キリスト教とアレン・アイバーソンとカート・コバーン

AFFECTUS No.148

そのスタイルには不思議な空気が流れている。まるで、イタリアはルネッサンス期に描かれた宗教画から神様が現代の現実世界に飛び出し、ストリートウェアを着ているような空気。

「神様はバスケとグランジが気に入ったのか。中でもアレン・アイバーソンとカート・コバーンがいたくお気に入りの様子だ」

そんなふうに思ってしまう神聖な、けれど現代の若者たちと何一つ変わらないライフスタイルの匂いが感じられてくる。

「フィア オブ ゴッド(FEAR OF GOD、以下FOG)」

それがこの不思議なスタイルを作り出しているブランドの名前であり、デザイナーの名前はジェリー・ロレンゾ(Jerry Lorenzo)。彼が2013年にスタートさせたブランドだ。

ブランド名の由来は、ロレンゾが子供のころに家族と共に読んでいたオズワルド・チェンバースの『いと高き方のもとに(My utmost for his highest)』と、ロレンゾのキリスト教への信仰心からきている。ロレンゾが進学するロヨラ・メリーマウント大学も、ローマカトリック・イエズス会系の大学であり、学生の約60%がカトリック教徒となっている。

ロレンゾは信仰心の厚い人間であり、彼のこの姿勢がFOGのデザインに反映されている。FOGのデザインは、宗教的神聖な空気にバスケ・ヒップホップ・グランジといったカルチャーを結びつけ、オリジナルスタイルを作り出した点に特徴がある。

結果的にFOGから生まれたスタイルは、スケートカルチャーを背景にすることが多い他のストリートブランドとは異なる世界観を確立し、カニエ・ウェスト(Kanye West)との邂逅(そこにはヴァージル・アブローが関わっている)、カニエと共に手がけたA.P.Cとのコラボ、ロレンゾの妻がラッパーのビッグ・ショーン(Big Sean)のスタイリストと友人であり、ビッグ・ショーンがFOGの1stコレクションを気にいるなど、現代における人気ブランドとなるためには必須のストーリーを獲得し、瞬く間に人気ストリートブランドへと駆け上がっていく。

ロレンゾはファッションの専門教育は受けておらず、大学ではMBA取得を目指し勉強していたが、在学中にギャップ(GAP)やディーゼル(DIESEL)でショップスタッフとして働いていた経験がある。

ロヨラ・メリーマウント大学の大学院でMBAを取得すると、卒業後はメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースやシカゴのスポーツエージェンシーなどで働いていた。ファッションデザイナーとは思えないキャリアを歩いてきたロレンゾだが、このキャリア自体、今のファッション界では珍しくない。とりわけ人気ストリートブランドでは。

先のカニエ・ウェストをはじめ、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh) 、マシュー・ウィリアムズ(Matthew M. Williams)、それぞれ人気のストリートブランドを立ち上げたが、彼らは皆ファッションの専門教育とは無縁なキャリアである。現在人気のストリートブランドのデザイナーたちの多くは、ファッション界の王道と言える名門ファッションスクールや有名メゾンでキャリアを積むというスターデザイナーのコースとは異なる道を歩んできた人間たちである。

MBAを取得し、メジャーのドジャースで働くほどであったから、ロレンゾはスポーツエージェントになることを考えていた。事実、スポーツ選手のマネージメントの仕事を彼は始める。しかし、それがロレンゾがファッションデザインの道へ入るきっかけとなった。

彼がマネージメントした選手の一人に、メジャーリーガーのマット・ケンプ(Matt Kemp)という選手がいる。ケンプは本塁打王と打点王を1回ずつ獲得するメジャーのスタープレーヤー。ロレンゾは、ケンプのプレー面以外のマーケティング(メディアへの出演など)を担当する。その時にケンプのスタイリングを手伝っていたのだが、真に使いたい服がないことに気づく。それは彼の抱える他のクライアントでも同様であった。そこで、ロレンゾは自ら服作りを始めることになる。これが、ロレンゾがファッションデザインへ足を踏み入れた瞬間だった。

最初のコレクションはわずか12ピース。ロサンゼルスのダウンタウンで手に入れた、かなりチープな素材(ロレンゾはsuper cheap fabric と称す)に高級ファスナーのriri(リリー *スイスのメーカー)を取り付けて高級感を演出しようとするなど、当時の苦労が伝わる。

