AFFECTUS No.82
2018年現在、ファッション界のビッグトレンドとなっているのは言わずもがなストリートである。2014年にデビューしたヴェトモンによってストリートは一躍ファッション界の最前線へと進出し、コム デ ギャルソンのサポートによってゴーシャ・ラブチンスキーはビジネスが成長すると共に、一気に若者たちの間で人気を獲得していく(その後、ゴーシャ・ラブチンスキーは2018年4月に活動終了を発表)。
ストリートはファッション界の最先端であるモードをも飲み込み、ファッションデザインに多大な影響を生む。キャップ、スニーカー、ロゴプリント、ビッグシルエット。ストリートのキーを、どのブランドも取り入れているのではないか。そう錯覚させるほどのムーブメントだ。
その勢いは、とうとうラグジュアリーブランドのディレクター職にまで及ぶ。ルイ・ヴィトンはヴァージル・アブローをメンズディレクターに起用することを発表し、デビューコレクションを2019SSに披露。クリスチャン・ディオールは、退任したクリス・ヴァン・アッシュのメンズディレクターの後任としてキム・ジョーンズを指名。
キム・ジョーンズは、エディ・スリマンとクリス・ヴァン・アッシュが作り上げてきたロックでエッジなそれまでのディオール オムとは異なる(クリスのデザインはエディとはまた異なる面はあるが)、新しいディオールの男性像を描く、甘く華やかなコレクションを2019SSに発表し、そのスタイルは本来ディオールが持つDNAを体現したかのようであった。しかし、モデルたちの足元を飾るスニーカーは、ストリートのDNAがしっかりと刻まれていた証明であった。
こうして、ストリートはヴェトモンの登場からわずか4年という短期間の間に、ファッション界のトップオブトップまで到達してきた。そしてそのストリートの世界で圧倒的な支持を得て、ストリートのキングと言える地位にまで昇りつめたブランド、それが「シュプリーム(Supreme)」だ。
スケートへの関心がなかった僕がシュプリームを知ったのは、代官山にシュプリームのショップがオープンした1998年ごろだった。しかし、スケートに関心のなかった僕は、その後もシュプリームのファッションに特別な興味を持つことはなく、現在まで続いてきた。
だが、ここまでストリートがファッション界を席巻し、王者と言えるほどの勢力を増してきている中、その中心となるシュプリームへの興味がこれまで以上に強くなる。
「シュプリームとはいったい何なのか?」
その増大した漠然としながらも強烈な興味が、今回シュプリームについて書くことを思い立った最大の動機である。しかしながら、僕はスケートを経験したことがなく、当然ながらスケートボードには乗って走った記憶もない。ストリートウェアについての知識もない。そのような人間が、ストリートのキングについて何が書けるのか。今からストリートについての知識を収集しても、そこには体験が欠けており、限界もある。どうしたら良いか。そこで、僕は考え方を改めることにした。
「モードな視点から見て、シュプリームがどう見えるのか?」
それを書くことにする。
僕はヘルムート・ラングを始まりにして、モードに約20年魅了されてきた。その中で培われてきた視点で、シュプリームの「デザイン」を見たら、何が見え、どんな論理が浮かび上がるのか。それを今回書いていきたい。そのようなアプローチなら、シュプリームについて「何か」を書けると思えたからである。また、そのアプローチはストリートに熟知した方たちの書くテキストとは異なる視点のテキストが書けるのではないか、という思いもある。
今回書くにあたって最も注目した人物は、シュプリームの創業者、ジェームス・ジェビア(James Jebbia)だ。だがジェビア自身、インタビューを受けることが少ないようで、その思考を知る手段が限られている。
そのため、最も参考にしたのはシュプリームのデザインだった。ここで述べるデザインとは、ファッションそのものと、過去にシュプリームが行ってきたマーケティングも含めている。とりわけ、ファッションのデザインはブランドの姿勢を表すもので、分析材料として最適だ。
そこから浮かび上がった姿は「ストリートのマルタン・マルジェラ」というものだった。その表現の意味するものとは何か。以下、その解釈についてシュプリームのデザインに触れながら詳細を述べていきたい。
また、今回試みたことがもう一つある。それはシュプリームの売買価格の構造を推察することである。現在、中古品あるいは未使用品が個人間で売買される二次流通市場で、シュプリームのアイテムは驚異的な価格で取引されている。例えば楽天市場を見てみると、シンプルなボックスロゴのフーディで10万や20万円を超え、有名なボックスロゴのTシャツに至っては100万円を超える驚異的な価格で出品されているケースがある。
「なぜ、何の変哲もないロゴTシャツが100万もするのか?」
