その思い切りの良さに驚く。
また2018SSでは、日本語のテキストが服を横断しており、グラフィックの大胆さには驚くばかりである。
一見すると「こんな服売れるの?」と思われる方も当然いるだろう。しかし、この大胆なグラフィックデザインの服こそが若者たち間で人気アイテムとなっている。ツイッターアカウント「Yohji Yamamoto TOKYO」(@yohjiyamamotoTO)を見ていると、グラフィックの大胆な商品は入荷するとすぐにSOLD OUTとなっており、インスタグラムを見ているとそのアイテムたちを欲する若者たちの声が散見される。
一方バレンシアガだが、ロゴやプリントが施されたアイテムは確かにあるのだが、そのインパクトは想像以上に弱い。
2018AWでは、実際に電話がかけられると話題になった電話番号がプリントされたシャツ、架空のバンド「Speedhunters Boysband」のプリントフーディ、the World Food Programme(WFP)とコラボしたロゴ入りアイテムなど、話題を呼ぶグラフィックデザインはあったが、視覚的インパクトはそこまで強くはない。
それは2018SSでも同様だった。
今、インスタグラムはファッションデザインに想像以上の大きな影響力をもたらしている。正直ここまでの影響力をもたらすとは思ってもみなかった。僕自身見誤っていた。まさかここまでとは。
一目見てその服がどこのブランドかわかること。インスタグラムはファッションにデザインの大胆さを要求するようになった。それは消費者の声でもある。消費者が服に求める価値は変わり始めた。今後、さらにファッションデザインは「インパクト」が重要になると推測する。
その高まるニーズを満たすことを考えると、ヨウジヤマモトとバレンシアガ、両ブランドを見たとき、グラフィックのインパクトがどちらにあるかと言われたらヨウジヤマモトになる。時代の変化を積極的に取り入れ、たとえこれまでの顧客が離れるリスクがあったとしても(実際どうなのだろう?)、ドラスティックにモデルチェンジを図ったのがヨウジヤマモトだった。
グラフィックを選択した理由の推測
かつてのヨウジヤマモトの武器は「美しいシルエット」だった。そのシルエットの魅力を、よりわかりやすく消費者が感じられるように、使用する色のほとんどを黒に絞ることで服の輪郭を際立たせ、服の輪郭への意識を遠ざけるロゴや柄といったプリントを積極的に用いた装飾的要素は抑えられていた。
それは先ほどピックアップしたヨウジヤマモト2003SSコレクションを見れば、いっそう強く感じられる。山本耀司は安易な装飾要素を毛嫌いしているかのような、シルエットへのこだわりっぷりだった。
だが、今のヨウジヤマモトはそのかつての武器を否定するような新しい武器としてグラフィックを選択した。それは2009年の経営破綻が理由の一つであると考えられる。2009年10月に民事再生法適用を申請し、スポンサーとなったインテグラルの下で新ヨウジヤマモト社を設立。売上の回復と利益の確保は命題となった。
「そのためには、なりふり構っていられない」
2009年以降のヨウジヤマモトの商品展開を見ていると、そのように感じられた。とりわけ2015年の「Ground Y(グラウンド ワイ)」におけるエヴァンゲリオンとのコラボアイテムはまさかの驚きだった。
このコラボは以降も継続され、最近ではそのデザインも洗練されてきた。色数は用いずモノクロトーンでプリントし、ヨウジヤマモトの世界へ吸収し、昇華している。
経営破綻前のヨウジヤマモトなら想像もできなかった、こういったアニメとのコラボ企画の過程で、コレクションラインのヨウジヤマモトも変化していく。そして時代のニーズを捉えた新しい武器「グラフィック」を獲得するに至る。
ただ、ビジネスのために選択したと推測するグラフィックだが、ヨウジヤマモトとの元々の親和性はあったように思う。山本耀司が描くデザイン画を見ると、その思いはより強くなる。墨汁を使い筆で一気に書いたような筆致のデザイン画は、それ単独で見る者の目に焼付く迫力と魅力がある。
こういうセンスの持ち主だったからこそ、グラフィックの選択は合理的で相性も良かった。つまり元々グラフィックは、ヨウジヤマモトの潜在的オリジナスタイルであったと言える。
