オンラインで服を買うことが、デザインに与える影響とは何か

AFFECTUS No.110

今や、オンラインで服を買うことは当たり前の時代になった。僕が初めてインターネットに触れた2000年ごろ、オンラインで服を買うことになる時代が来るとは想像もできなかった。時代が進み、オンラインショッピングという言葉が生まれ始めたが、服をオンラインで買うことはそれでも懐疑的に見られていた。その理由に、服は試着して購入を検討するという消費行動にあったと思う。

服は自らの身体に身につけるもの。服の印象が人に与える印象を左右する。そんな特徴を持つ服ゆえ、実際に服を着用して、その姿がどのような印象を持つのかチェックせずに購入することは、ハードルがかなり高いと思われていた。

しかし、その予想とは裏腹にオンラインで服を買うことは、市場に浸透することになる。 ZOZOTOWNの成功はその一例だろう。実際には国内EC化率自体まだまだ低く、2017年BtoCで5.79%(経済産業省より)だが、消費者にとって購入選択肢の一つとなった。

また、事前にショップで試着し、あとで好きな時にオンラインから購入するというアプローチ=ショールーミングを行う人もいるだろう。だが、人気ブランド・人気商品となると購入できるチャンスにすぐ購入せねばならず、ショールーミングは不可能になり(店頭に商品が置かれていないケース・オンラインでしか購入できないブランドもある)、試着せずにオンラインで購入するしかない。

とりわけ、昨今人気のストリートブランドはオンラインのみでの販売、あるいはオンラインで先行販売というケースも多く、試着せずの購入という消費行動はアパレル業界の中でも浸透しているカテゴリーである。

今後オンラインショッピングが退行するということは考えづらく、いっそう重要な消費行動の選択肢となっていく。そこで一つの疑問が浮かぶ。

「似合うかどうか」は、服を購入する上でこれからも重要なのだろうか。

という疑問である。

僕は「似合う」には2種類あると考えている。一つは、体型に合うかどうか、というタイプである。例えば、ウェストが緩すぎる、袖丈が長すぎるなど自身の身体に対して服のサイズが、着用者の希望するサイズ感とミスマッチを起こしている場合である。

もう一つは美的感覚からくるタイプである。服を着用した際、服のカラー・シルエット・スタイリングという外観の美的要素が、着用者とマッチしているかどうかという場合だ。

ここで僕が「似合う」としてピックアップしているのは、後者の美的感覚のタイプが当てはまる。体型による「似合う」はこれからも重要だ。身体に合わなければ着用しても不快になり、その服を着たい・欲しいと思うことはなくなる。その意味で、体型と服のマッチは今後も変わらず重要だろう。

だが、美的感覚はどうだろう。元々、美的感覚的に服がその人に似合うかどうかというジャッジは、主観に左右される。一人の人間の着用姿を見て、ある人は似合っていると思うこともあるだろうし、他の人間は似合っていないと思うこともある。着用者本人が気に入っても、周りの人間が似合っていないと思うケースだってある(その逆も)。

美的感覚による「似合う」は、そのように個人の感覚に左右される極めて曖昧なものだと言える。そこに、オンラインショッピングという消費行動が加わることで、どのような影響が現れてくるだろうか。

服を試着して「美的感覚的に似合うかどうか」に、購入の判断基準が置かれなくなる未来を想像する。仮に先述の感覚が浸透するとすれば、ファッションのユニフォーム化が生じる。そして、個性の表現から価値観の表明へ。ファッションの役割がシフトしていく。

そのシフトが現実になれば、具体的にデザインにも変化が起きる。いったいそれはどのようなものなのか。今回はそのことについて考えていきたい。ファッションデザインに影響をもたらすのは、トレンドだけにとどまらない。現代の人々のライフスタイルを含めたコンテクストが影響してくる。

ファッションのユニフォーム化

美的感覚的に似合うかどうかを重視しない消費者が出てくるとすれば、その消費者たちは「何」を購入の判断基準にするだろうか。そのヒントは、すでに現代の消費行動に現れている。

それは商品・ブランドの「情報」だ。今の時代、情報を収集することなく商品の購入に至るケースは稀である。ファッションに限らず、一度気になる商品・ブランドに遭遇したら、消費者はウェブやSNSを通じて関連情報を探る。

ブランドサイトを訪れ情報を仕入れるのはもちろん、すでに購入済みの消費者のレビューも調べる。そのようにして情報は商品の一部と化している。ファッションの場合、散見される情報としては素材や機能性といったスペック、どこで作られているのかという生産背景の場合が多い。

