アトラインの戦略的アプローチ

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AFFECTUS No.101

デビューから堅実にステップアップし、若手ブランドの支援で歴史あるパリのアワード「ANDAMファッションアワード」において2018年度グランプリを獲得したのが、今日ご紹介する「アトライン(Atlein)」というブランドだ。

デザイナーの名前はアントナン・トロン(Antonin Tron)。彼はアントワープ王立芸術アカデミー出身で、卒業後いくつかのビッグメゾンでキャリアを積み、2016AWシーズンにシグネチャーブランドのアトラインをスタートさせた。

このブランド、初めて知ったのが、ちょうどデビューシーズンとなる2016AWコレクションを見た時だった。アトラインのデビューコレクションに使われた素材は、すべてジャージ素材で、ジャージの特性を生かしたスレンダーなドレスをメインにコレクションを構成する。

ジャージを身体に沿わせるシルエットで作り、生地をツイストしてドレープを生んだり、切り替えを入れ細かくギャザーを寄せたりと、ディテールがきめ細やかで、今見るとマダム・グレの名を浮かべる精緻さが目を惹く。

ハイエレガンスな匂いが強いかと思いきや、ドレスがコンパクトな印象だからか、スポーティな匂いもある。その後のコレクションを見ても、スポーティな印象は常にあり、その理由はデザイナーのアントナンがサーフィンをするなど、自身もスポーツを楽しんでいるからではないかと思えた。

デザイナーのライフスタイルは、やはりデザインに反映される。それもファッションデザインの特徴だろう。

2016年といえば、ヴェトモン旋風が本格化しようかという時期で、すでにビッグシルエットとストリートがトレンドのメインストリームにのし上がっていた。

そんな時期にデビューしたアトラインは、ダークで都会的なイメージを放ち、スレンダーなシルエットのドレスをベースに技巧性あるディテールを盛り込んだデザインという、トレンドとは真逆の方向性であった。

自身のスタイルを貫く勇気と、デザインがマーケットにニーズがある確信があったのだろう。そう思うしかないほど、トレンドからは距離を置き、デビューシーズン以降も自分のスタイルをブラッシュアップさせることに専念しているように見える。

このデビューコレクションのアプローチが、僕はスマートに感じた。素材をジャージに絞り、アイテムもそのほとんどがドレス。アトラインの資金背景はわからないが、インディペンデントなスモールブランドであるから、潤沢に資金があるわけではないだろう。

素材とアイテムを絞ることは、資金面でも人材面でもリソースが限られているデビュー初期では、行うべき仕事を集中でき、クオリティアップにつなげることができる。今、僕が思うのはインディペンデントブランドがデビューするときは、無理にフルアイテム展開する必要はないし、素材もマルチに使う必要はないということ。プロダクトをデザインする姿勢で、アイテムと素材を絞り、完成度をあげて、見る者にインパクトを与える。

事実、アトラインはその手法で訪れたバイヤーやメディアに好印象を与えることに成功している。デビューシーズンからバーグドルフ・グッドマンやオンラインショップのネッタポルテでの取り扱いが決まるなど、着実なスタートを切っている。

2シーズン目もドレスを軸に、パンツを新アイテムとして加えてコレクションを発表し、3シーズン目の2017AWコレクションでは初のショーをパリで開催し、素材とアイテムのバリエーションを拡大したデザインを発表した。また、2017年にアトラインは、今や若手発掘において世界No.1の注目度と才能を見抜く確かさを実証しているLVMH PRIZEのファイナリストにも選出されている。

そして、2018年は冒頭で述べたように、ANDAMで遂にグランプリ獲得となる。

僕がアトラインを見ていて思うのは、デザインよりもその成長ステップの確かさだ。デザイナーのアントナンがどのような計画で始めたのかはわからないが、焦ることなくじっくりと、けれど確実にブランドを成長させるためのアプローチを戦略的に取ってきたことを感じさせる。

先ほど述べたように、リソースが限られるインディペンデントブランドは、素材とアイテムを絞り、シグネチャーアイテムと言えるデザインを作るところから、ファーストステップをスタートさせるのは有効な手段ではないかと思える。

デビュー初期は、どうしたって人手が足りず、多くの仕事をデザイナー自身が行わなければならない(事務作業も多い)。すると、時間的制約も生まれ、フル展開した全てのアイテムの濃度をアップさせることが困難になる。一つのアイテムで勝負を仕掛けるアプローチは、極めて合理的に僕は思えた。

しかも、アトラインがうまかったのはジャージ素材とドレスという選択。ジャージはストレッチがあり着やすく、そして買いやすい。ドレスというアイテムの選択もうまい。上にジャケットやブルゾンと合わせることもできるし、ミニドレスが多かったのでパンツとも合わせることができた。スタイリングの幅が多い。加えてアトラインのドレスはスポーティなテイストもあって、デイリーに着られる気分も加速させる。消費者が商品を購入しやすい入り口が、多く作られていたのだ。

そうやって人気を獲得し、キャッシュを稼いでいき、そのキャッシュで徐々にボリュームとバリエーションを増やしていく。そうすると、カスタマーやバイヤーもブランドへのニーズが高まっていくだろう。今度は布帛でコートが欲しい。パンツが欲しい。という具合に。そこに合わせたタイミングで、アイテムと素材の展開に幅を見せればいいのだから。

時間のかかるアプローチに見えて、2016AWコレクションからスタートしたのだから、まだたった2年しか経っていない。2年でここまで来ている。アトラインのアプローチはブランドのビジネスを成長させる上での、特に若手にとって見本となるケースだ。

先月パリで発表された2019SSコレクション(もちろんショーで発表)は、確かなステップアップを実感させるクオリティの高いデザインであった。

アントナン・トロンはデザインのみならず、そのビジネスアプローチにおいて注目すべきデザイナーだ。今後、アントナンはアトラインをどのように成長させるのか。注視していきたい。

〈了〉

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