マーティン・ローズは、服そのものを新しくするのではなく、服の作り方を新しくする

AFFECTUS No.84

現在、市場で人気が急速に高まっているメンズブランドがある。それはロンドンで活動する「Martin Rose(マーティン・ローズ)」だ。ブランド名と同名のデザイナーである彼女は、デムナ・ヴァザリア率いるバレンシアガのメンズチームにも参加しており、その点でも注目されている。

だが、最も注目なのはやはり彼女自身のコレクションだ。

マーティン・ローズのコレクションは、まさに時代の最前線を捉えたデザインである。現在のファッション界を席巻し、トレンドを支配するストリートの代名詞である「ビッグシルエット」、色と柄を大胆に無秩序に組み合わせたように見える混乱的グラフィカルな要素が目を惹く「カッコいいダサさ」。そのデザインを見ていると、デムナ・ヴァザリアであり、ゴーシャ・ラブチンスキーであり、ミウッチャ・プラダであり、現代を代表するデザイナーたちの幻影が霞んでは見え、多重人格者とも言えるデザインの重層性が迫ってくる。

しかし、マーティン・ローズのスタイルは彼女独自のものだ。一見すると現在の最重要トレンド、ストリートの影響が強いスタイルに見えるが、マーティン・ローズはストリートが猛威を奮う以前から現在のスタイルを発表していた。

デムナ・ヴァザリアによるヴェトモンがデビューする2014AWよりも前、2013SSには現在のストリート的ビッグシルエットを既に披露している。また、デビュー直後はマルジェラのモダナイズの領域に収まっていたデムナ・ヴァザリアが自身のスタイル「マルタン・マルジェラ×ストリート×ダサさ」を確立するのは2015AWだが、2014AWにマーティン・ローズは時代を先駆けるような自身のスタイルを覚醒させている。

極端にワイドなバギージーンズ、パンツやシャツ、アウターに縫い付けられたリーフレットを思わす幾つものパッチ、ダスティなムード漂う素材の質感と色味で、それが古着のようにも見えるドロップショルダーのブルゾン。それらを組み合わせたスタイルは、デムナ・ヴァザリアがリードしてきた「ダサさ」に通じる「カッコよさ」がある。しかし、マーティン・ローズはデムナよりも早く、それこそシンプルを至上としたノームコアが、トレンドとしてファッション界で注目されていた2014年からデザインしていた。

マーティン・ローズは2014AWを自身でもこのように語っている。

「あのコレクションは、私にとって大きな転換点だったと思う。あの時、デザイナーとしての自分がよく分かったの。自分が追求したかったことにようやく納得して、満足できたのよ。それまでも、変わった素材で大きなシルエットを試していたけど、2014年の秋冬コレクションで得たような自信は持てなかった。あのコレクションの後は、ボリューム、シルエット、素材のハリ、色が私の興味なんだって分かったわ」SSENSE「曖昧から産まれるもの マーティン・ローズの精神 Ethos of Martine Rose」より

ストリートがトレンドになるよりも以前から、「ビッグシルエット」と「カッコいいダサさ」を発表していたことは、彼女のスタイルはトレンドとは関係ない、彼女の生き方そのものによって育まれた価値観と感性=「文学性」だったと考えられる。

マーティン・ローズの根本にあるもの、それは90年代のレイブカルチャーだ。彼女の家族はジャマイカ出身であり、姉はレゲエに夢中になり、従兄弟はレイブにはまっていて、彼女自身13歳か14歳のころにはクラブへ通い始めた。

「現在見られるようなレイブが生まれたのは、1980年代後半の英国である。それまで若年層の夜間の娯楽は屋内を舞台とすることが多かったが、アシッド・ハウスやテクノという当時の最新音楽の流入と、エクスタシーなどの多幸系ドラッグの流行により、大きくその志向が変化した。レイブの原型は、当時の若者たちがそれまでのナイトクラブやディスコになかったまったく新しいパーティー経験と音楽を求め、ウェアハウス(倉庫)や郊外の廃屋や農場などを利用してフリー(無料)・パーティーを自らの手で開いたものである」Wikipedia「レイブ(音楽)」より

また、マーティン・ローズはThe Fallのマーク・E・スミスからも大きな影響を受けている。彼女はThe Fallの『Hip Priest』という曲を絶賛している。

今回、このテキストを書くにあたって僕も『Hip Priest』を初めて聴いた。

「ブチ切れてんな」

思わずそう声に出してしまった。僕は音楽を積極的に聴くタイプではない。特に洋楽は全くと言っていいほど聴かない。しかし、そんな僕でも『Hip Priest』が異様な曲だということは聴いてすぐに感じられた。

遅くも速くもない適度な速度のリズムが刻まれ、そこに歌声が乗るのだが、リズムに合わせて声を発するのではなく、ささくように声が聞こえてくる。しかし、そう思っていると突如声をあげ、そのアップダウンが間を置いてリピートされ、僕が知っている「歌」というイメージが一瞬にして壊された。そこから感じたのは、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』を読んだ時と似た混乱であった。

