川久保玲の創造性が、今最も堪能できる服

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AFFECTUS No.138

「コム デ ギャルソン(Comme Des Garçons)」と言えば、時代の価値観を変革させるほどの挑戦的な姿勢で、モード史に足跡を残すデザインを発表してきたブランドだ。

1981年にパリに殴り込みをかけ、ボロボロの黒い布で覆われた女性の身体は、西洋のファッション観に衝撃を打ち込んだ。1996年に発表されたこぶドレスは「美しさとは何か」という問いかけを、世界へ投げかける。

しかし、ある事実に一つ気づく。世界を揺るがしてきたコム デ ギャルソンのデザインの多くがウィメンズ、つまり女性の服であることに。近年でも川久保玲は「テキスタイル オブジェ」と称せる巨大な布の造形をウィメンズコレクションで発表し、リアリティが全盛の今に一人反旗を翻すように戦いを挑んできた。

ウィメンズラインのコム デ ギャルソンは、ファッションの創造性と自由が堪能できる服なのは間違いない。だけど、僕が川久保玲の創造性を今最も堪能できる服は、メンズラインの「コム デ ギャルソン オム プリュス(Comme des Garçons Homme Plus、*以下プリュス)」だ。

最新の2019AWコレクションでも、プリュスはメンズウェアの概念を攻め立てるように破壊していく。メンズウェアのフォーマットを保持したままで。

登場する男性モデルたちは、他のブランドとは一線を画す。いわゆるランウェイを飾るにふさわしい「美しい男たち」ではない。一癖も二癖もある、時代のルールから外れて生きてきたアウトサイダーの匂いを、彼らはこれでもかと振りまく。

あるモデルは首を少し斜めに傾けながら不機嫌な表情で、あるモデルは顔を俯かせながらも視線を上げ睨みつけるように正面を見据え、彼らが歩くことで華やかさが舞台のランウェイが陰が滲むストリートへと変わっていく。

そんな男たちが身に纏う服が最も挑発的だ。

モデルたちは黒い網タイツを履き、その上からレングス様々な黒いソックスを重ね履きしている。服に視線を寄せれば、男たちがスカートやワンピースを着ていることに気づく。しかし、女性ならではのフェミニンさとは無縁なブラックでダークなSMテイストを充満に香らす、アンダーグラウンドな空気が見る者の網膜を刺激する。

ジャケット、コート、パンツというアイテムの造形そのものは、ウィメンズラインとは異なり、挑戦的かつ挑発的な要素は見受けられない。スタンダートなフォルムの上でデザインするという、メンズウェアのフォーマットに準拠している。

服の造形はスタンダートであることが、なぜメンズウェアのフォーマットなのか。推測するに男性の平面的で硬質な身体が、ウィメンズウェアのようなダイナミックな造形と相性が悪いのではないか、ということである。

女性の身体はバスト・ウェスト・ヒップと、男性のボディラインに比べ造形が曲線的で柔らかく華やかだ。そのようなボディラインと、衣服の可能性を探求するような大胆なフォルムとは相性がいい。そのことを証明するように、モード史の中で記されているデザインのほとんどがウィメンズウェアである。

時間を経て積み重ねられてきた作り手たちの無意識下の感覚が、メンズウェアのデザインを規定していったように思える。それは僕自身、服作りの経験を経て感じた感覚でもあった。男性の平面的な身体の上で、ウィメンズウェアのような大胆なフォルムを発想するには難しさが伴う。服を纏わせる身体を選ぶこと、そこからファッションデザインは始まっている。

川久保玲は服の造形そのものはあくまでスタンダードにし、素材と細部に自身の創造性を持ち込み、メンズウェアをデザインしている。艶っぽく怪しげなムードを放つシャイニーな素材感に、パンキッシュなチェーンモチーフのディテールやアクセサリー、アウトサイダーたちの叫びを具体化したプリュスのアティテュードは、どこまでも時代に中指を立てる。

同時に僕はそこに現代とのフィットを感じた。先ほど述べた通り、現代はリアリティが最も重要になっている。ストリートウェアがファンという限定された空間から、マスにまで世界中に急拡大したのは、リアリティという時代感を最も捉えた服だからでないかと考えている。

川久保玲のデザインの特徴は、衣服の概念を破壊していくパワフルな造形にある。だが、その特徴が最も表現されていた近年のウィメンズラインのコムデ ギャルソンは、今の時代感とフィットしないように僕は感じていた。

だけどプリュスは異なる。あくまでフォルムはスタンダード。メンズウェアのフォーマットをキープした上で、クリエイティビティを発揮している。そのアプローチはまさにモダンと呼べ、時代とのこれ以上ない合致を生む。そして、その合致こそが僕にプリュスを、今最も川久保玲の創造性を堪能できる服と思わせる理由だった。

コム デ ギャルソン オム プリュスは、世界で最も激しく先端性を競うモードの中心パリで証明する。時代にアンチテーゼを打ち込む川久保玲の創造性に限りがないことを。

〈了〉

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