AFFECTUS No.123
ある要素とある要素をミックスして、新しいイメージを作り上げる。デザインのアプローチとしてそれは極めてオーソドックスだ。しかしながら、とても有用なアプローチでもある。ポイントは何と何をミックスするか。パワーが出てくるのは、対極の要素、異なる要素のミックスだ。
例えば、ウェディングとスポーツといったように、通常の生活においては接点のない要素同士を組み合わせると、新規性ある面白いデザインが生まれる可能性が高まる。一方、それは接点のないもの同士をコネクトするため、魅力あるデザインに仕上げる難度が高い。
デザインアプローチとしてこのミックス手法で、今新しいイメージを見せてくれているのがマリーン・セル(Marine Serre)だ。
世界最大のファッションコングロマリットLVMH主催の新しい才能の支援を目的とした、今や世界最高峰のファッションコンペ「LVMH PRIZE」においてわずか25歳で2017年にグランプリを獲得したのがマリーン・セルだった。
1991年12月生まれの彼女は黒髪のショートヘアがトレードマークであり、身長が152cmと小柄。フランス人のセルだが、出身校はフランスではなくベルギーのラ・カンブルである。ベルギーのファッションスクールといえば、多くの人はアントワープ6やマルタン・マルジェラを輩出した名門アントワープ王立芸術アカデミーが浮かべるだろう。
だが、ベルギーにはもう一つ注目するファッションスクールがあり、それがブリュッセルの芸術学校ラ・カンブルである。今では注目度で劣ってしまったが、LVMH PRIZE誕生以前、新しい才能を発掘するという点で世界一注目を浴びていたのは、フランスのイエールで開催されているイエールモードフェスティバルだった。
ラ・カンブルの学生は、このイエールでファイナリストに選出されることが多く、グランプリを獲得した人物もおり、現サンローラン・クリエイティブディレクターのアンソニー・ヴァカレロは2006年に受賞している。
セルはラ・カンブル卒業後、アレキサンダー・マックイーン、メゾン・マルジェラ、ディオール、バレンシアガでインターンとして経験を積む。LVMH PRIZEでグランプリ獲得時、セルはまだバレンシアガに在籍しており、自宅のリビングでファイナル(最終選考)に向けたコレクションを制作していた。
なおセルはLVMH PRIZEグランプリ獲得時の同年、イエールモードフェスティバルのファイナリストにも選出されており、二つの高名なファッションコンペで同時にファイナリストになるという偉業を達成している。
それでは、セルのデザインについて見ていきたい。LVMH PRIZEグランプリ獲得以降、彼女は着実なステップを見せている。
LVMH PRIZEでグランプリを獲得したコレクション「Radical Call for Love」を見ると、不思議なニュアンスが感じられてくる。まず受ける印象はエアロビクス的スポーツ要素。身体にフィットしたボディスーツを思わすトップスに、細いボーダーのボリュームたっぷりのギャザースカートをミックスし、スポーツウェアとデイリーウェアの境界を曖昧にするデザインだ。そこにもう一つのアクセントが加わっており、それがアラブ。ヘアバンドで髪を覆い隠したルックが、アラブ女性の服装を連想させる。スポーツとアラブのミックスという、これまでに見ることのできない世界をセルは確立していた。
セルがこのコレクションの発想するきっかけとなったのは、2015年から2016年にかけて起きたブリュッセルとパリでのテロ攻撃だった。2016年9月、セルはマルセイユとブリュッセルに住んでおり、このテロを知り、東西の緊張から何か美しいもの=平和をもたらすようなものを作り出したいという欲求を高める。
ここは、日本のデザイナーとヨーロッパのデザイナーの違いがわかりやすく表れている。日本のデザイナーは「自分の着たい服を作る」という視点が多いのだが、ヨーロッパのデザイナーのインタビューを読むとそのような視点は少なく、社会へ発する自分のメッセージをコレクションに乗せていることが多い。これはどちらが良い悪いの話ではなく、日本とヨーロッパのデザインにおいて私が感じた点である。ではこの違いが、デザインにどのような影響が及ぼすのだろうか。それについては後述したい。
セルは次の2018SSコレクション「Corerstones」では前回のテイストを継続しながら、その発展系と呼べるデザインを披露する。「Radical Call for Love」に比べるとプリントの要素が強まり、オリエンタルな匂いが強くなっている。もちろんエアロビクス的スポーツ要素はキープしたままである。
2018AWコレクション「Manic Soul Machine」で初のショーを開催する。セルはここで自身の世界観を深めていく。彼女のトレードマークである三日月をプリントした目出し帽のようなマスクはテロリストを連想させ、これまでになくデイリーウェアの要素を強めたアイテムと素材を織り交ぜてくる。例えばデニム。スタンドカラーで着丈がヒップを覆うほどに長く伸ばしてアレンジされたGジャンは、日常感を強めたアイテムであり、一方でオリエンタルなプリント生地を使用したドレープ性あるワンピースは、アラブ的要素を一層強めている。
このコレクションでセルは、元々彼女が持つ特徴の強度を高め、ショーという発表形式に耐えられるコレクションを制作した。つまりモード感を強くしたのだ。自身のデザインDNAをキープしたまま、よりチャレンジングなスタイルにシフトしている。
2019SSコレクションでセルはスポーツ要素を多様にする。僕がこのコレクションを見て浮かんできた言葉は、レーシングウェア、ランニングウェア、エアロビクス、ウェットスーツ、ダイビングといったものである。セルがピックアップするスポーツは、フットボール(サッカー)やバスケットボールといったグループで行うメジャースポーツではなく、個人が楽しむタイプのスポーツであることに気づく。
このようなタイプのスポーツを、ここまで多種多様に絡ませながら積極的にモードの文脈に乗せてきたデザイナーに私は記憶がない。彼女が評価される点がこの新規性にあるのではないかと思う。スポーツというファッションにおいては馴染み深いカテゴリーでありながら、これまでコンテクストに乗ってこなかったスポーツを多様に組み合わせ、そこにさらにアラブという世界を混ぜ、新しいイメージを創出している。
まさにボーダーレスデザインと呼べるデザイン手法だ。
ファッションデザインはデザイナー自身の体験を投影させることがキーになる。だが、世界で評価を得るとなるとそれだけでは不十分。現在の世界的デザイン潮流=コンテクストを把握し、そのコンテクストに新しい意味づけを提示する、ロジカルで戦略的なデザイン思考が必要だと感じる。
そう考えると、先述の「自分の着たい服を作る」というアプローチが弱く感じてしまうと同時に、発想の幅を狭めるように思える。社会を見つめ、そこからデザインしていくというアプローチは発想の幅を広げ、かつ時代の背景に乗るリアリティを演出できる。
これらのことを、セルをはじめとしたヨーロッパのデザイナーがどこまで意図して(計算して)やっているのかは定かではないが、結果として披露されるコレクションを見ると、僕はそのようなロジカルなデザイン性を感じてしまう。
世界を狙うなら、国内でビジネスを展開する段階から世界のデザイン潮流を睨み、そのコンテクストを捉えたデザインでありながら、自身の体験を深く濃く投影させたマスでありながらニッチであるというデザインを生み出す必要性を実感する。
そのスキルを実践したからこそ、セルはLVMH PRIZEのグランプリを獲得したように思える。セルのデザインを読み解いていくと、ファッションデザインの奥深さを知る。
2019AWパリコレクションはこれからだ。セルはどのようなデザインを見せるだろうか。新しい才能のデザインを追跡することは、やはり面白い。
〈了〉