ロレンゾは、ヴァージル・アブローのようにニューガーズグループ(NEW GUARDS GROUP)といった企業のバックアップがなく、自らが主催したナイトライフのイベント「JL Nights」の収益を資金に、自己資本でFOGの1stコレクションを制作している。

しかし、この初期の苦労で生まれたカジュアルでヴィンテージな外観なのに上質感が備わっているスタイルのチープ&ラグジュアリーは、オリジナリティの確立へと至ることになり、FOGはストリート・ラグジュアリーの発端になっていく。

冒頭で述べた通り、FOGのデザインは大胆なイメージのつなぎ合わせにある。宗教的ムードと、バスケやヒップホップといったカルチャーと結びつけるデザインアプローチは、おそらく宗教とは距離感のある日本人からはなかなか生まれてこないタイプだろう。

ロレンゾは、NBAの名プレーヤーだったアレン・アイバーソンと、グランジのスーパースター、ミュージシャンのカート・コバーンから影響を受けていることを語っている。

キリスト教とアレン・アイバーソンとカート・コバーン。これらがミックスされたファッション。もう、この言葉の並びだけでオリジナリティにあふれている。

ナイキ(NIKE)とのコラボ「ナイキ エア フィアー オブ ゴッド(NIKE AIR FEAR OF GOD)」には、そのようなロレンゾのバックグラウンドが表現されている。

FOGのオフィシャルサイトにナイキ エアのイメージムービーがアップされており、バスケットボールと戯れる若者たちの姿が映されている。ただし、その風景はニューヨークといった高層ビルが連なる都会の洗練さとは遠く離れたもので、アメリカの広大な青空と大地、果てしなくまっすぐに続く道路、その脇に佇むガソリンスタンド、それはまるで映画「スタンド・バイ・ミー」のようなロードムービー的な風景であった(若者たちのイメージはスタンド・バイ・ミーよりもずっと大人でストリートな雰囲気だが)。

ロレンゾをはじめとしたストリートブランドのデザイナーたちは、自らが体験してきたカルチャーを、調和するかどうかは無視するかのようにミックスして一つのスタイルを作り上げるパターンが多い。

そして、そんなスタイルが現在、市場で大人気となっている。

インターネットが露わにしたのは、人間の本当の姿ではないか。人間には矛盾した側面がある。それは趣味嗜好によく現れる。たとえば、音楽は穏やかでリラックスできる曲が好きなのに、スポーツは格闘技が好きで観ていて大声をあげてしまうなど、一人の人間であっても、そこには矛盾する嗜好が同時に存在している。人間にとってそんなケースは珍しくない。

一人の人間には、一言でくくれない多様な面がある。膨大なエンターテイメントとサービスを提供するインターネットは、そんな人間の姿を露わにしたと私は思う。そんな社会背景がファッションとして具現化されたのがストリートウェアではないだろうか。社会の変化と共に新しいスタイルが生まれてきたファッションの歴史を考えると、現在の世界中に拡大したストリートウェア人気は、インターネットがもたらした社会背景の変化と関連している面が多少なりともあるように思えてしまう。ファッションに限らず、世の中の空気は消費者の心理に影響をもたらし、求められる商品の外観と機能は消費者の心理と共に変わっていく。

今、ファッションを楽しみたい人間は、自身の興味に素直になっていいのかもしれない。

このシャツとこのスカートは合わないとか、このジャケットとこのパンツは合うとか、そういった調和は考えず、ただひたすらに自身の興味を一つにまとめてしまう。たとえその結果生まれたスタイルがダサかったとしても、そのパワーが圧倒的にクールで魅力的。ストリートウェアはそうやって市場を席巻してきた。

イメージの海に溺れてみよう。そして、混ぜ合わさったイメージをファッションへと仕立て上げる。バランスを整えるという、これまでの常識は捨てて。

〈了〉

*参考資料
COMPLEX “God’s Plan: How Jerry Lorenzo Went From Sports to Nightlife to Fashion’s Cult Favorite”

HYPEBEAST “Jerry Lorenzo Discusses His Path to Launching Fear of God”

SSENSE 自然の憤怒、神への畏怖

WWD JAPAN 異端児によるラグジュアリー・ストリート「フィアー オブ ゴッド」の作り方

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です