伊勢神宮の式年遷宮とハイクのデザイン

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AFFECTUS No.164

三重県伊勢市の伊勢神宮には1300年もの長きにわたり続けられている儀式がある。「式年遷宮(しきねんせんぐう)」と呼ばれる建築儀式で、20年に一度、神宮内の社殿のすべてを取り壊し、まったく同じ社殿を新しく建て直すという儀式である。

「20年に1回建て直すわけですから、ある宮大工の棟梁が指揮をとると、20年後はたぶんお弟子さんが棟梁となってやるという、そういう具合に受け継がれてきている。図面も全部引き直すらしいです。(中略)おそらくは、極僅かな違いが重なってきたと思います。こうしたほうがいいんじゃないか、鳥居の反りはもう少しこう直したほうがいいんじゃないかといった、ごく僅かな棟梁の思いが、図面をひくときに微妙に鉛筆の線1本分くらいずつ変化したかもしれない」無印良品の理由展 トークイベント採録「第3回 原研哉氏」より

原研哉が語る通り、まったく同じ社殿を建て直しているといっても1300年もの間繰り返されてきたことによって、建て直すたびにその時代の微妙な変化が加わり、おそらく1300年前の伊勢神宮と現在の伊勢神宮はまったく完璧に同じ建物ではないだろう。

また原研哉は、式年遷宮についてこうも述べている。

「なんでそんなことをするのか、とても不思議なことです。過去の遺産を保存するのだとしたら、世界遺産にでもして誰も手をつけられないようにしておけばいいのだけれど、それは西洋流の保存ですよね。日本流の保存というのは、全く同じものをなぞり返して、更新していくことで何かを受け継いでいくというふうに発想するわけです。そのまま保存していてもだめなんです。賞味期限が切れる」無印良品の理由展 トークイベント採録「第3回 原研哉氏」より

この日本の伝統は、無印良品がまさに実践していることであるし、あらゆる領域で見られる日本の特徴だと僕は考えている。

この特徴はファッションでも見られる。日本の伝統を最先端ファッションであるモードの舞台に登場させたのが「ハイク(HYKE)」のデザイナー、吉原秀明と大出由紀子の二人だ。

ハイクがスタートしたのは2013AWシーズン。吉原と大出は1998年に立ち上げた前身の「グリーン(green)」を超人気ブランドに育て上げるが、出産と育児のために2009AWコレクションを最後に人気が絶頂のタイミングでブランドを休止する。

休止期間中もブランド復活を望む声は根強くあり、2013年にハイクのスタートが宣言されるとそのニュースは瞬く間に広まり、日本のファッション界は一瞬にして二人の復帰を喜ぶ声であふれる。僕も二人の新しいデザインが再び見られることに嬉しくなった一人である。

吉原と大出のデザインは日本モードの新しいスタンダードを作った。それまで日本のモードといえば、コム デ ギャルソンを代表するようにシルエット・素材・ディテールという服を構成する要素のすべてにアイデアと技巧を注ぎ込み、それらの服をスタイリングすることで迫力を生み出す複雑かつ重層的なデザインが多かった。現在、パリで発表を行っている日本のブランドのデザインを見ると、その特徴が感じられてくる。ジュンヤ ワタナベやノワール ニノミヤ ケイといったギャルソン直系ブランドだけでなく、サカイ、アンダーカバー、タカヒロミヤシタザソロイスト、ファセッタズム、ミハラヤスヒロといったブランドには複雑かつ重層的なデザインの特徴が読み取れる。

カッティングによってクラシックな美を探求するヨウジヤマモトも、シンプルな服を見せるのではなくカットの大胆さに複雑さを織り交ぜながら見せるデザインがベースにあり、イッセイミヤケは得意の素材開発が前面に出すぎることがあり、その際はクラフト感が強くなってしまう(しかし、イッセイミヤケのメンズウェアは絶妙なバランスで着地させている稀有な存在)。

これはデザインの良い悪いの話ではなく、あくまで特徴の話と解釈してもらいたい。日本=複雑かつ重層的デザイン。それがパリモードで発表する日本ブランドに多く見られるデザイン傾向だと感じている。

