AFFECTUS No.93
パリコレクションに参加している日本ブランドの特徴として、「複雑さの重層化」を僕はこれまで何度か述べてきた。それら特徴が生まれた背景に、コム デ ギャルソンの存在があるのは間違いない。その日本の象徴的デザインとして、真っ先に名前が思い浮かぶのはサカイだ。
技巧を凝らしたパターンとディテール、レイヤーするスタイリング、素材感が特徴的なファブリック。あらゆる要素に全力投球で、濃密濃厚で隙がない。毎シーズン、サカイが見せるこの「複雑性」こそが、パリモードに参戦する日本ブランドが備えるデザインの特徴だ。
その傾向について、僕は「もうそろそろ、パリに日本の新しい文脈を刻む時期だ」と、ある種否定的な見方をしていた。しかし、パリコレクションで発表されたサカイの2019SSコレクションを見て、日本の新しい文脈を刻むべきという考えに変わりはないけれども、「複雑さの重層化」というデザインの到達点とも言えるクオリティに惹かれた。
なぜ、今回のサカイに僕は新鮮な気持ちで惹かれたのだろうか。それはシンプルだったからだ。その言葉を聞いて、サカイの2019SSコレクションを見た方がいたら「どこがシンプル?」と思われるかもしれない。
僕はその意見に同意する。僕もサカイの服自体はシンプルではないと思っている。むしろ、その逆でまさに「複雑の重層化」が視覚化された、複雑さの王道を真っ正直に行く服だ。
複雑さの極みであるサカイの服を、なぜシンプルだと思ったのか。その理由は、服のイメージだった。今回のサカイは、これまでになく服のイメージがクリーンだった。
服の断片を切り取り、その断片を組み合わせ重ねて作られたフォルムは、サカイの文学性と言えるデザイン。その特徴を維持したまま、色使いに軽さがあった。
白や黄色にオレンジ、そして薄手の素材も多用することで、黒や紫といった色が、重みを感じさせることなく軽やかに舞っていた。色の効果がクリーンさを生み出す要因となっていたのだ。
それだけじゃない。
デニムやトレンチコート、ショートパンツに分量感たっぷりのスカート。女性のワードローブに欠かせないベーシックが持つリアリティの匂いが、モードの重厚感を軽量化し、刃を研ぐようにクリーンさを磨き上げていた。
サカイは日常的に着られるベーシックを、そのままデザインのベースにしているわけではない。ベーシックを断片化し組み合わせたり、これまでのベーシックにはなかった素材やディテールをクロスオーバーさせ、日常の服を非日常化している。
しかし、それだけなら重くなる。だが今回は、色と素材の使い方が軽い。それがキーとなり、軽量感を生み軽快さを出しながらも、サカイの文学性である「複雑さの重層化」が根源的に維持されていることで、コンプレックスな服でありながらシンプルな服を見た際に感じる感覚「クリーン」を作り出していた。
僕はこの極めてハイレベルなデザインに唸る。決して新しいアプローチではない。従来の極めて日本的=ギャルソン的アプローチだ。だが、そのレベルを極限まで高め、同時に色と素材の取り入れ方にアイデアを足すことで、ここまで新鮮さと迫力を生み出せるものなのかと、驚きを感じた。
現在パリコレクションに参加する日本ブランドの中で、トップに位置するのはサカイではないか。そう思えるほどのクオリティを見せつけられた。
今世界は、ウェブとリアルが入り乱れ、現実が現実ではない感覚を覚えることもある。その感覚に、ARやVRは拍車をかけるのかもしれない。アナログな生活を送る僕にはまだその感覚を自覚できてないが、それが未来に訪れる世界の姿なのかもしれない。
布を断ち切り縫い合わせるという極めてアナログな服というプロダクトで、サカイは未来の姿を一歩先んじて見せてくれている。
日常を非日常化するというアプローチで。
サカイはテクノロジーを使うことなく、僕らを現実と仮想の間(はざま)へ導く。
〈了〉