それにこれまでの武器だった「美しいシルエット」が失われたわけではない。山本耀司の才能が作り出すシルエットは健在だ。それは同じく山本耀司が関わり、スポーツが重要なテーマであるY-3のデザインを見ていると感じられる。Y-3は、山本耀司のセンスをモダンファッションの領域で最も楽しめるブランドだ。山本耀司という人間は、身体と布の美しい距離感を見抜くセンスが抜群なのだ。はっきり言って天才である。天才が現代性を身につけたのだから、現在のヨウジヤマモトブームは当然の結果といえば当然の結果だろう。しかし、それも2009年の経営破綻があったからだろう。もし経営が順調だったら、今のヨウジヤマモトが生まれていたかは疑問だ。
新生ヨウジヤマモトは潜在ニーズを満たす
トレンドを先頭に立ってリードするデムナ・バレンシアガだが、そのデザインには死角もあった。
1. 成長性あるジェンダーレス市場にマッチするデザインの弱さ
2. インスタグラムにマッチするグラフィックの弱さ
その死角を突いて、自身のオリジナスタイルを生かせるモデルチェンジを図り、ブランドのポジションを「Dress × Simple」から「Dress × Decorative」へシフトした新生ヨウジヤマモトは、デムナ・バレンシアガ=ラグジュアリー × ストリートへのカウンターを見事に生み出した。
あるトレンドがメインストリームになれば、その反動で異なるタイプのトレンドを人々が欲し始めるのは自然な現象。たとえビッグシルエット(「リアリティ」の範疇に入るトレンド)が気に入っても、みんながみんなストリート(Casual)が好きなわけではない。ストリート以外のビッグシルエットスタイルを望む人たちが市場に必ず現れる。そこにCasualではなくてDress、黒を基調にクラシックなエレガンスのビッグシルエットスタイルのヨウジヤマモトが受け入れられた要因もあるだろう。
そこに加えて言うなら、西洋的ファッションデザインに対する東洋的ファッションデザインのカウンターもあった。今のヨウジヤマモトが展開するグラフィックは日本語を使用したり、日本画のような趣がある。洗練されてスマートな西洋ファッションのグラフィックよりも、荒々しく粗野で不均衡、けれどもそれが力強くも美しい。その魅力を商品化し、市場の潜在ニーズを拾い上げる形になっていた。
改めて整理してみる。
1. 成長性あるジェンダーレス市場にマッチするデザインの弱さ
2. インスタグラムにマッチするグラフィックの弱さ
3. ストリート(Casual)に対するエレガンス(Dress)
4. 西洋に対する東洋
現状ビジネス規模で言えば、バレンシアガの方が圧倒的に上である。バレンシアガの売上高は1300億円に届く勢いで、ヨウジヤマモトは2016年時点で90億円だ。
しかし、ヨウジヤマモトはそのデザインが計算したものかどうか別として、結果的にデムナ・バレンシアガのデザイン上の死角を突き、トレンドへのカウンターとなるデザインを生み出し新しいニーズを突いた。それが「美しいシルエット」×「大胆なグラフィック」を掛け合わせたヨウジヤマモトのカウンターだった。そこにはオリジナルスタイルとの親和性があったことは忘れてはならない。
カウンターを生むためにオリジナルスタイルの発見
大きなムーブメントを起こすカウンタータイプのデザインを生み出すためにまず必要なのは、トレンドの把握である。トレンドがデザインの価値を決めているからだ。ここ述べるトレンドとは「売れ筋」や「人気商品」という意味ではなく、「ファッションデザインの流れ」「モード史の流れ」といった意味を含んだコンテクストのことである。そのコンテクスト=トレンドを精度高く把握するには、トレンドをリードするブランドのデザインを分析することが最も効率的。今回でいえば、それはデムナ・バレンシアガのメンズコレクションだった。
同時に市場のニーズの変化を探っておき、察知しておく。つまり市場のニーズとトレンドをリードするブランドのデザインに、ズレがないか知るためである。
そして、ズレを発見したなら、それは市場の新しいニーズになり得る。そこにブランドのオリジナルスタイルを生かす形でデザインのモデルチェンジを図り、ニーズが満たされていない空白地帯へブランドのポジションをシフトする。
その際、意識するブランドはトレンドをリードするトップのブランドだけとは限らない。今で言えば、アレッサンドロ・ミケーレのグッチ、ラフ・シモンズのカルバン・クライン、もっと規模が小さく、しかし存在感を発揮するインディペンデントなブランドたちのポジションも把握する必要がある。つまり重要なのは自ブランドと競合するブランドのポジションを把握することである。
ブランドのポジショニングだが、今回は僕の感覚値で決定した。データを収集して数字で決める方法があるかもしれない。たとえば、市場でミニマリズムと言われるブランドで使用される色の種類と数、発表されるアイテムの数と種類、その組み合わせとなるスタイリング数と種類などを数値で計測し、データ化する。それによってポジショニングする方法もあるだろう。