だが、この『Hip Priest』から受けたイメージこそがマーティン・ローズのファッションデザインだった。これまでとは異なる「歌い方」で「歌」というものを作りあげた『Hip Priest』を視覚化したような服。マーティン・ローズのデザイン論理を探るヒントが『Hip Priest』にあった。

マーティン・ローズのデザインを見ていると、たしかに90年代のレイブに通っていた若者たちのスタイルの匂いが感じられる。モスキーノやヴェルサーチを身にまとい、享楽的で刹那的、一瞬の楽しみを謳歌する、そんな若者たちの姿を現代に再現したスタイルだ。

しかし、2017SS以降のマーティン・ローズのコレクションを見ていると、彼女のデザインはレイブカルチャーに留まらない奥深さを示し始めた。

ファッションデザインは、服そのものが新しくなくてもいい。服の作り方が新しければ、完成する服が既存のものであっても、そこには新しさが宿る。それをマーティン・ローズは実践していた。以下では、ブランド「マーティン・ローズ」のコレクション変遷を追いながらその詳細に触れ、彼女のデザインに潜む論理を言語化していきたい。

圧倒的なエネルギーを放つマーティン・ローズ。そのエネルギーはどのように作られているのか。

マーティン・ローズのベースは、レイブカルチャーに根ざしたカジュアルスタイル。フーディやスウェット、Tシャツ、GジャンにMA-1、ドローストリングパンツといったカジャルアルアイテムを、90年代レイブに散見されたビッグシルエットでスタイルを作り上げている。そこに人によっては顔をしかめたくなる醜悪的な色と柄のコンビネーションが乗ってくる。その完成されたスタイルには、ダサく感じながらもそのダサさが圧倒的なエヌルギーを放っており、それが魅力となり人を惹き寄せてきた。結果的にその状態は「カッコいい」と言える。私のマーティン・ローズのデザイン解釈はそうなる。

しかし、2017AWになるとそのスタイルに大きな変化が訪れる。

トラディショナルな匂いが突如生まれたのだ。具体的に言うとシャツとネクタイ、ジャケットとパンツのセットアップスタイルの登場になる。シャイニーな素材感のシャツにノットが太めのネクタイ、その上からは80年代を思わせるパワーショルダーのジャケット、そしてボトムはバギーパンツとスリムパンツが両立しているのだが、スリムパンツのシルエットが標準的で、いわゆる「普通」なのだ。同時に、パンツのカラーバリエーションが増加。ブラウン、パープル、カーキといったダークトーンの色を使いながら、ピンクベージュやイエローといった明るい色が差し込まれている。ただし、その色は霞んだ色味となっている。

それらの構成要素を、90年代レイブカルチャーの「ビッグシルエット」でジャケットとパンツを作り上げ、そこにシャツとネクタイというトラディショナルなアイテムを合わせたことがミスマッチを引き起こす。だが、そのミスマッチはダサいのではなく、見る者を惹き寄せるエネルギーへと転換し、カッコよさがにじむ魅力的なスタイルになっていた。つまり、それは90年代レイブカルチャーの、バブルな匂いのヴェルサーチやモスキーノを身にまとっていた若者たちの「カッコいいダサさ」だった。

2017AWでマーティン・ローズは、トラディショナルなアイテムを駆使しながらレイブカルチャーのファッションスタイルへ帰結させている。そこには、「これまで見たことのあるマーティン・ローズでありながら、これまで見たことのないマーティン・ローズ」が生まれていた。

翌シーズンの2018SSになると、トラディショナルなテイストそのままに清潔感が増す。ボタンダウンシャツも登場し、シャツを第一ボタンで留め、ニーレングスのパンツに黒いソックスといったスタイルが、トラディショナルスタイルが好きなティーンエージャーを想像させる。また、新しい要素も入り込む。それはアウトドアだ。レッド、グリーン、パープルの3色を切り替えて使用した軽量アウターはアウトドアブランドのようで、スポーティ&クリーン。それらのスタイルを、マーティン・ローズの核を成すレイブカルチャーが起源となるビッグシルエットで作り上げ、それが再びダサいカッコよさを演出している。

しかし、2018AWでもトラディショナル&スポーティが続くかと思いきや、そこでまた大きな変化が訪れる。服の作り方そのものが変わる。正確に言うなら、回帰したと言うべきだろう。

トラディショナルあるいはスポーティな要素はかなり薄くなり、服を作る構成要素に再び90年代レイブカルチャーを連想させるアイテム・色・柄が多用される。それらをおなじみのビッグシルエットで作り上げている。チェックシャツの上には迷彩柄のアウターを羽織り、その迷彩アウターには、グラフィックが縫い付けられている。青とピンクのロゴが幾つも重なってプリントされたネイビーのインナーの上にピンクのアウターを着て、ボトムにはブリーチしたバギージーンズをスタイリングしている。

