AFFECTUS No.158
冒頭で述べておきたい。今回の文章は多分に僕の願望が含まれたものになっている。そう読んでもらえたらと思う。
キコ・コスタディノフといえば、今やロンドンの若手という枠を超え、アシックスやマッキントッシュといった伝統企業とのコラボをデビュー早々から実現させ、世界が注目するスターデザイナーの一人に数えられる。
キコがセント・セントラル・マーティンズのMA(修士)卒業後から始動したシグネチャーブランドは、ワークウェアを独自のパターンワークでモード化したコレクションからスタートしたが、2017SSのデビューから3年近くが経とうとする今、キコのデザインは明確な変化を起こしている。
ここ数シーズンのキコのコレクションは、一目見て瞬時に理解できる、あるいは共感を呼び込むタイプのデザインではなく、シルエットはシンプルながら色・柄・切り替えが多用され、それらの組み合わせが複雑さと難解さを呼び込み、見た者に混乱と思索を招く類のデザインへとシフトしている。
最近では、2019SSから始動したウィメンズラインのディレクションを行うディアナ・ファニングとローラ・ファニング姉妹のデザインが、メンズをデザインするキコにも浸透している印象を受ける。先月6月に発表された最新コレクション、2020SSメンズコレクションはその印象をさらに強めた。
このコレクションは、キコがNetflixのドキュメンタリー『7 Days Out』のケンタッキーダービー編(アメリカ最高峰の競馬レース)を観た体験がベースとなっている。たしかに発表されたルックには、騎手の勝負服(レースに出走する馬に騎乗する騎手が着用する服)の残像が見て取れるが、そのスタイルの範疇を超えた歪さが全面に押し出ており、インスピレーション源を霞ませるデザインとなっている。
その理由は、使用される色・柄・切り替えの多さとその組み合わせの複雑さにある。ブラック・レッド・イエロー・ピンク・グレー・パープル・ミント。微妙なトーンの違いを数えていけば、使用された色数はもっと多くなるほど多様なカラーパレットが、一着のアイテムの中に切り替えで繰り返し使用され、縦に横に斜めに、直線を軸に曲線も交えながら服の上を大胆に横断していく。
その表現が騎手の勝負服をベースにしたスタイルに乗り、キコのDNAとも言えるワークウェアとも混じり合って一目で理解と興奮をもたらすのを困難にし、近年のキコのコレクションを見ていると僕の中にこんな疑問が浮かんでくる。
「美しいファッションとは何なのだろう」
現在のキコのデザインは、リアリティを実感させながら「問い」を生み出すコンセプチュアルなデザインへと進化を遂げた。
進化することは、次々に更新していくモードの世界では必須ではある。だから、キコのデザインはモードを生きるデザイナーに欠かせない成長曲線に乗ったと言える。
だが、最近のキコのデザインを見ていると、こう思う自分もいる。やはり僕が一番好きなのは、キコがセント・セントラル・マーティンズMAの卒業ショーで発表したコレクションだということに。
キコが卒業コレクションで試みたのは、ワークウェアをパターンワークでモード化すること。柄やロゴなどプリントを使用した装飾性がない簡素な素材を用いて、色もワークウェアらしくネイビーに軸にし、シルエット・ディテール・ボリューム・スタイリングでワークウェアに新鮮なニュアンスを生み出すことに成功した。
たしかに今のキコは進化した。しかし、僕はかつての彼のコレクションに魅力を感じてしまう。
初期のキコの服を実際に見た時に感じたのは、服の作りの粗さだった。学生が作った服のような仕様の粗さを僕は感じた。けれど、それはたいした問題ではない。時間と経験が解決する問題だからだ。今のキコは、あの時からわずか3年とは思えないほどの経験を重ねてきた。
今、ロゴやグラフィックを多用したストリートスタイルへのカウンターとして、装飾系エレガンスがモードへの最前線へと躍り出ている。現在のキコのデザインもそのトレンドに乗ったモダンなデザインと言える(エレガンス軸ではないが)。けれど、ワークウェアのモード化を簡潔に成功させたキコなら、装飾性が支配するトレンドにカウンターを打ち込める。簡素な美しさでありながら、ミニマリズムに括ることのできない難解な匂いを込めたデザインで。
現在の進化をくぐり抜けた先で、キコが再び卒業コレクションのスタイルをデザインしたら、そこにはきっと新たな進化が待っている予感がしてしまう。そしてそのデザインは、装飾性が主流となる現在のトレンドへのカウンターとなる。経験を重ねてきた今のキコ・コスタディノフなら、モードの文脈に足跡を刻むことがきっとできる。
〈了〉