AFFECTUS No.152
人がファッションに魅了される瞬間、そこには心高鳴る熱い時間が訪れる。「熱」を感じるからこそ、そのファッションが「着たい」「欲しい」となる。ファッションデザインとは、その「熱」を作ることだ。
そして今、その熱が最も圧縮されている場がストリートウェアである。ストリートの熱を先導してきた人物の一人は、ファッションの専門教育は未経験ながらルイ・ヴィトン メンズディレクターという世界最高峰にまで上り詰めた、あの男。その男の名はヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)。
ヴェージルは自らのデザインだけで若者たちを惹き込んでいるわけではない。仲間を作り、その仲間が新たにストリートの熱を作り、伝えていく伝道者となっている。世界のファッションを牽引するストリートウェアを生み出すデザイナーが、ヴァージル・アブローを中心にしたコミュニティから何人も現れている。その一人がヘロン・プレストン(Heron Preston)である。
プレストンはデビュー早々に、ストリートキッズたちを熱狂の渦に巻き込んだ。いったい、プレストンの魅力とは何なのか。プレストンはどんな「熱」を作り出したのか。
1983年サンフランシスコ生まれのヘロン・プレストンも、ヴァージル同様にスラッシャー(多面的な活動をする人物)である。マーク・ジェイコブスやプロエンザ・スクーラーを輩出したニューヨークが世界に誇る名門、パーソンズ美術大学を卒業した後、ナイキに入社してデジタルプロデューサーとしてキャリアを積む。プレストンは新たな活動も始める。アリクス(Alyx) のマシュー・ウィリアムズ( Matthew Williams)、「オフ-ホワイト(Off-White)」 の ヴァージル・アブローと共に「ビーン・トリル(BEEN TRILL)」を立ち上げた。
ビーン・トリルとはDJ・アートディレクション・ストリートウェアなど音楽を中心に多様な活動をするグループであり、この活動でプレストンはニューヨークストリートのアイコンとして知られていく。また、プレストンはカニエ・ウエストのクリエイティブ・コンサルタントとして「イージー(YEEZY)」にも関わっており、その点でも彼の知名度は上がっていた。
親友であるヴァージル・アブローとの出会いはチャットだった。そしてヘロン・プレストンが自らのブランドを立ち上げるアドバイスをしたのも、ヴァージル・アブローである。多くのストリートブランドと同様に、プレストンの服作りはTシャツから始まる。それが好評を受け、いくつかリリースしていくうちに新作のTシャツについてヴァージルに相談する。すると、ヴァージルはTシャツだけを作るのはもったいない、フルコレクションを作るべきだとアドバイスする。ヴァージルは、自らのブランド「オフ-ホワイト」をバックアップするイタリアのニューガーズグループ(NEW GUARDS GROUP)とプレストンを繋ぐ橋渡し役となる。
そうしてプレストンは、ニューガーズグループの生産・流通のバックアップを受けて、シグネチャーブランド「ヘロン・プレストン」を2017年にデビューさせる。以前からの活動による彼の知名度も相乗効果となり、デビューして瞬時に世界のストリートシーンを駆け上がり、一気に人気ブランドへとなっていく。
ヘロン・プレストンのデザインとはどのようなものか。
クレイグ・グリーンやキコ・コスタディノフと同じく、彼もワークウェアがスタイルのベースになっている。そこに様々なイメージの混合が起こる。プレストンのコレクションから僕が感じたイメージを列挙していきたい。
消防士、ヒップホップ、ランニング、スケーター、宇宙、地図。各々のイメージが断片的につなぎ合わされ、スタイルが作られている。この特徴は、他のストリートブランドにも見られる傾向であり、僕が最も注目する現代ファッションデザインの特徴だ。
プレストンの行うコラボは、他のストリートブランドとは一線を画す。ナイキとのコラボスニーカーという、ストリートの王道コラボはある。だが、プレストンらしいコラボといえば、まずニューヨーク市清掃局DSNY(The New York City Department of Sanitation)とのコラボがあげられる。
ワークウェアを軸にするプレストンらしい選択であると同時に、一見ファッション的魅力はないような場所=DSNYからファッション的魅力を見出すプレストンの審美眼は注目に値する。プレストンは、清掃局員から集めた素材をリサイクルしてコラボユニフォームを作る。
プレストンは社会課題に対してストリートウェアを通して解決を試みるという、独自のポジションを取っており、その姿勢が社会課題への関心が高い現代の若者たちから熱い指示を得ることに繋がっている。
