カリビアンカルチャーとパブロ・ピカソの融合

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AFFECTUS No.142

2019AWシーズン、新生ニナ・リッチが見事なコレクションを披露した。ブランドの舵取りを託されたのは、ルシェミー・ボッター(Rushemy Botter)とリジー・ヘレブラー(Lisi Herrebrugh)という二人の若き才能だった。ニナ・リッチといえば、女性の持つ繊細さにフォーカスし、その繊細さを美しく可憐に見せていくスタイルが印象深いブランドである。2007年から2009年までアーティスティック・ディレクターを務めたオリヴィエ・ティスケンスはニナ・リッチの可憐な美しさに、自身の持つダーク&ゴスな一面を溶け込ませ、悪魔的な妖精と呼びたくなるドレスを軸にしたロマンティックなコレクションを披露した。

その後、2009年から2014年までディレクターを務めたピーター・コッピングは、繊細で可憐な世界観をキープしつつ、よりリアルな視点を持ち込み、コンサバティブなスタイルを見せる。彼が手がけたコレクションは「淑女」という表現がよく似合う。

そして、2014年から2018年までディレクターを務めたのは、カルヴェンを人気ブランドへと押し上げたギョーム・アンリだった。彼はコッピングのレディライクなスタイルを引き継ぎつつ、徐々に現代のモードコンテクストに寄せていく。ストリートから派生したカジュアルの波に、ニナ・リッチを乗せていったのだ。ゆっくりと、少しずつ。

ティスケンスとコッピングのニナ・リッチは、ドレッシーな側面が強かった(特にティスケンスは)。しかし、アンリはドレッシーな側面を弱めていき、ジャケットやパンツなど現代女性のデイリースタイルをベースにしていく。可憐で繊細なニナ・リッチの世界観はそのままに。

そのプロセスを経てアンリの後任として就任したのが、ボッターとヘレブラーのデザイナーデュオだった。

現在、モードシーンにおいてストリートからフォーマルへの移行が始まったからなのか、デザインの潮流の中でメンズウェアへの注目が高まる。近年注目のデザイナーはメンズブランドから現れることが多く、イエールやLVMH PRIZEといった新しい才能を発掘するファッションコンペでは、メンズブランドがグランプリを獲得することが多い。

ボッターとヘレブラーのシグネチャーブランド「ボッター(BOTTER)」も、メンズブランドである。二人はメンズウェアの構築感を、ニナ・リッチへ持ち込み、ブランドをより現代的にしていく。

ニナ・リッチにおける二人のデビューコレクションとなった2019AWシーズンでキーアイテムとなったのは、テーラードジャケット。

ジャケットとパンツのセットアップスタイルはもちろん、ミニドレスにジャケットをスタイリングするなど、メンズライクな匂いを強めている。シルエットには、従来のニナ・リッチ的優雅さを漂わすドレープ感があるのだが、そこにスクウェアなシルエットのジャケットが織り交ぜられ、不思議な差異を生み、美しい調和とは異なるシンプルながら違和感ある魅力を放っていた。

例えるなら、大きく広い白い部屋の角に、白く綺麗に輝く砂が山積みされているような、そういう現代アート的な不可思議さが香ってくる。

アグリー(醜い)スタイルのエレガンス化。そうとも言えるスタイルを披露し、僕は二人のデザインに対して一気に興味を強めていった。

ルシェミー・ボッターとリジー・ヘレブラーとは、どのようなデザイナーなのか。二人のルーツが投影されたシグネチャーブランド「ボッター」のコレクションに触れていきたい。

ルシェミー・ボッターは、カリブ海にあるオランダ領キュラソー島の出身であり、ベルギーの名門アントワープ王立芸術アカデミーを2017年に卒業。リジー・ヘレブラーは、ボッターと同じくカリブ海にあるドミニカ共和国の出身で、オランダのアムステルダム・ファッション・インスティテュートに入学し、「ヴィクター&ロルフ(VIKTOR&ROLF)」でのインターン経験を持つ。ボッターの卒業後、二人でシグネチャーブランド「ボッター」をスタートさせた男女のデザイナーデュオである。*以下「ボッター」はブランド、ボッターの表記はデザイナーを意味する。

ボッターとヘレブラーの二人は昨年2018年、世界の2大ファッションコンペに挑む。LVMH PRIZEとイエールモードフェスティバルだ。「ボッター」は両コンペで同時にファイナリストへ選出されるという快挙を成し遂げる(2017年にマリーン・セルも達成)。LVMH PRIZEではグランプリ獲得とはならなかったが、イエールでは見事グランプリを獲得する。今、二人は世界のファッション界で、注目度の高いデザイナーだと言えよう。

