ラフ・シモンズとロバート・メイプルソープが紡ぐ世界

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AFFECTUS No.144

近年、ラフ・シモンズがその才気を見せたコレクションがある。時間は遡り2016年6月。場所はイタリアはフィレンツェ。メンズプレタポルテ世界最大の見本市、第90回ピッティ・イマージネ・ウォモが開催された地である。このピッティでラフ・シモンズは、1848年に開業されたレオポルダ駅で2017SSコレクションをランウェイショーで披露した。

2017SSコレクションで注目のトピックとしてあげられるのは、1989年に42歳の若さで亡くなったフォトグラファー、ロバート・メイプルソープが遺した写真とのコラボレーション。このコラボが決定したのは、メイプルソープ財団からラフへのアプローチがきっかけだった。

コレクションを通じてラフがスタイルのベースとしたのは、シャツとパンツ。とりわけ、白いシャツと黒いパンツのコンビネーションがコレクションの軸となっていた。一見すると、そのスタイルはラフのシグネチャーブランド初期の象徴となっていたスクールボーイスタイルだが、そんな純粋無垢さはこの2017SSコレクションには微塵も見られない。

2016年当時、ヴェトモン発のストリート旋風が吹き荒れ、シルエットはエクストリームの一途を辿り、世界はデムナ・ヴァザリアが支配していた。ラフはそのコンテクストを拾い上げ、自らのデザインに吸収する。

白いシャツは巨大なシルエットを描き、ランウェイを歩く男性モデルの肉体の上で舞い、色気を撒き散らす。一方で黒いパンツは、時代の一過性とは距離を起き、端正で普遍的なストレートシルエット。まさに制服のように無個性的なパンツになっている。

ボトムにベーシックなシルエットを反映させ、トップスにモダニティあふれるシルエットを反映させる。それは時代を席巻するストリートウェアとは異なる軸を生きる男のスタイルだった。

ショー中盤、あるスタイルに目がとまる。シャツとVネックのニットベストに、ストレートパンツというスタイルだ。文面から浮かぶイメージは生真面目なトラッドスタイルだが、ベストの着丈が腰よりもやや上あたりという、ベストと呼ぶにはあまりの短さ。ベストの下に合わされたエクストリームシルエットのシャツは、大腿部にまで届くロングレングス。そしてベストから覗くシャツには、メイプルソープの陰鬱と妖気を醸す写真がビックサイズで大胆にプリントされ、見る者の視線を引き寄せる吸引力を持ってその存在感を放つ。

ラフの提示したスクールボーイスタイルに、メイプルソープのポルノテイストの世界が重なり合い、一つになった二人の世界はその濃度を一気に加速させ、新たな世界を作り上げていく。

メイプルソープの撮影したエロティシズム香るモノクロームプリントは、ただのポートレートでさえ圧倒的な色気が迫り、性的刺激から免れることはできない。そんなメイプルソープの写真がビックサイズでプリントされたエクストリームシルエットのシャツが次々に登場する。

その様子は、まるでコレクションが一冊のアルバムとなってページが次々にめくられていくシーンを見せられているようであり、白いシャツに黒いパンツというユニフォームルックは規律や若者というスクールのイメージを浮かべさせるが、そのイメージとは対極のメイプルソープの写真がイメージの反転を生み出し、その反転の振れ幅がコレクションの魅力を作り出していた。

少年、学校、制服、色気、妖気、性欲。ラフとメイプルソープ、互いのイメージは交わり、捻れる。服が持つイメージを、何を使い、どう反転させるか。その術を知る者が世界のファッションシーンを駆け上がっていく。ラフ・シモンズが作り出しているのはファッションではない。彼が僕らの前に見せているのはイメージだ。

イメージを作る天才は、時代を支配するストリートに戦いを挑むかのようだった。しかし、ストリートの勢いは止まらず、次の進化を示す。デムナ・ヴァザリアは、強国が領土を拡大するように自身の世界を拡大していく。すべては彼の掌の出来事のように。時代はアグリー&デコラティブなストリートによって覆われる。

2017SSコレクションの発表から2ヶ月後、ラフは新しいステージに進む。2016年8月、カルバン・クラインのチーフ・クリエイティブ・オフィサー就任が発表された。これ以上ない期待が僕を満たす。ラフがアメリカでモード王道のエレガンスを見せてくれると。しかし、ラフの野心に満ちた挑戦はわずか2年ばかりで終わる。失敗の烙印と共に。

ラフのカルバン・クラインは失敗だったのか。数字が物語るように、ビジネス的に見ればたしかに失敗だ。しかし、ラフは新しい時代の新しいデザインを示唆していた。脈絡のない膨大なイメージをつなぎ合わせ、しかし調和を図ることは放棄し、イメージの脈絡のなさが繋ぎ合ったままの違和感がパワーとなって訴えかけてくるデザインは、美しいか否かを問うことが基準だったファッションの価値観を揺るがすものだ。

イメージの反転は、まだ終わらない。

〈了〉

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