もう一つ、プレストンの仕掛けたコラボがある。それはNASA(アメリカ航空宇宙局)とのコラボだ。NASAとストリートウェアの融合という、それまでのストリートブランドにはないコラボをプレストンは実現する。
DSNYとNASAとのコラボという、従来のストリートウェアにはない異色のコラボは、市場におけるプレストンの注目度を高めたのは間違いない。
今の時代を僕は、エレガンスではなくパワーをデザインする時代だと捉えている。脈絡のないイメージがつなぎあうことで生まれる違和感を、調整することなくそのまま放置する。放置された違和感が消費者を惹きつける大きなパワーとなっている。美しさで酔わすのではなく、力で惹きつける。それがこれからのファッションデザインだと僕は考えている。その傾向が最もよく現れているのが、ストリートウェアだ。
プレストンも自分が体験してきたもの、興味のあるものを次々につなぎ合わせる。しかし、プレストンが違うのは、完成したスタイルに違和感ではなくスマートさがあること。ピンクやオレンジといった色使いはインパクトがあるのだが、派手派手しいギラつきは感じられず、ロゴや図を記号的に服のあらゆるところに散り散りに配置するグラフィックの使い方は、一見無秩序なのだが、理知的で計算されて作られた地図のようにも感じられてくる。
シルエットもサイズ感は大きいがビッグシルエットというほどのボリュームはなく、程よいボリューム感を含んだリラックスシルエットと呼んだ方がいい。
パワーを生み出すデザインと構造は同じなのだが、完成したスタイルからはスマートさを感じる。良家で育った高学歴の若者が、ストリートウェアやヒップホップに興味を持って惹かれたが、ルーズなファッションは好きではなくて、自分の好むスマート&クールなスタイルに落とし込んだ。そう表現したくなるスタイル。
なぜ、このようなイメージを感じることができるのか。脈絡のないものをつなぎ合わせる構造を持ちながら、完成したスタイルは違和感がなくスマートでクール。
プレストンは、一見脈絡のないイメージをピックアップしながらも、スタイルを作る時は相性の良い組み合わせを行なっている。
それはまずは色の組み合わせに現れている。ヘロストンは同系色の色で組み合わせてスタイルを作るケースが多い。白系、ベージュ系、オレンジ系といったように、トップス、ボトム、アウターと各アイテムを同系色でまとめ、調和が図られている。
もちろん同系色でまとめていないスタイルもある。しかし、そこにも調和が図られている。最新コレクションの2020SSシーズンを例にすると、グレー×ピンク、ベージュ×イエロー×ブラック、ベージュ×ブラック、グレー×ブラック、オレンジ×ライトグレーといった色の組み合わせが見て取れる。いずれの組み合わせも、異なる色同士でも色のトーンが同系統であったり、コントラストをつけるにしてもグレーやブラックといった色の組み合わせがやりやすいベーシックなダーク系のカラーを混ぜて、オレンジやピンクといった明るい色と組み合わせてコントラストを作っている。
それはアイテム同士のスタイリングにも現れている。ヘロストンは極力、同テイストのデザイン同士をスタイリングする。ワークウェアテイスト同士、スポーティテイスト同士、ヒップホップテイスト同士といったように。ヘロストンは多種なテイストのアイテムを集めながらも、それらを同系統のアイテム同士でまとめている。
もちろん、すべてのスタイルがそうではないが、調和を図ったスタイルの構成比は極めて高い。そういった計算的な匂いが感じられるからこそ、ヘロストンのデザインにはカジュアルなストリートウェアでありながら、トラッドスタイルを見ているのと近い感覚のスマートさとロジカルな空気が感じられてくる。
スマートでロジカルな匂いがしてくる、ヒップホップテイストなワークウェアベースのストリートウェア。なんとも小難しい表現にはなるが、プレストンのデザインを表現するならそうなる。
アウトローに感じられるストリートウェアながら、そのデザインアプローチはオーソドックス、ファッションデザインの教科書とも言えるベーシックなもの。これは推測になるが、独学が多いストリートウェアのデザイナーの中で、プレストンはファッションスクールの世界的名門パーソンズの教育を受けており、そのキャリアがデザインに現れているように思える。
そのスマートさはOAMCのルーク・メイヤーにも感じられる。ルークはシュプリームの元ヘッドデザイナーというストリートの王道の道を歩みながら、パーソンズと並ぶNYの名門FITの卒業生でもあり、ファッションの専門教育を受けている。
ストリートウェアを通して社会課題の解決を試みることで「熱」を作り、オーソドックスな手法でアウトローな空気のストリートウェアをデザインする。そんなモダンでスマートなデザイナーが、ヘロン・プレストンという男だ。
〈了〉