AFFECTUS No.135
今回は特定のデザイナーやブランドをテーマにした内容ではなく、Instagramの登場によって生じた、ファッションの持つ意味の変化について考えていきたいと思う。
「ファッションは個性を表現する」
これまでファッションの果たす役割は、そう言われることが多かった。
人間の個性を表現する。それがファッションだと。着ている服の外観とその組み合わせで、着用者のセンスが表現されるのは事実であり、その意味では正しいと言える。
時代を遡れば、ファッションは階級を示す意味もあった。それは洋服の源流であるヨーロッパ、とりわけパリでは顕著で、上流階級と労働者階級における服装の違いは現在よりも大きかった。
第二次世界大戦後、技術革新に伴う大量生産の実現が消費の中心を上流階級から大衆へ移行させ、ファッションが娯楽性を帯びることで、個性を表現する手段として浸透していく。
ファッションは長らく個性を表現する「商品」として消費されていたが、その流れを大きく変革する事象が21世紀になると発生する。SNSの登場である。
SNSの登場から、ファッションを取り巻く状況は激変と言ってもいいほどに変わっていった。
「個性を表現する手段を、SNSがファッションに取って代わった」
そう言われるようになり、実際にファッションへ投資することが「ダサい」というムードを世の中に生んでいく。
だが、そのムードも再び変わることになる。時代のムードを変えたのは、個性を表現する手段をファッションから代替したはずのSNSだった。Instagramの登場である。
新しいファッションの波は、Instagramのメインユーザーである若者たちから起きる。若者たちは、ロゴやプリントが象徴的に使用された服を着用し、自らを写してInstagramへポストする。
若者たちが着る服には、一目でどのブランドの服か判明するデザインであることが多い(例.ロゴTシャツ)。ブランドを着ていることがバレることに、抵抗がないように見えるその姿からは、若者たちの間でファッションが「個性の表現」から「価値観の表明」へのシフトが起きているように感じられてきた。
ストリートからエレガンスへトレンドが移り変わりつつある現在でも、ブランドが判別しやすい装飾性の高い服へのニーズは高い。では、そのような時代にあってこれからのブランドは、どのような仕掛けを行えばいいのだろうか。
ラグジュアリーブランドはすでにその体勢を整えつつあるように思う。クリスチャン・ディオールやイヴ・サンローランといったブランドのオフィシャルサイトには、ブランドの歴史が読めるコンテンツがあり、ブランドが掲げる価値観を感じられやすくなっている。
とりわけ、僕が注目するのはグッチだ。数年前からアーティストたちと興味深いプロジェクトを多く実行している。例えば2016年に行われたプロジェクト、塩田千春、真鍋大度、Mr.、トラブル・アンドリューの4人のアーティストたちによる「GUCCI 4 ROOMS」がそれにあたる。
4人のアーティストが自身の感性によってグッチの美学を表現した「4つの部屋」を制作し、その作品をオンラインの特設マイクロサイトと銀座で公開し、ヴァーチャルとリアルの両方でグッチの美学を体験できるエキシビションである。
他に「グッチ プレイス」と呼ばれるプロジェクトも実行している。「グッチ プレイス」と は、グッチの広告キャンペーンの制作や撮影の舞台となった地や、グッチのディレクターであるアレッサンドロ・ミケーレがインスピレーションを得た地など、グッチにとって重要な意味がある場所のことを指す。
「〈グッチ〉と文化的なつながりを持つ特別なロケーションをラインナップ。驚きがあり、クリエイティブマインドを刺激する場所のストーリーや逸話を発見しながら、コミュニティの一員になるという参加型プロジェクト。活動の中心となるのはグッチ公式アプリ。GPS機能を利用してグッチプレイスとして登録された場所に近づくと、プッシュ通知が送信され、チェックインすると特製バッチを受け取ることができる。〈グッチ〉がおすすめする場所を旅しながらバッジをコレクションしたり、SNSで共有することもできる」GINZA「ワルツとコラボ。世界を探求するグッチ プレイス」より
また、グッチは「グッチ・チェンジメーカーズ」と呼ぶ活動もスタートさせている。
2019年2月、グッチはECで販売していたバラクラバ風のトップスが黒人差別だと指摘を受け、謝罪をする。その再発防止策として多様な人材の採用や社員教育、世界中のデザイン学校と提携した奨学金の提供などを含めた、多様性を推進するプログラムの実施を発表した。それが「グッチ・チェンジメーカーズ」である。
グッチはブランドの美学や社会への姿勢を、様々なプロジェクトを実行することで世界にその価値観を示している。これらのプロジェクトは直接的に売上に結びつくものではないだろう。しかし、グッチのファンを増加させる施策になり、長期的に見ればブランドの売上を増やす可能性を秘めている。
ラグジュアリーブランドが、プレコレクションのショーを世界各地で実地するのもブランドの価値観を浸透させ、新たな顧客を獲得するための施策と呼べる。
このように、今ファッションブランドにとって商品は、服や靴とは限らなくなってきた。若者たちを中心に消費者の消費行動や思考に変化が現れてきており、その変化に対応するためのアクションが必要とされる時代になってきたと言える。
共感できる価値観の人間たちと繋がりを持ちたいというニーズが若者たちの間に現れだしたなら、その楽しみを加速する装置を仕掛けていくのは一つのアプローチであろう。
では、現代の若者のためにファッションデザインには何が求められるのか。
価値観を共有するグループのユニフォームと言える役割を、ファッションは担うことになる。ユニフォームは象徴的である必要がある。それはロゴやプリントの多用を意味しているわけではない。よりオリジナリティの強い、そのブランドだからこそのデザインが求められる。
トレンド情報や売れ筋に追従するような商品では新鮮味と魅力が失われ、消費者の心に響くことはないだろう。強烈なオリジナリティを備えた、一目見てどのブランドか判明するデザイン性の強いユニフォーム。その服を着ることで、ますますブランドへの愛情が増していく。巡り巡って、再びデザインに挑戦が求められる時代がやってきた。
価値観の表明という特徴を帯び始めたファッション。その時代の変化をどう捉え、どう動いていくかに、これからのファッションビジネスの鍵がある。
〈了〉