ドリス・ヴァン・ノッテンの美学

AFFECTUS No.143

紳士服の持つ古典的な匂いに、亜熱帯に生い繁る原生林の空気を併せ持つ服。ドリス・ヴァン・ノッテンのメンズウェアを見ていると、「モダン」や「ミニマリズム」といった言葉とは対極のイメージが立ち上がってくる。

彼の作るメンズウェアに時代の先端性や、ファッション界をリードするトレンドを感じるかといえば、少なくとも僕は感じない。次々に価値観が変わっていく時代の流れの中で、ドリスは自身の美意識をどう見せるのか。そう考えた時、ドリスのメンズウェアへの興味が僕の中で俄然と高くなる。

ドリスには、確固たるオリジナルスタイルがある。ジャケットやパンツといったフォーマルスタイルをベースに、雄々しく茂り生命力あふれる植物を現地で採取し、その場で服にすぐさま転写したような、時にはサイケにも感じられる鮮烈なプリントは土着的な匂いが漂う。

亜熱帯な柄は人々を美しいと酔わせるのではなく、人間の中に潜む野生を呼び起こす。特にそのプリントがメンズウェアに乗れば、素材の持つパワーは濃く強いクセとなり、男臭さを演出する。クラシカル&ボタニカルでダンディズム香るメンズウェア。ファッション的に表現すれば、そうなるだろう。

ドリスのメンズウェアには、若い時には拒みたくなる独特の匂いがある。身体を端正に美しく見せるモダンでシャープな素材とシルエットではなく、古着屋で見つけた父親世代のジャケットを羽織るような、身体を前時代的に野暮ったく見せる素材とシルエット。こんな表現をすればファンから反発を買うかもしれないが、僕はドリスのメンズウェアを見た時からそのよう印象が常にあった。

しかし、その感覚は年齢を重ねると共に変化していく。若い時に好きで着ていた服が似合わない時期がやってくる。悲しいかな、これは事実だった。かつて好きだった服に、僕は今では袖を通すことがなくなってきている。好きな服なのに、自分には似合わなくなってきたのだ。

やはりファッションにはその年齢にふさわしい感性で作られた服がある。若者たちに人気の服を着るよりも、今の自分の年齢に合う服を着る方が佇まいをエレガントに魅力を立ち上がらせ、そのことが印象を新鮮に見せることがある。ドリスのメンズウェアはきっとそんな服だ。

「私は、君たちが来るのを待っていた」

ドリスのそんなメッセージが聞こえてくるようだ。ああ、ごめんなさい、あなたの服を野暮ったいなんて思ってしまって。かつての僕は、あなたに謝らなくてはいけない。

22歳の時だったと思う。僕はドリスのシャツを一着持っていた。袖丈と着丈が少し長めの半袖シャツだった。そのシャツを買った理由は、ドリスらしからぬスリムなシルエットがいいと思ったから。しかし、それは間違いだ。やはりドリスの魅力は、心と身体にゆとりを持たせるリラックスシルエットにある。

僕がドリスのシルエットの魅力に気づかされたのは、先日久しぶりに渋谷のセレクトショップでドリスのメンズウェアを見た時だ(遅すぎるだろ?)。白いシャツはたっぷりの分量感で、なんとも言えぬ色気を漂わしてハンガーにかかっていた。手を伸ばしたくなる色気が、ピュアな白いシャツの周辺を覆っている。この色気のよさがわかるには、僕は時間を必要とした。

僕が仮にドリスの服を買うとしたら、何を買うだろう。やはりシャツだろうか。それともドリスらしいダンディなジャケットだろうか。それともコート?(さすがに高い……)

いや、パンツだ。

彼のデザインするクラシカルなパンツがいい。股上は深めで、腰回りは余裕をもたせながら膨らみ、そこから裾に向かってゆるやかにテーパードしていく。外観的に特別な素材や細部に緻密な技巧が見られるわけではない。王道で正道。きっと、パンツにこそドリスの成熟した美学がこれでもかと込められていて、そんなことを想像すると僕はドリスのパンツが穿きたくなってしまう。

野暮ったく見えたものに美しさを感じるようになる。それもファッションの魅力。

ドリス・ヴァン・ノッテン、彼は時間をかけてファッションの喜びを教えてくれる。自身の成熟した美学でもって。

〈了〉

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