同時にそのデザイン傾向は、パリモードが日本に抱くイメージに思えてならない。そこに勝手ながら僕は違和感と共に、わずかながらに怒りも感じている。

「複雑さだけが日本のデザインではない」

だが、近年のハイクは複雑さとは異なる新しい日本のデザインの可能性を我々に示している。

吉原と大出はミリタリーやワークウェアといった伝統のベーシックウェアの古着を解体し、素材・シルエット・ディテールを現代の視点から二人のフィルターを通して再現するというデザイン手法をグリーン時代に確立した(情熱大陸出演時の映像を見る限り、大出の手腕が大きいだろう)。グリーンの登場以降、「ベーシックウェアを再解釈する」というデザイン手法を用いるブランドは日本で急増する。現在人気の「ザ・リラクス(THE RERACS)」や「オーラリー(AURALEE)」はグリーン(ハイク)の系譜に連なるブランドだと言え、各々のブランドが独自の進化を見せたスタイルで顧客の熱烈な支持を獲得している。

「ベーシックウェアを再解釈する」というデザイン手法は日本独自の動きだと僕は感じている。ヨーロッパのデザイナーもベーシックウェアをデザインのベースにすることはもちろんあるが、もっとデザインの振り幅が大きく先端的である。日本で見られるベーシックウェアの再解釈は、元々の服の原型の匂いが強く残っているタイプであり、冒頭で紹介した伊勢神宮の式年遷宮ように、わずかな差を積み重ねて更新していくデザインだ。

大胆で複雑な造形や技巧を凝らした素材が見られるわけではない。一見すると僕たちがいつかどこかで見たことのある服。けれど、これまでに見たことのない、いつかどこかで見たことのある服に仕立てられている。その手法がグリーンからハイクに移ると新たなる進化を見せる。グリーン時代よりもデザインがよりシンプルになり、軽さが生まれていたのだ。

象徴的なデザインはハイクのデビューコレクションとなった2013AWコレクションである。誰もが知っているベーシックウェア、その素材とシルエットを野暮ったさを微塵も感じさせない洗練されたスタイルへと変換させ、手に取りたい、着てみたい衝動へと駆り立てた。それまるで「モード化された無印良品」と呼びたくなる、日常的に着られるデザインのベーシックウェアでありながら、デザインのテイストがナチュラルに振れるのではなく都会的でシャープなモード感がにじむ、ありそうでない服を市場と日本のファッションデザインの文脈に作り出した。

リアルでありながらテンションを上げさせる服。クリエイティビティとビジネスを両立した服であり、ハイクがデビューコレクションで披露したのはファッションデザインの理想とも呼べる服だった。

グリーンとハイクで、吉原と大出は日本モードの新しいスタンダードを作り出した。その点でも二人の功績は日本のファッション史に刻まれる価値がある。

だが、ハイクのデザインを見続けていると、僕はこのデザインの弱点も感じるようになってきた。それはあくまでモードの舞台に立った時に現れる類の弱点になる。吉原と大出はモードを作っているという意識はないかもしれない。しかし、コレクションという形式で新シーズンの商品を発表し、ファッション界のカレンダーに参戦すると否が応でもモードの文脈に乗ることになってしまう。

弱点とは何か。簡潔な答えになる。それはシンプルさである。

モードの文脈に乗ると、ハイクのデザインはシンプル過ぎて、エネルギーの弱さが感じられてしまうのだ。しかし、ハイクの魅力はそのシンプルさである。モードの舞台に立つことで、魅力が弱点になるという矛盾が生じてしまったのだ。

だが、近年のハイクはシンプルで綺麗でベーシックという領域を脱し、先述の矛盾に解答するデザインを発表する。見事な進化を遂げたのだ。

「簡潔な装いの中に違和感を持ちこむことで成り立つ美はあるのか?」

そんな問いを投げかけられているようなデザインをハイクは見せ始める。

デザインは課題の解決と言われることがある。しかし、モードの言語化を繰り返してきた私が感じることは、モードにおけるデザインとは問題の開発である。新しい問いを立てること。世界に問題を投げかけてこそモードだと言える。ハイクはモードの本質を捉えたデザインの具現化に成功する。その傾向が顕著に現れ出したのは2018SSコレクションからだった。

