AFFECTUS No.121
1997SSシーズン、モードファッションの歴史に残るドレスが発表された。そのドレスが発表されたコレクションのタイトルは“Body Meets Dress, Dress Meets Body”。美の基準を揺るがすドレスをデザインしたのはコム・デ・ギャルソンであり、通称「こぶドレス」の誕生だ。
エレガンスという言葉を聞いた時、僕たちが浮かべるファッションとは全く異なる造形のドレス。ドレスのあちこちにパッドが詰められ、タイトフィットしたドレスはそのパッドに合わせ、異様な凹凸を身体上に幾つも作り出している。そのドレスには「クラシック」や「モダン」といった、従来のファッションで多用される形容は意味をなさない。
すべてがあまりに歪で、すべてがあまりに想像外であった。コム・デ・ギャルソンのデザイナー、川久保玲は抽象的かつ異形な造形で美しさを根本から問い直そうとした。
発表から20年以上経った今、こぶドレスを見ても、ファッション的美しさを感じることは困難だ。しかし、2019年の今、僕はこぶドレスを見るのと同じ感覚を2019SSメンズコレクションで味わうことになった。その感覚を味わせてくれたブランドが、エディ・スリマンによるセリーヌのメンズコレクションだった。
エディ・スリマンとこぶドレス。まったく関連性のないものに思える。なぜ僕がエディのセリーヌを見て、こぶドレスのイメージが浮かんできたのか。今回は、その生まれた感覚を言語化していこうと思う。
今、ファッションには新しい時代の新しい感覚が訪れようとしている。
まず最初に、先ごろ閉幕した2019AWメンズコレクションの傾向を簡単に振り返っていこう。
2019AWシーズンの先頭を切ってスタートしたのはロンドンのメンズコレクションだったが、そこで散見された傾向が「スペーシー&ワークウェア」だった。宇宙的イメージとワークウェアの融合したデザインが、ロンドンメンズではトレンドに浮上した。
このトレンドが、その後のミラノとパリでも継続されるのか注目していたが、結果的にはロンドンだけの傾向に終わった。コレクションシーンがミラノに移るとスペーシー&ワークウェアに変わり、トレンドに浮上したのが「クラシック&エレガンス」だった。僕はこれまでストリートの反動からドレッシーなエレガンスがカウンターとして現れる可能性を述べてきたが、ここにきていよいよエレガンスの本格化が始まった。
クラシック&エレガンスはミラノだけに終わらず、パリでも継続された。目立ってきたスタイルがスーツである。ストリートがトレンドの主流になる以前からファッションのカジュアル化は世界的に進行し、カジュアルはトレンドの中心を占めている。僕はこのカジュアルスタイルが、まだしばらく続くだろうと思っていた。しかし、その予想は外れ、2019AWでは久しぶりにスーツスタイルを発表するブランドが多く見られたのだ。
例えば、パリメンズコレクションの初日に発表したフミト・ガンリュウ。デザイナーは丸龍文人であり、コム・デ・ギャルソン在籍時には2008年に「ガンリュウ」というブランドネームで、コム・デ・ギャルソン社からシグネチャーブランドをスタートさせた人物だ。そのスタイルはストリートであった。ガンリュウは2017SSシーズンでクローズすることになり、丸龍文人は2016年末に同社を退社する。
その後1年半の沈黙を破り、彼は新体制で新たなるシグネチャーブランド「フミト・ガンリュウ」をスタートさせる。デビューコレクションは2019SSコレクションだった。しかもいきなりイタリア・フィレンツェで開かれる世界最大級のメンズウエアの見本市ピッティ・イマージネ・ウオモでデビューコレクションを披露するというプレゼントまでついてきた。デビューコレクションで見られたのは、ギャルソン時代から変わらぬカジュアルなストリートスタイルだった。しかし、デビューから2シーズン目となる2019AWで、フミト・ガンリュウはスーツスタイルを発表する。正直、僕は驚いた。丸龍文人がスーツを発表するとは思いもしなかった。
