AFFECTUS No.112
カルバン・クラインを擁するPVHコープのエマニュエル・キリコCEOが、ラフ・シモンズ率いるカルバン・クラインの業績への不満を述べたのが12月初め。それから一ヶ月と経たない今日、ラフ・シモンズがカルバン・クラインを去ることになった。結局、来年2月のニューヨークコレクションでの発表は控えられる様子。急転直下の動きだ。
ラフがカルバン・クラインのチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任したのは、2016年8月。コレクションデビューは2017AWからだった。わずか2年と4ヶ月での退任。前任のディレクターであったイタロ・ズッケーリ(メンズ)、フランシスコ・コスタ(ウィメンズ)の同時退任は、明らかにラフ・シモンズ就任への布石だった。
それほど大きなビジネス的期待を寄せられていたラフの新生カルバン・クラインだったが、結果的にはその期待に応えられなかったことになる。
売上を伸ばせなかった理由はどこにあるのだろう。様々な理由と意見があるだろうが、ここでは実際にラフのデザインを見て僕が感じた考察を述べていきたいと思う。
「メーン顧客層にとってファッション的に先鋭的すぎ、価格帯も高すぎた」
キリコCEOはこう述べているが、実際にラフのデザインを見ていると一理あると感じた。
ラフはカルバン・クラインで新境地の開拓に挑み、ファッションデザイン的に新しい価値を生み出そうとしていた。その挑戦を大きく感じたのが2018AWコレクションだ。僕はその野心的なコレクションがとても好きだった。
しかし、2018AWコレクションが市場に投入された2018年8月から10月期において既存店の売上が2%下落し、利払い前・税引き前当期利益(EBIT)は前年同期比14.7%減の1億2100万ドル(約136億円)ということだった。
この結果に、ファッションデザインの転換を感じた。デザイナー視点から「カスタマー視点」への転換を。
ファッションデザインと言えば、これまではデザイナーが強烈な世界観というビジョンを示し、そこに消費者の憧れを換気して消費に結ぶつける「デザイナー視点」でのアプローチが王道であった。そのためのファンタスティックなショーであり、クールなビジュアルと言える。
だが、SNSの登場以降、人々は憧れよりも自分の価値観を第一にし、その価値観を重視する傾向へ世界はシフトした。その結果、ニーズは多様性を生み、メガヒットが生まれにくい時代になった。その時代のシフトとファッションデザインの王道アプローチに、ギャップが生まれているのではないだろうか。
ラフはファッションデザインの王道アプローチを、カルバン・クラインで展開していた。その手法が、ラフのカルバン・クライン不調の理由だった可能性はある。カルバン・クラインの顧客ニーズを捉えきれなかった可能性が。極端に言えば、ラフのデザインはモード史的には価値があったが、カルバン・クラインの顧客には価値がなかった。
そこで思い出されるのが、ラフのライバルと言われるエディ・スリマンである。
エディはディオールとサンローランで、ビジネス的に大きな結果を残した。特に興味深いのはサンローランでの結果だ。彼のデザインは「変わらない」と言われ、ファッション業界では批判が渦巻いた。しかし、業界内の評価とは裏腹に、エディのサンローランはメゾン史上最高の業績をあげる。
一見するとエディは自分の好きなデザインしかしていないように見えるが、正確に言うと彼は「自分の好きな人たち」のためにデザインをしている。ロックに陶酔する若者たちのために。エディはターゲットが明確なのだ。ターゲットのために、ターゲットが望む服をデザインしている。
そして、ターゲットが望むであろうビジュアルを的確に投入する。ブランドが変わっても、エディはターゲットを変えないので、結果的には同じデザインにしかならない。ブランドのDNAはエディには関係ない。エディにとっては「ロックに陶酔する若者たち」がすべてなのだ。
そのことを僕はエディの個人サイトでアップされている、彼自身が撮影したいくつもの写真から感じた。エディはデザイナー視点のアプローチに見えて、カスタマー視点のアプローチをしている。デザインそのものへの新規性はまた違う話になるが、エディのデザインスタイルは、新しい時代を先取りしたモダンなファッションデザインのアプローチを取っている。
ラフとエディの差はそこにあるのではないか。デザイン的に評価が高いのはラフだが、ビジネス的には圧倒的にエディとなる。
時代は確実に変わっているし、ファッション界以外の業界ではすでに顧客体験が重視され、カスタマー視点が重要になっている。消費者が本当に望む商品を作ること。そのために、消費者データの重要性がますます増していっている。
そんな時代の大波に、ファッション界だけが抗うことできるだろうか。きっと不可能だ。時代の価値観が反映されることが特徴というファッションには。
デザイナー(ブランド)が強烈な世界観というビジョンを示すアプローチではなく、明確にブランドのターゲットを設定し、そしてターゲットのライフスタイルを捉え、ターゲットの生活に喜びを提供するためにデザイナーが自身のクリエイティブを発揮する。そんなカスタマー視点のデザインが、ファッション界にも訪れる予感がしている。いや、すでに訪れているのかもしれない。
常にカスタマー視点でいること。消費者の生活に自分は何ができるか。それがこれからのファッションデザイナーに求められる。
コレクションカレンダーから外れ、ハイブランドと比較してお手頃プライスのシグネチャーブランドをスタートさせたスコット・スタンバーグとステファノ・ピラーティのアクションは、時代の流れを捉えた先んじた動きに思える。
ここで注目すべきなのは、エディによる新生セリーヌの業績だろう。エディが発表した新生セリーヌは、サンローラン以上の批判をファッション業界から浴びた。もしここでセリーヌの売上が成長すれば、ファッションデザインの新しい時代の到来と言える。一つのブランドの結果が、ファッションデザインの未来を決めるわけではないが、重要な参考資料になるはず。
ただ、もしエディのセリーヌが業績不振になったとしても、カスタマー視点のファッションデザインというアプローチは、時代の変化からしたら避けられないと思われる。
ストリートのネクストスタイルは何かという以前に、より上位のデザインアプローチという面に、時代の次が始まる。今、新しいデザイン時代がファッションに訪れようとしている。
〈了〉