AFFECTUS No.160
ジェンダーレスの起源となり時代を変革したジョナサン・ウィリアム・アンダーソン、ワークウェアのモード化を武器に世界を駆け上がってきたキコ・コスタディノフ、保守的なメンズウェアに奇想なアイデアを融合させるクレイグ・グリーン、未来派のストリートウェアを披露するサミュエル・ロス、今や世界最高のコンペとなったLVMH PRZIEで2016年グランプリのグレース・ウェールズ・ボナー。
現在、世界で注目されるメンズデザインを見せるデザイナーたちには共通点がある。それはロンドンメンズコレクション出身ということである。次々にファッション界を賑わす新しい才能を輩出するロンドンメンズコレクションにおいて、毎シーズン注目を浴びている一人のデザイナーがいる。それがチャールズ・ジェフリー(Charles Jeffrey)だ。
彼が立ち上げたブランドの名前は「チャールズ・ジェフリー・ラバーボーイ(Charles Jeffrey LOVERBOY)」。ラバーボーイとは、ジェフリーがセントラル・セント・マーティンズ在学中にロンドンのゲイバー「ヴォーグ・ファブリクス」で主催したパーティ「LOVER BOY」から名付けられた名前である。
セント・マーティンズ卒業後に自身のブランドをスタートさせたジェフリーは、2018年にはLVMH PRIZEでファイナリストに選出され、デビュー早々から世界での認知度を高めてきた。
何が彼のデザインの評価を高めてきたのか。まずはジェフリーのデザインの特徴について述べていきたい。
ジェフリーにとってデザインの鍵となっているのは、ゲイカルチャーとナイトクラブでの体験を融合させたジェンダーレスにある。自分を作り上げてきた体験を投影させる破天荒なコレクションを発表し、コレクションを見た者に強烈なショックを与える。
タータンチェックにボーダー、ストライプといった伝統素材を使ったかと思えば、ピンク・レッド・イエロー・ブルーといった派手なカラーパレットを大胆に組み合わせ、壁に描かれたグラフィティのようにポップなグラフィックデザインを織り交ぜながら、ウィメンズアイテムのニュアンスを取り入れたスタイルを男性モデルが着用することで、ジェンダーレスデザインが完成する。
彼のデザインするフォルムはあくまでシンプルなのだが、先述の色使い・素材使いにジェンダーレスが合わさり、結果完成したコレクションは大胆で劇画的だ。カジュアルでリアルなアイテムがベースではあるが、ジェフリーは服を構成する要素のすべてにおいてダイナミックでパワフルな展開を見せる。それはまるで、抑えきれない衝動を爆発させているかのよう。
これだけエネルギーにあふれたデザインなら注目されるのは、当然だろう。しかし、注目されるからといってそれが必ずしも高い評価に繋がるわけではない。ファッションデザインがそんな簡単な世界なら、成功者がもっとあふれている。
派手なデザインだけで評価されるわけではない。デザインに何らかの「価値」があったから評価につながった。いったい、ジェフリーのデザインにはどのようか価値があったのだろうか。私なりにその価値の言語化を試みたい。
今回、ジェフリーをテーマにするにあたってリサーチしていると、興味深い表現に出会った。
「強烈なこのコレクションは、大げさにいうと、若かりし頃の川久保玲(コム・デ・ギャルソンのデザイナー)と、ヴィヴィアン・ウエストウッドがタッグを組んだような仕上がりである」GQ JAPAN「ファッションこそ爆発だ!──チャールズ・ジェフリー ラバーボーイ 2018年秋冬コレクション」より
GQ JAPANのウェブサイトで出会ったこの表現に、僕は納得する。とりわけ「ヴィヴィアン・ウエストウッド」という名前に。
そうまさにヴィヴィアン・ウエストウッドを連想させるのだ。ジェフリーのコレクションは。男女の境界を曖昧にした奇想で劇画的なデザイン。ウエストウッドとジェフリーのデザインには共通点があり、ジェフリーのデザインはウエストウッドの系統に属していると言える。
しかし、異なる点がある。ウエストウッドはテーラードジャケットが頻度高く登場するためにフォーマル要素が強く、加えて17世紀や18世紀の服装を連想させる歴史的要素がコレクションには特徴として現れているが、ジェフリーはもっとカジュアルで、テーラートジャケットは登場するが頻度はウエストウッドよりもずっと少なく、スポーティなテイストも混ぜられて、そのスタイルにはストリートウェアのニュアンスを感じさせる現代性がある。
新時代のヴィヴィアン・ウエストウッド。そう呼びたくなるデザインだ。ウエストウッドの系統に属しながらも、ウエストウッドにはない価値を、現代のトレンドが取り入れられてデザインされている。それがジェフリーのデザインに価値を作り出していると私は感じた。
僕はファッションデザイン、とりわけモードではオリジナリティが重要だと何度も述べてきた。