ただ、感覚値でまずは配置することが重要ではないかと思う。ファッションは消費者が見た目で感じた一瞬の感覚と記憶が、ブランドのイメージを作り上げ、それがビジネスに繋がっていく。だから、まずは自分が消費者意識で競合ブランドを見てみて、その際に生じた感覚と記憶でポジショニングしてみるのがいいだろう。その後、先述のように数字での比較も行った方が客観性も得られ、ベターだろう。
スタート間もない、もしくはスタートする前であれば、競合ブランドは自身で設定することになるだろうが、もしすでにスタートしてブランドに顧客がいるなら、顧客に自ブランド以外で他にどこのブランドが好きなのか、実際に購入するブランドがどこかリサーチするのがベスト。競合を決めるのはブランドではなく顧客。自身で設定した競合と、顧客が購入を迷う競合は異なることがある。
また、ポジションを決める軸は色々とあるはず。今回、僕の使った軸がすべてではない。おそらく他に画期的な軸があるのではないだろうか。軸と競合を決定し、新しいニーズとなり得る=トレンドへのカウンターとなる空白地帯を探す。
そして、一番忘れてならないのはオリジナルスタイルだ。オリジナルスタイルがあるからこそ、トレンドへのカウンターが生み出せる。つまりはこの問いに戻る。
「ほとんどの人にダサいと思われるけれど、自分だけがカッコいいと思えるスタイルは何か?」
この問いを問い続け、自分だからこそのオリジナルスタイルにまでたどり着かなくてはならない。すでにブランドをスタートさせ実績があったとしても、トレンドの変遷やそれに伴う売上の低下でオリジナルスタイルを見失う可能性はある。その意味でも、新しいオリジナルスタイルを獲得したヨウジヤマモトのケースはとても参考になる。常にデザイナーは自身にオリジナルスタイルを問い続ける必要がある。それはとても、ハードなメンタルを必要とする過酷な戦いだ。
自分だけがカッコいいと思えるオリジナルスタイルを、トレンドに乗せることで市場で魅力を感じられるようにする。トレンドへの乗せ方は、前回のしまむら理論も局所的には有効であるし、今回述べてきたポジションニングはより大局的なアプローチとして有効だ。
最後に。
これが今僕が考えるファッションデザインの理論であり、ファッションデザインの価値を決めるトレンドへ反動を起こし、新しい価値観と市場を切り拓くカウンターデザインを生み出す理論になる。僕はこれまで100本を超えるファッションデザインのブログを書いてきた。書き続けているうちに人気ブランドに共通するものが見えてきて、それがファッションデザインの理論になり得るのではないかと思い立ち、言語化によって理論化を試みたのが今回のシリーズだった。
では、この理論を使えば成功するのかといえば、それはわからない。あとは実行するしかない。僕自身も実験したい。
どんなデザインが成功するかわかるなら、世の中もっと成功者や成功ブランドが溢れている。しかし、その完璧な答えを見つけることは不可能だ。だけど、成功の確率を高める方法はあるのではないか、なによりファッションをより面白くする方法があるのではないだろうか。感覚だけで行われてきたファッションデザインには、まだまだ発展する余地があるのではないだろうか。その可能性を探るためのアプローチだった。
成功するかどうか、それを実行者の経歴や実績で判断するケースが多い。ファッション界に限らず、それがビジネスでは普通だろう。しかし、ファッションは読めない。なにせ、ファッションの専門教育を受けていない人間が、世界のトップオブトップと言えるクリスチャン・ディオールのディレクターに就任したり、誇れる実績があったのにデザインがある時突然に市場で受けなくなり経営破綻する。
それがファッションブランドのビジネス。デザイナーの経歴や実績は万能な指標ではない。あるはずと思ったセンスが一瞬にして失われている。ないと思っていたセンスに価値が生まれ始める。そのことをもっと自覚する必要がある。では、どうしたら価値ある才能(デザイン)を見抜けるのか。今はその方法論についての解答を見つけれらていない。だけど、それについても僕は考えていきたい。そして、折を見て書いていきたい。
トレンドへのカウンターを生むファッションデザインの理論については、今後もリサーチを続け書いていくつもりだ。よりブラッシュアップさせたい。特にオリジナルスタイルの発見方法はカウンターを生む上で重要な鍵となるので、どんな方法があるのか探りたいと思う。
〈了〉