パリコレの初日に、カジュアルなストリートスタイルが象徴的であったデザイナーが、クラシック&エレガンスなスーツを発表する(もちろん、そこはクラシックスーツとは一線を画す、ガンリュウなりの味付けがあった)。これは時代の潮目が変わる徴候と言えよう。モードにおいて、スーツがトレンドアイテムとして久しぶりに登場してきたのだ。これがマスの市場に浸透するかどうかはわからない。だが、ジャケットは注目アイテムになると僕は予測する。
そしてエディ・スリマン。セリーヌ初のメンズコレクションのショーが2019AWコレクションでお披露目されるとあり、いつも以上に僕は注目していた。同時にこうも思っていた。いつもと変わらないロックでエッジでスキニーな世界が披露されるだろうと。しかし、僕の予想はまたも外れる。
変わらないはずのエディが変わったのだ。ロックでエッジなはずのエディスタイルは、クラシックでエレガントなスタイルへ移行していた。そしてエディの代名詞も変化を示していたのだ。スキニーシルエットが、ラフでパワフルなシルエットへと調整されている。
その徴候は先シーズンの2019SSコレクションから現れてはいた。生地が脚に吸い付くようにフィットするエディのスキニーなパンツは、セリーヌのデビューコレクションとなった2019SSコレクションでは幾分のゆとりを含みリラックスを演出していた。そのボリュームは、2019AWコレクションでさらに膨らむ。パンツだけでなくジャケットやアウターも以前のエディとは異なるボリュームのシルエットを描くアイテムが登場する。
しかもそのアイテムの中には、身体を綺麗に覆い尽くすというよりも、あえて身体にフィットしないボリュームを多分に含むシルエットを描くジャケットもあった。それは1980年代を連想されるシルエットだった。マネーとパワーが支配した1980年代、トレンドを席巻していたのは厚い肩パッドを使い、実際の着用者の肩幅よりも広く厚い「パワーショルダー」だった。そのパワーショルダーをエディは自身のデザインへ融合させ、ニューシルエットをデザインした。
エディのニューシルエットとはどのようなものなのか。
2019AWコレクションでエディが披露したジャケットには、オーバーサイズで身体にフィットしないサイズ感の服をあえて着ているような「歪さ」があった。身体に合わないサイズ感の服を着ることが、これからのエレガンス。身体に合わせてシルエットを綺麗に整えた服を着ることはダサい。そんなメッセージを発するジャケットを見た瞬間に、僕は思い浮かべる。
こぶドレスを。
生地が身体を美し包むように服を作るのではなく、誇張された歪なシルエットに人間の身体を閉じ込める。美しい身体、美しい服、美しいシルエットとは何か。1996年にコム・デ・ギャルソンが発表したこぶドレスは、抽象的で非現実的で、コンセプトは革新的であれど、僕たちが日々の暮らしの中で着られる服ではなかった。
しかし、エディが見せたシルエットは、こぶドレスのコンセプトはそのままにウェアラブルなクラシックスタイルへと転換させ、モダンなこぶドレスが生まれたようであった。日常的に着られる歪なシルエットの服の具体化である。
僕は考えていたことがあった。こぶドレスが現実世界の中でデイリーに着られるデザインとは何か。エディのデザインしたシルエットは、私の考えていたことが具体化され、しかも私が想像することのできなかったアプローチであった。クラシック&エレガンスの中に、こぶドレスのコンセプトが溶け込んだようなアプローチだ。
もちろんこれは僕独自の解釈であり、エディはもちろん、他の誰も共感しないかもしれない。しかし、私にはモード史のコンテクストを新たに解釈し、時代と現実世界に調整され生み出された新しいデザイン、その可能性が見出された。
訪れようとしている。
身体に合わない歪な造形がクールなファッションになる時代が。
そして、それはファッションの新しい可能性を切り開く。ファッションは身体との関係が切り離せない。しかし、「モダンなこぶドレス」は身体からファッションを解放し、コンテクストのページを次に進める新しさを作ることができる。
時代と価値観を新しく進む高揚感を、エディのセリーヌメンズコレクションに感じられたことが、私がこぶドレスとエディ・スリマンと関連させる理由になっていた。
そして、この「モダンなこぶドレス」がトレンドとなり得るのかどうか。僕はこの動きに注目していきたい。
〈了〉