そうして完成したスタイルは、色と柄使いは以前よりもアクとクセが強くなっており、以前にも増して彼女の90年代レイブカルチャースタイルに力強いパワーを生み出していた。シンプルに言えば、インパクトが増していたのである。そこにはゴージャスさも生まれ、90年代というよりも80年代のあの眩しいほどのギラつきを私に思い出させた。私はこの2018AWコレクションを見ていたら、YouTubeでマイケル・ジャクソンの『Beat it』のミュージックビデオを見た感覚と同じ感覚に陥った。あのミュージックビデオの映像と同じ質感が、2018AWのビジュアルには漂っていたのだ。

そして最新コレクションとなる2019SSで「アク」と「クセ」が、これでもかと増していく。日本のヤクザ映画を観たロンドンの青年が、ヤクザたちのファッションが心底気に入り、ヤクザたちのニュアンスを感じさせる服をロンドンの古着屋を探し回って見つける。その最高に気に入って買った服を着飾ったようなアクとクセの強さと、痩せた身体にダボっと着る服の着こなしとほのかに香るナイーブさが「ダサくもカッコいい」という表現を獲得し、このコレクションを時代の最前線へ押し上げる。こうして、マーティン・ローズのレイブなスタイルは2019SSでさらに進化した。

マーティン・ローズのアーカイブを振り返り改めて実感するのは、あくまで彼女はレイブカルチャーから派生した「ダサいカッコよさ」と「ビッグシルエット」をベースにしたスタイルを作っていたということ。しかし、その作り方にバリエーションを見せて、デザインに多様性をもたらし、消費者を刺激し続けてきた。

ファッションデザインには新しさが必須。けれど、その新しさは必ずしも服そのものである必要はない。マーティン・ローズのように服の作り方に、異なる要素を組み合わせながら作り上げていくと、完成したスタイルは自らの文学性を投影したオリジナリティあるスタイルでありながら、新鮮さを漂わすことができる。

例えば、クラシックな2つボタンスーツが自身の文学性を投影したスタイルのデザイナーがいるとする。そのデザイナーはクラシックなスーツを、スーツ素材として多用される上質なウールやコットンで作るのではなく、スポーティでハイテクな高機能素材で作る。加えて色も、ネイビーやブラックといったダークカラーではなく、ブルーやグリーンといったクラシックなスーツには見られない強く明るく濃い色にする。すると、シルエットはクラシックスーツを踏襲した端正で綺麗な佇まいの形でありながら、ウールやコットンを使用したダークカラースーツとは異なる趣を演出し、着用感においても軽量感が増して、それが特異な体験を着用者にもたらす。

最終ゴールとなるスタイルは、デザイナーのオリジナルスタイルでありながら、そのスタイルを作るシルエット・色・素材・カラー・ディテールといった服を作る構成要素に、オリジナルスタイルに通常使う構成要素とは異なる特徴を持つ構成要素を用いて、オリジナルスタイルを作る。そうすることで、デザイナーは世界観を維持しながら新鮮さを生むことができる。

服を新しくするのか。服の作り方を新しくするのか。おそらく、「新しい」と聞くと、多くの方は前者を想像するのではないだろうか。僕自身もそうだった。

しかし、僕がこれまでファッションデザインのテキストを100本以上書いてきて気がついたのは、後者が多いということ。基本的にはどのデザイナーもオリジナルスタイルは変わらない。しかし、長年市場で人気となるブランドはオリジナルスタイルを作るアプローチに、新しさを持ち込んでいる。

世の中のあらゆるものは、固定されたイメージを既に持っている。例えば、「歌」と聞いたらリズムに乗せて声を出していくものという固定イメージを。そのイメージを壊すために、作るアプローチを変えてみる。The Fallの『Hip Priest』がそうであったように。頭に描いたイメージが崩れた時、人は心が動かされる。あるものを見た時、聞いた時、触れた時、その瞬間に体験する前に抱いていたイメージが壊れると、人はそのものに良くも悪くも惹かれていく。そのような心理状態を作り出すことが、デザインの肝となっている。

服を新しくするとき、服そのものを新しくするより、服の作り方を新しくする。そうすることでデザインの同質化現象に陥らずに、差別化要因=僕が文学性と呼ぶオリジナリティを持ちながら服が新しくなる。

マーティン・ローズのデザインは、無秩序に放出されたようなエネルギーに満ちた外見とは異なり、そのアプローチは聡明で多角的だった。トレンドの最前線に位置するインディペンデントなブランドは、知名度はまだ小さくとも、最新のファッションデザイン理論が潜んでいる。これからも若手デザイナーのデザインをピックアップしていきたいと思う。

〈了〉

参考資料
Martine Rose Official Web Site
SSENSE「曖昧から産まれるもの マーティン・ローズの精神 Ethos of Martine Rose」
VICE JAPAN「写真で振り返る90年代レイヴ・カルチャー」

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