そう疑問を抱く人はきっと多いだろう。もちろん、僕もその一人だ。その事実を知った時、思わず叫び声をあげたほどだ。
今回、その驚異的な売買価格の構造にも言及したい。アーティストの作品が何十億という驚くべき価格で売れたというニュースを、耳にしたことのある方もいるだろう。そのアートマーケットと同様の構造が、シュプリームの高価格現象には潜んでいると僕には感じられている。そして、それも僕にはシュプリームのデザインに思えているのだ。結果的に、シュプリームによって新しい形のファッションデザインが生まれた。その推察についても、今回は述べていきたい。
モードだけに興味を抱いてきた人間が、シュプリームについて何が書けるのか。今回はその試みである。シュプリームとはいったい何か。その根元へ、僕なりのアプローチで迫りたい。
それでは始めたいと思う。
シュプリームについて考える際、まず真っ先にフォーカスされるのはやはりあの有名な赤いボックスロゴだろう。このロゴのデザインアプローチが、シュプリームのデザインの特徴を表している。
シュプリームのボックスロゴは、アーティストのバーバラ・クルーガーが制作した作品「I shop therefore I am(我買う、ゆえに我あり)」をデザインソースとしている。赤い長方形の中に白地で抜かれたFuturaフォントのブランドロゴ「Supreme」。バーバラ・クルーガーの作品とシュプリームのボックスロゴを見比べると、その強い関連性が見て取れる。
ブランドの象徴となるロゴのデザイン。そのアプローチがシュプリーム全体のデザイン思想を反映している。それは、既に発表されている過去のデザイン(アート)をソースにし、デザイン展開していくというものだ。それがシュプリームの姿勢であり、ブランドの知名度を上げるマーケティング戦略にも表れている。
ジェームス・ジェビアがニューヨークのマンハッタンに、シュプリームのショップをオープンしたのは1994年。誕生間もないストリートブランドは、騒動を厭わない方法で知名度を上げていく。ニューヨークスタイルを代表する世界的ブランド、カルバン・クラインがモデルのケイト・モスを起用したモノクロ広告に、シュプリームは赤いボックスロゴのステッカーを貼り付け、それをブランドの宣伝材料として用いたのだ。
当然のことながら、その後シュプリームはカルバン・クラインから抗議を受ける。しかし、シュプリームの過激なアクションはそれだけにとどまらない。2000年にはルイ・ヴィトンからは同ブランドのモノグラムを真似たスケートデッキなどで、2007年NCAA(全米大学体育協会)からは大学のロゴをソースにしたエンブレムを大量に貼り付けたバーシティジャケット(スタジャン)でも抗議を受け、アイテムは販売中止に追い込まれている。
シュプリームのこの手法は何度も繰り返し行っている。その度に、騒動が起きることも珍しくない。
シュプリームの服を見ていくと、デザイン=グラフィックと捉えることができる。このブランドの服の造形そのものに、特別な面白さはない。極めてシンプルでベーシック。それはスケータースタイルが源流となっているシュプリームのDNAを考えれば、当然の結果だろう。
シュプリームのファッションはスケータースタイルを、クールでスマートに仕立てた服が特徴となっている。身体を動かすスケートというフィジカルな要素は、服の造形が備える機能性に影響をもたらす。スケートの妨げになる服では、ブランドのアイデンティティを崩す。シュプリーム=スケート。これは揺るがないアイデンティティ。そのために、服の造形はシンプルでベーシックであることが必要になる。スケートをする上で、身体を動きやすくするために。
極端な例ではあるが、コム デ ギャルソンのように人間の身体の動きを制限するようなデザインでは、ブランドの背景上、シュプリームの服は成り立たない。
そうなると、デザイン上に特徴を見出すとすれば、グラフィックに行き着く。グラフィックでしか違いを生み出せないとも言える。シュプリームのデザインが話題になるのは、たいていそのグラフィックだ。シュプリームは服の造形でセンセーションを起こしてきたわけでないし、造形にはモードのような特異性は見られない。
しかし、シュプリームの姿勢そのものはモードだと言える。その姿勢は、コンセプチュアルという表現がふさわしい。
シュプリームのデザインを見ていくと、その多くは「権威」と呼べる大きなブランドや組織への反発を表現している。先述したカルバン・クラインやルイ・ヴィトン、2009年にはシカゴ・ブラックホークスのホッケージャージを、商品デザインを理由にNHL(ナショナル ホッケー リーグ)が認めなかったために販売されなかった騒動も引き起こしている。
ここではラグジュアリーブランドに焦点を当てたい。そうすることが、最もシュプリームのデザインを理解しやすくする。ラグジュアリーブランドが作り上げる商品は、贅沢さをとことん追求したものだ。時間をかけ、手間をかけ、贅沢を作る。「この1着に80時間を要しました」。そうやって作られた商品には、高額な価格が設定されている。