「世界でただ一人、自分だけがカッコイイと思うスタイル」
このオリジナリティを発見する重要さを繰り返し述べている。
しかし、矛盾を言ってしまうが、現実世界という横軸では自分一人だけがカッコイイと思うスタイルであっても、歴史という縦軸で見たときに誰かしらのデザイナーの系統に属していることが必要になる。オリジナリティは誰かしらのデザイナーのスタイルに似ている必要がある。それが、今回のジェフリーのデザインについて考えているうちに感じられたことだった。
抽象的な話にはなるが、デザインとは何だろうと考えたときに「心を揺らすもの」だと私は考えている。では「心を揺らす」とはどのような状態なのか。
人が何かを見たとき、そのとき既存のイメージ(画像)と意味が脳内に浮かぶ。例えばテーブルに置かれたお皿の上のレモンを見たとき、「酸っぱい」「爽やか」「黄色」「楕円形」というイメージと意味が瞬時にして脳内に浮かぶだろう(どんなイメージと意味が浮かぶかは、見る人によって異なる)。
そのレモンに手を伸ばして触れようとする。そのとき、レモンの皮の硬さと少しゴツっとした感触というイメージと意味が脳内に浮かぶ。だが、指がレモンに触れた瞬間、レモンは驚くほど柔らかく、楕円形の形を大きく歪ませた。
その瞬間、人の心は揺れる。「なんだこれ!?」「えええ!?」といった具合に(その感情は人それぞれだろう)。そして、レモン(だと思っていたもの)に大きく興味が沸き始める。デザイン=心の揺れ方を作り出すもの。これは僕が学生時代に、あるデザイナーからデザインの考え方について教えてもらったことであった。
人間は「あるもの(例 レモン)」を見たとき、同時にそれまでその「あるもの」に抱いてきたイメージと意味を無意識に瞬時に脳内に浮かべる。そして、その「あるもの」が既存のイメージと意味が崩すものであったときに、心が揺れる。その崩し方がデザインとも言える。心が揺れることで、人は興味を抱ける。
これはモードファッションのデザインにも言える。これまで繰り返しファッションデザインのテキストを書いていると、その時代その時代で登場した革新的デザインは、それまでのファッションのイメージと意味を変えるものであったと気づく。これまでにないデザインというのは、厳密に言えば存在しない。
すべてのデザインは、これまでにあったデザインに新しい解釈を加えて新しく見せているもの。
ジェフリーのデザインは、ただ派手なインパクトがあったから評価されていたのではなくて、ウエストウッドのデザイン(パンク&ブリティッシュ)を更新するという(テーラード&歴史的→カジュアル&ストリート)、モードにおいて新しい文脈を作るデザイン=アヴァンギャルドだったから評価された。そのことが明確に述べられているテキストはないかもしれないが、僕の視点ではそう感じられた。
ファッション界は、この評価プロセスを言語化せずに感覚で行えてしまっている。感覚で作り、感覚で評価できてしまえるところにファッションの難しさが潜んでいる。
VOGUE RUNWAYやFirstVIEWのように、コレクションのアーカイブが見られるサイトが豊富にあるのが現代。サイトのほとんどが「デザイナー」「シーズン」で分類され、検索することができる。ここにデザインのジャンルで分類された検索が可能になると、ファッションデザインを感覚ではなく計算で生み出す装置になる。
たとえば、コム デ ギャルソンなら「アヴァンギャルド」、ジル・サンダーなら「ミニマリズム」といった具合に。デザイナーが構想したデザインの形が見えたときに、自身のデザインが歴史的に見たときにどのようなデザインジャンルの系統に属するか把握する。系統の把握後、系統に属する既存のデザインと現在の自分のデザインの「差」を改めて思考する。その差が価値になる。差を生み出す源泉になるのはオリジナリティ。このアプローチが、ファッションデザインを感覚ではなく計算で生み出す方法論になるではないか。
もちろん課題もある。既存のデザインを正しく系統分けできるのか、自分のデザインがどの系統に属するか正しく把握できるのか。その二つは重要なポイントだ。しかし、完璧な分類と把握が完成するまで待つよりも、まずは実験するのがベターだろう。
これらのことを感覚で行えてしまっているのがファッションデザインの天才なのだろう。しかし、天才とは違う方法で天才を超えていくデザインを作る。そのための方法論とは何か。天才ではない私にとって、最も強い興味を抱くのはそこだ。僕は面白いものを書こうと思っているわけではない。
「解き明かしたい」
ファッションデザインに潜む論理を。その一点である。
チャールズ・ジェフリーは、デザインを縦軸で見ることから新しい価値のデザインを生み出す方法論を考えさせてくれた。ロンドンには面白い才能がこれからも登場するだろう。ロンドンメンズコレクションは、重要テーマにしていきたいと思う。
〈了〉