だが、僕は今後もっと重要になる情報があると考えている。それはブランドの「価値観」だ。ブランドがどのような価値観を持って、ファッションビジネスを行っているのか。それが重要になるのではないかと考えている。

すでにそれを実践しているブランドとして代表的なのが、ユニクロと無印良品である(両者を「ブランド」と呼ぶことの是非は脇に置く)。

無印良品は「わけあって、安い」をキャッチフレーズにスタートした。その価値観は現代にも続きながら、今は以下の価値観も掲げている。

「自然と。無名で。シンプルに。地球大」

無印良品は商品だけでなく、ビジュアルなど消費者が触れるあらゆるものに、この価値観を具体化している。無印良品の魅力は商品だけではなく、その背景となる価値観にある。そこに惹かれ、商品の購買決定要因になるケースを作り出している。

無印良品が感性的な面が強いとすれば、ユニクロは合理的な面が強い。

「いつでも、どこでも、だれでも着られる、ファッション性のある高品質なベイシックカジュアルを市場最低価格で継続的に提供する」

ユニクロが掲げる価値観は、わかりやすくストレートだ。まさにこの価値観が商品化された服である。

情報が商品と一体化した今、ブランドが掲げる価値観はとても重要だ。視覚でブランドの魅力を訴えているだけでは、現代の消費者への訴求力が弱い。

そして価値観が重視されるようになれば、服が似合うかどうかに重きを置かず、ファッションはユニフォーム化していく。そのユニフォームを着ていれば、その人がどのような人か伝わる。消費者が着るのは服ではなく価値観。価値観に共感するかどうかが消費の鍵となる。

「似合うかどうかに重きを置かず」と述べたが、僕は服の感性的魅力を否定しているわけではない。「似合うかどうか」は重要視されくなっても、「好きどうか」は変わらず重要だ。

つまりそのブランドの服が似合うかどうかは問題ではなく、その服の外観の美的要素を消費者自身が好きかどうか。それは購入の重要判断基準になるということである。ブランドの価値観に共感し、服の外観に魅力を感じる。似合うかどうかは気にしない。そのようなプロセスでファッションの消費行動が成されていく。

そこまで到達すれば、ファッションはユニフォームとなる。ブランドの価値観を表明する制服としての役割を果たす。そこで、デザインにも変化の必要性が生じる。その消費心理にマッチするデザインへ。

大胆なデザインの必要性

ファッションに価値観が重要視される消費行動が起きるとなれば、服にはその価値観がわかりやすく投影されたデザインがマッチする。つまり「大胆なデザイン」が求められるニーズが高まる。

ブランドの価値観が投影された大胆なデザインの服を着ることは、消費者自身の価値観の表明がストレートにわかりやすく表現され、そして同様の価値観を持つ人々の目を惹きつける。同じ価値観同士の人間がつながる。インターネットで誰もが自由にメッセージを発信するのが当たり前になった今、それはとても面白くて楽しい体験だ。

インターネットは確かに自由だ。だけど解放しすぎたとも言える。関わりたくないノイズにも遭遇することが増えてきた。だからこそ、同じ価値観を共有できるヒト・モノ・ブランドとつながることは楽しい体験となる。

そのつながりを作る鍵として、僕は「ロゴ」をピックアップしたい。

ファッション好きにはロゴを全面に出したデザインはあまり好かれない。しかし、購入決定の判断基準に先述のシフトが進行すれば、ロゴをテーマにしたデザインは、これからファッションデザイナーにとってジェンダーレスと共に必須科目となっていく。

価値観をデザインする

今後、ファッションデザインで重要度が増していくのは「価値観のデザイン」だと考える。いったい何を言っているのかと、ファッション業界の人々には思われるかもしれない。しかし、オンラインショッピングが一般化した消費行動となった今では、モノの力だけで消費者の心を動かすのは難しくなってきた。

もちろん、モノの力は必要でありクオリティとデザインの外観的魅力は必須だ。しかし、それはどのブランドもすでに行っていることである。それが前提としてあり、さらにこれからの時代に必要なものとして「価値観のデザイン」をあげたい。デザインされた価値観を、どのようにターゲットに届けて感じてもらえるかということも重要だ。

これまで何度も述べてきたが、今ファッションデザインの領域は拡大している。これまでなら、それがファッションデザインと言えるのかという領域にまで伸びている。

デザイナーが自身の個性を表現して世界観で引っ張る手法は、時代とマッチしなくなってきた。しかし、消費者の興味を強烈に惹きつける大胆なデザインが必要となる時代でもある。

そのギャップを埋めるにはどうすれば良いのか。時代の大きなうねりに、ファッション、とりわけモードだけが抗うことは不可能だろう。

〈了〉

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