しかし、シュプリームはそんなラグジュアリーブランドのやり方を嘲笑うように、驚くべき簡易な手法でデザインしていく。それが先に述べた、過去のデザイン(アート)をソースにしてグラフィックを作り出すデザインアプローチである。その簡易なアプローチは、ラグジュアリーブランドが価値あるものもとしてきた贅沢さを完全否定しているようだ。
贅沢を否定して、贅沢を上回る価値を生み出す。
事実、シュプリームはそれに成功している。一つ、具体例がある。2005年にシュプリームは、アメリカのTVドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア(原題=The Sopranos)』をデザインソースにしたボックスロゴのTシャツを販売している。
そのデザインはというと、ボックスロゴ「Supreme」の「r」をピストルの形に置き換えただけの、それ以外は極めて普通の半袖Tシャツだ。ウェブで検索してみると、件のロゴTシャツは約100万円の価格で売り出されていたケースがあった。胸にブランドロゴがプリントされた、普通の半袖Tシャツが100万円。常軌を逸しているとしか言いようがない(興味のある方は「ボックスロゴTシャツ」「シュプリーム」でぜひ検索してみて欲しい)。
今、クリスチャン・ディオールが素材や技巧に贅を尽くすことなく、100万円を超える価値を持つ「普通の半袖Tシャツ」を作れるだろうか。他のラグジュアリーブランドではどうだろうか。それは難しいのではないかと、私は思う。
先ほど例にあげた100万円という価格は、Tシャツの定価ではない。あくまでオークションなどによって個人間で商品の売買が行われる、二次流通市場での価格になる。その意味では、シュプリームに直接的な利益をもたらすわけではない。しかし、二次流通市場でアイテムが高騰している事実は、シュプリームのブランド価値をこの上なく高め、シュプリームファンのブランドへの憧れを増大させているのは間違いない。しかも、シュプリームにとってTシャツはあくまで一例にすぎないのだ。多くのシュプリームアイテムが、二次流通市場では高価格で取引されている。
なぜ、シュプリームのアイテムは二次流通市場で、ここまで高価格なのか。それは需要と供給の格差に原因があると私は推測する。
シュプリームはその人気とは裏腹に、展開店舗数が少ない。シュプリームの公式ウェブサイトで確認すると、2018年8月現在、直営店舗は世界で11店舗(ニューヨーク・ブルックリン・ロサンゼルス・ロンドン・パリ・原宿・渋谷・代官山・名古屋・大阪・福岡)と少なく、商品の販売はその直営店舗と公式オンラインストアで行っている。直営店舗と公式オンラインストア以外で、シュプリームの商品を正規購入できるショップは今回調べた限りではドーバーストリートマーケットだけになる。卸がほぼ行われていないことを初めて知り、僕は驚いた。
このように、シュプリームは商品を正規購入できるルートが、ブランドの世界的知名度に比べて著しく限られている。新商品を購入するには、極めて難度が高いブランドだ。
そうなれば、現在の世界的シュプリーム人気を考えた時、アイテム需要数に対して供給数が絶対的に足りなくなる。商品数に対して、シュプリームの商品が欲しいファン数が圧倒的に多くなっているはずだ。そもそも、毎シーズン即完売するデータが積み重なっているのだから、それに伴い生産量の予測は立つはずで、商品が欠品しないようにするのは難しいことではない。しかし、SOLD OUT現象は収めようとする気配がシュプリームにはない。
このような状況では需要が供給を大幅に上回り、そのことが商品の希少性を高め、二次流通市場での価値を高める。仮に普通のTシャツでも世界に3枚しか存在せず、そのTシャツを欲しいと思うファンが100人いれば、そしてさらにその人数が増えていけば、商品の売買が行われる二次流通市場で価格が高騰するのは自然の成り行きだ。
ブランドの希少性を高めるために、シュプリームが得意とするコラボレーションが大きな役目を果たす。期間限定かつ商品数の少ないコラボ商品は、ファンの購買意欲をこの上なく刺激し、それがまた二次流通市場での売買価格を高騰させる。結果、それはさらなるシュプリームのブランド価値上昇を招く。また、一流のスポーツ選手やミュージシャン、セレブが着用するというオーソドックスな手法でもブランド価値を高めている。
二次流通市場におけるシュプリームの売買価格高額化の構造を見ていると(あくまで私の推察だが)、アートにおけるセカンダリーマーケットでの売買を思わす。
アートには2種類の価格がある。一つはプライマリープライスと言われるもので、ギャラリーで新作を展示して販売する際につけられる価格になる。つまりアーティストの作品が市場に初めて登場した際の価格だ。ファッションで言えば、正規のショップで新商品が発売される例があたる。
