クリストバル・バレンシアガのウェディングドレス

AFFECTUS No.86

ウェディングドレスは美しい。素直に僕はそう思う。それはなぜなのか。だが、そんな問いはどうでもいい。美しいと思う理由を聞くなんて、野暮じゃないか。ただただ、その美しさを堪能すればいい。僕にはとても好きなウェディングドレスがある。残念ながらそのドレスを実際に見たことはなく、写真でしか見たことがなかった。

だけど、そのウェディングドレスの写真を初めて見たとき、あまりの美しさに慄く。それまで見てきたウェディングドレスとはまったく異なる概念で作られたような造形が、僕の感じた美しさの根源だった。

首元の詰まった狭いクルーネックに腕をほんのりと覆う少し長めのフレンチスリーブ、腕にはめられたグローブ。胸元や背中の露出はなく、肌が露わになっているのは両腕と顔のみ。上半身だけを見るとコンパクトなTシャツを思わす。ウェディングドレスのシルエットは極めてシンプルなAライン。直線的に大きく広がる布地は床に届き、半円状に広がりトレーンを描く。ドレスに使われた素材は簡素簡潔な無地。複雑精緻な技巧の影が感じられる刺繍やレースの使用は皆無で、裾の縁にもスカラップといった装飾性は一切ない。究極的に形が単純化されたウェディングドレスだった。

しかし、その単純なはずのドレスが、僕の心を大きく揺さぶる。シルエットのあまりの美しさに、僕は一瞬にして魅了された。たしかに単純なAラインでありトレーンだ。装飾性もない。それにも関わらず、とびっきりのダイナミズムとエレガンスに満ちている。

「女性は完全である必要はなく、また私のドレスを着用するためには美しくある必要はない。私のドレスが女性を美しくするのだ」

ウェディングドレスの作り手であるクチュリエはこう語る。高慢にも思える言葉。しかし、彼の作ってきたドレスを見てしまえば、その言葉に同意せざるをえない。クチュリエは極上の才能を天から授かっていた。

クチュリエはこうも言いそうだと僕は推測する。

「美しい布の分量と線が見つかれば、あとは何もいらない。服はそれだけで美しくなるのだ。そこに何かを加えてしまうのは、才能のなさを言い訳しているに過ぎない」

もし、クチュリエがそう言ったとしても、きっと彼なら許される。そのセリフが許されるほどのドレスを、クチュリエは幾度も作ってきたのだから。

モード史に燦然と輝くその名。天才とは彼のことを言うのだろう。僕はその才能に陶酔してしまい、クチュリエの誕生日「1895年1月21日」を携帯アドレスの一部に組み込んでいる。今後、アドレスを変えることがあっても、彼の誕生日を外すことはない。

クリストバル・バレンシアガ。

その名前の響きに、僕は何度も酔う。

〈了〉

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