では、「ボッター」のデザインとはどのようなものだろうか。まず軸にあるのは、二人の出身であるカリブ海のファッションだ。イエールでグランプリを獲得したコレクションは、カリビアンスタイルをベースに“Fish or Fight”というタイトルであった。ボッターはこう語る。

「カリブ海諸島で暮らす人々、特に若者の、一見不釣り合いに見える色やアイテムのユニークな組み合わせ方に魅せられている。オシャレに見られたいと思って犯してしまう彼らの失敗が、僕らには斬新で美しく映る」WWD JAPAN ウェブサイト2019/5/14より

二人の生まれ育ったカルチャーがブランドのDNAとなり、オリジナルスタイルを作り上げている。

イエールのファイナルで発表されたコレクションは実に陽気である。黒人モデルを起用し、子供の落書きのようなフラワープリント、緑や青、紫にベージュや黒も混ぜた色使いは多様で多彩ながら、ルーズな着こなしにはヒップホップな要素も入り込んで、陽気さだけで終わらない色っぽさもある。

全体としてはカジュアルなのだが、ジャケットとパンツのセットアップも混ぜて、シックな装いも披露している。だが、そうかと思うと、イルカの形をした風船型の造形をシリアスな表情のモデルが頭に乗せて、ランウェイを歩いている。言うなればなんでもありの世界だ。

そこにはボッターの言う「オシャレに見られたいと思って犯してしまう彼らの失敗」という、カリブの若者たちの姿が投影されていると僕は感じた。

メンズウェアでここまで陽気さを出しながらも、カジュアルを通してギリギリ現実世界で着られるであろうリアリティをデザインしているのは秀逸と言える。ウォルター・ヴァン・ベイレンドンクを、より現代的に、かつ若々しくしたようなコレクションだ。

「ボッター」のミックス感は、デザイナーの文化的背景から育まれたように思える。ボッターの故郷キュロソー島は人口15万人で、国土面積は種子島と同じくらいであり、とても小さい。それゆえ、他のカリブ海諸国(いずれも小さい)と関係性が深く、また観光客も多く、外国からの文化を受け入れて自国の文化に昇華する伝統が育まれてきた。

「ボッター」のなんでもありのゴチャ混ぜなユニークなデザインを見ていると、僕はそのようなデザイナーの文化背景が服に投影されているように感じられてくる。

同時に「ボッター」を見ていると、あるアーティストの絵画が浮かんでくる。パブロ・ピカソである。ピカソの描く絵は人間の目や鼻、それらがデフォルメされ、不思議な造形の人物像が登場するが、「ボッター」のゴチャ混ぜなデザインにはピカソ的不思議さがにじむ。「ボッター」のInstagramアカウントを見ると、ピカソの1972年作“Self Portrait Facing Death”の写真が投稿されており、やはりピカソからの影響が伺える。

ファッションデザインで散見されるアートの使い方は、その多くはアーティストの作品を服にプリントしたものが多い。だが、「ボッター」のコレクションは、ピカソの絵画をプリントするといったダイレクトな方法ではなく、バランスを崩して表現した際の歪な面白さという抽象化したピカソの外観的特徴を、ファッションに転用しているようなデザインだ。

デザイナーが強烈に興味を惹かれているクリエイティブ(今回ならピカソの絵画)を抽象化し、ファッションデザインへと転用する。これも一つのテクニックになる。

このようなデザイン的特徴を持つボッターとヘレブラーの二人を、大人で繊細かつ可憐なブランドのディレクターに指名した、ニナ・リッチを傘下にするプーチ(PUIG)経営陣の判断は、大胆としか言いようがない。ボッターとヘレブラーは昨年イエールのグランプリを獲得したとはいえ、どこかのメゾンで豊富なキャリアを長年積んだわけでもなく、学校を卒業してすぐにブランドを立ち上げてわずか2年に過ぎない、プロフェッショナルとしてはキャリアの浅いデザイナーだ。

例えば日本でこのような大胆な人材の抜擢があるだろうかと考えると、難しいのではないかと思われる。実績や経歴を、時に過度に重視する日本では。

近年LVMH PRIZEに注目度と実績が押されていたイエールだったが、久しぶりに登場したニュースターに期待したい。

〈了〉

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