もう一つは、2回目以降の売買でつけられる価格のセカンダリープライスと言われるものだ。セカンダリープライスは、ファッションで言えば二次流通における価格と言える。私たちがニュースで耳にする何十億という高価格のアート取引は、ほぼセカンダリープライスになる。
セカンダリープライスの中心はオークションになる。そこでは、需要と供給のバランスが価格を左右する。アート作品は世界で一つ、ないしは極めて少数しかない(例外はあるだろうが)。言ってしまえば、究極の限定商品だ。あるアーティストの作品を欲しいと思う人の数が多ければ多いほど、その作品を手に入れたい人はどうしても欲しいために、他者よりも高額の買値をつける。そのセカンダリーマーケットにおける競り合いが、人気アーティストの作品価格を否応なく高騰させる。
ファッションはアートへ憧れを抱いている。ラグジュアリーブランドが、素材や技巧、アーティストの作品をプリントに使う手法でモノ自体の価値を高めアートに近づこうとしているのに比べ、シュプリームもアートをデザインソースにしてモノの価値を高めようとしながらも、それ以上に売り方でモノの価値を高め、二次流通市場で高価格を作り出している。
シュプリームの高価格現象には、アートのセカンダリープライスの構造が生まれていると僕は感じられてきたのである。
アート作品とシュプリームの商品では価格に大きな差はあるが、その現象はまるでシュプリームの商品がアートになったかのようだ。普通の半袖Tシャツがアートのように、私には感じられてしまった。この現象をジェームス・ジェビアが計算して実行したのか、それはわからない。しかし、シュプリームの圧倒的人気を見ると、ジェームス・ジェビアは売れる商品を作り商品が売れるように仕掛けることに長けた稀代の、モンスタークラスのマーケターだ。そしてこれは、新しい形の新しいファッションデザインと言える。シュプリームによってファッションの価値は、商品そのものだけが生み出すことではなくなってしまった。
シュプリームはそれまでファッション界をリードしてきたラグジュアリーブランドを嘲笑うような方法で否定し、ファッション界が願ってやまないアートへの到達を、これまたラグジュアリーブランドとは異なる方法で成し遂げようとしている。そして、それはこの言葉へと回帰する。
「贅沢を否定し、贅沢を上回る価値を生み出す」
既存の価値観と手法を皮肉るようにして、新しい価値を生み出すデザインに、僕はモード界の伝説的デザイナーの名前が浮かぶ。マルタン・マルジェラだ。
マルタン・マルジェラは過去の服で手を加えなくても価値があると思えば、そのままニューコレクションとして発表してきた。彼は自身の過去のコレクションをグレーに染め直しただけの服を、新作として発表したこともある。過去には価値があり、新しくもある。マルジェラはそれを証明したモードの価値観を覆したデザイナーであり、モード史は「マルジェラ以前マルジェラ以降」とも呼べる。
「新しさとは何か?」
その問いを、マルタン・マルジェラは新しさを追い求めるパリコレクションの場で投げかけた。
シュプリームのデザインは、グラフィックが特徴であるように見えて、その実、コンセプチュアルな面が潜んでいる。外観だけでは捉え切れない価値が備わっているのだ。それはまるでマルタン・マルジェラのようだ。ただし、過去の騒動が示す通り、マルジェラよりもずっと攻撃的な姿勢を備えている。
デザインアプローチと、そこに潜むコンセプチュアルな姿勢。それが私がシュプリームを「ストリートのマルタン・マルジェラ」と称した理由になる。デザインの価値とはどこにあるのか。時間をかけて、手間をかけて、お金をかければ生まれるものなのか。はたまた、独創的なアイデアこそが最高なのか。古くも新しいその問いに、僕たちはどう答えればいいのか。
シュプリームはファッションを通して、世界へ疑問を投げかける。そこには皮肉と挑発が込められて。
〈了〉
参考資料
Supreme Official Website
Supreme Copies (Instaglam)
The Business of Fashion “How Supreme Grew a $1 Billion Business with a Secret Partner”
Complex “50 Things You Didn’t Know About Supreme”
God Meets Fashion「これで君もSupreme博士!Supremeの歴史、豆知識をまとめてみた!」
GQ JAPAN「ストリートの王様、かく語りき──シュプリームのこれまでとこれから」
HYPEBEAST「Supreme で最も入手困難な幻のアイテム10選」HYPEBEAST「約60万円で出品されている Supreme の激レアボックスロゴTシャツをチェック」
『その絵、いくら? 現代アートの相場がわかる』小山登美男 著(講談社)