服のカッティングに大胆さが入り込んできたのだ。しかも、大胆ではあるが複雑ではない。シンプルなカットをダイナミックにデザインする。そういう類のカッティングをハイクは見せ始めた。

2018SSコレクションでは、ファーストルックからダイナミックなカッティングが取り入られたアイテムが登場する。

色は茶系で、スタンドカラーの比翼仕立て。いつものハイクならそのディテールを持つアイテムはコートになる。だが、2018SSコレクションでは異なる。バストよりも上で着丈が大胆にカットされ、極端に着丈の短いアイテムになっているのだ。ボレロと呼ぶにも着丈が短すぎるのだが、仮にここではボレロと呼ぶことにしよう。ボレロの下に合わせられたアイテムは、ボレロと同じ茶系色で幅が広めのプリーツが入った、Aラインのシルエットを描く着丈がふくらはぎまで達するロングドレス。ロングドレスの下には、またも同系色で、パンツがスタイリングされている。

それまでのハイクにはないドレッシーな雰囲気がありながら、ハイクのDNAであるワーク&ミリタリーのエッセンスも感じられてくる。その組み合わせだけなら、先端性を競い合うモードでは珍しさはないかもしれない。しかし、大胆なカッティングのボレロがスタイルに違和感を立ち上がらせている。このファーストルックの登場から、ハイクのデザインはネクストステージへの進化を始めた。MA-1タイプのブルゾンも登場するのだが、このアイテムも着丈が大胆にショートカットされ、かつ裾が斜めにカットされている。

行っていることは至極シンプル。服を見れば、模倣することは簡単に思えるだろう。だが、ハイクのニューデザインを見る前に、2018AWコレクションのようなカッティングのアイディアを思い浮かべることができるだろうか。人間と人間の意識の隙間に落ちていたアイディアに、世界でハイクだけが気づいた。そう称するのは大袈裟ではない。重要なのはアイディアの複雑さではなく、アイディアの面白さだ。面白ければ、やり方は単純でもいいのだ。

2018AWコレクションでは、ダブルの打ち合わせのロングコートが登場するが、ダブルのコートは今までのハイクならトレントコートになっていただろう。しかし、このコレクションでは衿がストール上になって首元で生地のドレープが生まれる仕立てになっている。翌シーズンの2019SSコレクションになると、極端に肩章が誇張されたドロップショルダーで、裾が斜めにカットされつつ裾からギャザーがふんわりと施されたスーパーショート丈のカーキ色のミリタリーブルゾンが発表される。そのスタイルには白いインナーと、白の薄手素材のロングプリーツスカート、さらにスカートの下には白いスリムパンツが合わされ、可憐な美しさとミリタリーの無骨さがミスマッチにならずに違和感なく溶け込み合い、新種のエレガンスを作り出している。

このハイクの進化に重要な役割を果たしているものがある。それは2018AWシーズンからスタートした「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」とのコラボだ。

ミリタリー&ワークにスポーツのエッセンスが注入され、新たに加わったハイクの魅力であるドレッシーと融合して、ルーズで装飾性あふれるストリートウェアへのカウンターとなるデザインにも到達している。

日本を代表する伝統である伊勢神宮の式年遷宮をファッションデザインに転換したと言える手法で、コンテクスト的にもストリート全盛の現代にカウンターを打ち込み、かつアヴァンギャルドな日本ブランドとは異なるシンプルな外観を持ち、しかし、ベーシックウェアの再解釈を行う日本ブランドよりも服のカッティングにモード感を強く濃くにじませるデザインを発表している。それが現在のハイクである。

ハイクは日本でショーを発表しているが、デザインクオリティは世界のファッションデザインの文脈の中で独特の立ち位置を獲得するまでに至る世界レベルのブランドに成長した。僕は知りたい。パリコレクションという世界最高の創造性を競う舞台で、ハイクのデザインがどう見えるのかを。

ハイクは世界に新しい日本の文脈を刻む可能性を秘めたブランドだ。

〈了〉

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