言葉を発しないメディアとも言える、現在のコム デ ギャルソン

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AFFECTUS No.520

一つのショーで発表されるルック数は40ルックほどが標準で、メンズとウィメンズの同時発表が増えた今では、70〜80ものルック数が発表されることも珍しくない。そんな現代のファッション界の傾向と逆行するように、近年の「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」は毎シーズン20ルック前後しか発表せず、最新2024AWコレクションではわずか17ルックのみの発表だった。

しかし、ファッション界の常識を破壊するブランドは、ルック数の少なさを補って余りある迫力と圧力を最新コレクションで披露する。黒い布の造形は、エレガンスやクラシックといった、ファッション伝統の美意識を超越する異端のフォルムを示していた。

マットな質感の黒い生地は、不規則に膨らんでスカートを成形し、腕の自由な行動を奪う拘束具の如く上半身を包み込む。パフスリーブの膨らんだパフ部分だけを取り除き、それらをさらに大きく膨らませたパーツをいくつも繋ぎ合わせた巨大な衣服。そんな想像を掻き立てるトップスには、ヘムラインがランダムでフリンジ状に毛が垂れるスカートをスタイリングする。

太幅のショルダーストラップはワークなオールインワンを彷彿させるが、不規則にところどころが膨らんだバルーンスカートと一体化し、非日常の衣服が誕生している。縫い代付きパターン(型紙)を裁断したような黒い生地を、折っては曲げて接ぎ合わせ、モデルの身体を拡張していく。

黒い生地が主役のショーは、フィナーレを飾るラストルックのみ白い生地を使用。冒頭に登場した巨大なパフルックと同じく、ギャザーを寄せて膨らませた布のボリュームが、不規則に連結してダイナミックにモデルの身体を覆い尽くし、白い生地が持つクリーンやピュアといったイメージを完璧に消してしまう。

ボディラインを綺麗に見せる、日常を華やかに装う、お気に入りの服と合わせられる。それら人々がファッションに寄せる期待に、コム デ ギャルソンは応えない。

「シンプルで、綺麗な服?冗談じゃない」。

人間の身体を綺麗に見せるという、オートクチュールを原点とするファッション伝統の価値観を真っ向から否定する巨大で奇妙、大胆で複雑な黒い服の数々は、現代に対する怒りのメッセージを含んでいるのではないか。

先日、興味深い記事を読んだ。アメリカ発の経済メディア『フォーブス(Forbes)』に掲載されていた「中国で苦戦する『グッチ』、落ち込みが他社より激しい理由」という記事である。

テーマはタイトルが物語る通り、「グッチ(Gucci)」低迷の要因について解説したものになり、とりわけ主要マーケットである中国での売上高低下に言及している。

なぜ、中国で「グッチ」が売れなくなったのか?

二つの理由が語られているのだが、私は一つの理由に関心を抱く。それが、中国国内における消費者の趣向の変化だった。

これまでの中国ではアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)が打ち出していた(記事では具体的にミケーレの名を出してはいないが)、色彩と柄を主役にしたファッションが人気だったのだが、上質感のあるシンプルさが世界的にも人気の「クワイエット・ラグジュアリー」が中国市場でも好まれるようになり、ミケーレテイストが購入されなくなった。そのため、「グッチ」は新しいクリエイティブ・ディレクターを任命し、変化したマーケットに対応しようとしている。

詳しくは記事を読んでほしいが、上記が主だった内容になる。

グッチの新クリエイティブ・ディレクターを務めるサバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)は、ミケーレ時代と対極のミニマルテイストを打ち出している。グッチでさえデザインを転換させるほど、影響力の大きいクワイエット・ラグジュアリーの波を、すべて飲み込む迫力が今回のコム デ ギャルソンにはある。

2000年代のコム デ ギャルソンは、現在よりもリアルな服で、アヴァンギャルドを日常にうまく溶け込ませていた。だが、近年はルック数を絞り、デザインがパワフルな方向性に舵を切っている。現在のコム デ ギャルソンは、ファッションブランドというよりも、メッセージを発する、けれども言葉を発しないメディアのようにすら感じられてくる。

形という服の原点が何かを語る。言葉では語らないコム デ ギャルソンのメッセーに、耳を傾けてみよう。だが、その言葉はきっと解読困難に違いない。

〈了〉

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