ヴァージル・アブローを読んで新しい考え方を手にいれる

AFFECTUS No.130

3月7日、楽しみにしていた本が届く。その本のタイトルは“複雑なタイトルをここに”(INSERT COMPLICATED TITLE HERE)。この本は、オフホワイト(Off-White)のデザイナーであり、現在はルイ・ヴィトン(Luis Vuitton)のメンズ・アーティスティック・ディレクターも務めるヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が、2017年10月26日にハーバード大学デザイン大学院で行った特別講義の内容を収めたものである。

この本は本文自体のページ数が約70ページで、とても短い。読み始めれば1時間もかからずに読み終えるだろう、とてもシンプルな本だ。しかし、そのシンプルさの影に、ファッションデザインにおける重要なことをヴァージルはさらっと語っている。そこに記されているのはクリエイティビティを発揮するための考え方。ただし、その語り口が軽快であるがゆえに、重要であるはずの考え方を見落としがちにもなる。

今回は、僕がこの本を読んで興味を惹かれたヴァージルの「考え方」(それはビジョンと言ってもいい)を3つ紹介したい。

一つ目はロジックの応用である。冒頭でヴァージルは、建築の世界で学んだ方法のロジックが、他の分野でも使えることを述べている。これはとても重要な考え方だと僕は感じた。今の時代、インターネット上やamazonには、多くの成功エピソードが書かれたテキストで溢れている。大事なのはそのエピソードを知ることではなく、成功を導いた方法論を抽象化すること。

例えば、ある美味しい料理があったとする。その料理の特徴は何かと、皿の上の料理を観察する。すると、ある一つの特徴に気がついた。この料理は素材に極力手を加えず、素材の持つ独特の食感と味を生かす点に、美味しさの特徴があった。その料理法をこう抽象化する。

「素材の特徴を武器に変えていく」

つまり、素材が持つ武器を探すという考え方ではなく、素材が持つ特徴をどうしたら武器になるかと考えていくアプローチである。このように抽象化することで、他の分野でも応用が可能になる。素材はモノとは限らない。人間の場合もあるだろう。ある人間を見るときに、長所・短所という見方はせず特徴を捉えるようにする。そうすると、世の中の常識では短所に見えるものもフラットな視線で見ることができ、武器への転換方法が考えやすくなる。

方法論の応用=抽象化ができるからこそ、ヴァージルはイケアやナイキ、昨年村上隆のギャラリーで発表したアートプロジェクトなど、ファッションにとどまらない幅広いカテゴリーで、自身のクリエイティビティを発揮することができている。そうして自ら実践して体験した方法論をさらに抽象化し、次の新しいプロジェクトへ応用することも可能になるだろう。その連続で、クリエイティビティとスキルは磨かれていく。

二つ目は自分のシグネチャーを探すこと。ヴァージルは講義でこう問う。

WHAT ‘S YOUR SIGNATURE

「あなたのシグネチャーは何か」。彼は、この問いの答えを見つけることの重要性を指摘する。

シグネチャーとは何か。ヴァージルはDNAとも言い換えている。つまり「自分が自分であるためのもの」、それが何なのか見つけることが必要だ。好きでも嫌いでもない、その体験・物事・文化があるからこそ今の自分がある。そのエッセンスを投影させてデザインすることで、あなただからこそのオリジナルの魅力を放つプロダクトが完成する。

今の時代、様々なアプリ・サービスが次々に登場したおかげで、誰もがクリエイティブを自由に簡単に行えるようになった。Adobe社はAIとマシンラーニングを取り入れた「Adobe Sensei」によって手間のかかる作業を省略できるようにし、人々がこれまで以上にクリエイティブに集中できる環境の開発を目指している。

PhotoshopやIllustratorといった、かつては特別だったスキルは特別ではなくなる。すでに写真を撮るという行為は、Instagramの出現によって大衆化された。そんな時代に必要なのはオリジナリティ。他の誰でもない自分だからこそ生み出せるオリジナリティこそが重要になる。

しかし、こう疑問にも思うだろう。

「オリジナリティはどうやって見つける?」

ヴァージルはその疑問に対するヒントも提示している。

「自分の一番古い記憶を辿ってみてほしい。初めて自分のクローゼットを整頓したときのこととか、好きな色でもいい。勉強しすぎる前のこと、自分の根底のようなところまで戻ってみて。それが君のDNAだから」“複雑なタイトルをここに” 17ページより引用

自分の生まれ育った環境を振り返り、自分という人間を形成してきたものを思い返す。それはおそらく子供のころであり、少なくとも10代の記憶にあるのではないかと推測する。きっとそこにオリジナリティが眠っている。夢中になったカルチャーなのかもしれない。いや、もしかしたら挫折してしまった経験にこそ、オリジナリティがあるのかもしれない。

オリジナリティの発見とそれを生かすことが、誰もがクリエイティブを行える時代で突出した存在になる鍵がある。

最後の三つ目となる考え方はメンターを見つけること。自分のクリエイティビティを刺激し、導いていく存在。そんな人物を見つけることの重要性をヴァージルは説いている。それは現在生きている人間とは限らない。すでに亡くなった人間でもかまわない。ヴァージルはこう述べる。

「メンターを見つけることも必須。生きている人でも、もう亡くなっている人でもいい。独自の思想や美学を切り開いた作家や作品にコネクトして、それを土台に自分を築き上げていくんだ」“複雑なタイトルをここに” 37ページより引用

メンターがどのような視点で世の中を捉えて、作品をどのような思考をしながら作り上げていったのか。その考え方を知り、自分に吸収して真似ることで実践していく。

優れた面白い考え方ができるからこそ、技術は生きる。いくら技術が素晴らしくても、凡庸な考え方で生み出されるプロダクトには人々は振り向かない。逆に創造性ある考え方であれば、凡庸な技術であっても人の目を惹きつけるプロダクトを作ることができる。それを実践した人物がモード史には存在する。マルタン・マルジェラ、その人である。

考え方は持って生まれた才能ではなくスキル。スキルだから、いくらでも後天的に身につけ磨くことができる。自分にとって新しい考え方をメンターはもたらしてくれるだろう。言い換えれば、面白さに対して敏感である必要がある。人間、年齢と経験を重ねると新しいことを否定的に捉えがちになる。その状態に陥らず、世界を新鮮な視線と気持ちで見るようにする。

ヴァージルは些細なことにもクリエイティビティを発見する。車輪を止めるストッパーを、ヴァージルは賞賛している。

「車輪ってすごい発明だけど、ドアストッパーを発明したやつはまさに天才だ。(中略) これさえなきゃ世界中飛び回れるっていうのに、このちっぽけな黄色のかたまり(車輪のこと)のおかげで、ボーイング747は東京に飛立つのもお預けってわけ」“複雑なタイトルをここに” 29ページより引用

世界のどんなところにも、世界を更新するヒントは眠っている。ヴァージルのこのストッパーに対する「考え方」も、4つ目の惹かれる考え方である。

結果的に3つではなく4つの考え方を紹介した。この本は、一読するだけではその価値を捉えづらい。人によってはつまらないと思うかもしれない。しかし、噛みしめるように自分の言語に置き換えながら読んでいくことで、その価値が見えてくる類の本と言える。

新しい考え方を手に入れよう。世界を今よりもずっと楽しむために。

〈了〉

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