ユニクロの実験装置としての役割を果たすUniqlo U

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AFFECTUS No.165

ストリートウェアが世界を席巻する今、ついにはストリートとは縁遠いと思われていた、北欧ならではのテキスタイルデザインが人気の「マリメッコ(MARIMEKKO )」もストリートウェアラインを始めるまでになった。そのニュースを知り、驚くと同時にストリートウェアとは異なる服への欲求が僕の中で強くなっていることを感じる。

ストリートウェア自体、僕はとても興味があり、何度もストリートブランドのデザイナーたちを取り上げて現在も注目している。しかし、ストリートウェアを何度も見ていくうちにこうも思い始める。

「派手なグラフィックデザインも複雑なディテールも、技巧を凝らした素材もいらない。欲しいのは気持ちいい素材感と、適度な量感の服。そこに柔らかく明るい色が数色乗れば満足」

一見すると面白みのない服かもしれない。創造性を競うモードでは見ることのできない服かもしれない。しかし、グラフィックデザイン推しの服に、少々食傷気味になっている自分がいるのも事実で(好きな方には申し訳ない)、そんな僕にとって一つ気になるブランドがある。

それはクリストフ・ルメールとユニクロのコラボライン「Uniqlo U(ユニクロ ユー)」だ。このラインがスタートしたのは2016AWシーズンであり、2019年8月現在、3年が経過したことになる。

モードファッションのデザイナーとユニクロのコラボラインと言うと、真っ先に浮かぶのはジル・サンダーと組んだ「+J(プラス ジェイ)」である。2009年に始まった+Jは2011年に終了しており、継続期間は2年であった。当初、Uniqlo Uが発表された時も私は短期で終わるのではないかと危惧したが、+Jの継続期間を超えるだけでなく2018年7月にユニクロはルメールとのパートナーシップ契約を5年更新した(同時にルメールのシグネチャーブランド「ルメール(LEMAIRE)」に約49%出資したことも併せて発表する)。これはユニクロがルメールとのコラボに高い評価をしている証明になる。

Uniqlo Uのデザインはシンプルだ。シンプルな服はマーケットを広げる。しかし、シンプルな服ゆえにデザインを差別化するハードルが上がる。

シンプルな服はデザインできても、シンプルな服をデザインし続けるのは難しい。シンプルな服で売れ続けることは難度のハードルが高い。この難題に、ルメールはUniqlo Uでどのように挑んできたのだろうか。

Uniqlo Uのデビューコレクションである2016AWシーズンから最新コレクションの2019AWシーズンまでを観察すると、強く感じたことがある。

「一貫してデザインが変わっていないように見えるのに、新鮮さがさりげなくシーズン毎に感じられてくる」

僕に訪れたこの感覚はいったいどういうことなのか。

デビュー以来、Uniqlo Uにデザインの大きな変化は起きていない。いつのシーズンも同じ印象を抱く。ステンカラーコート、ダウンコート、デニム、Tシャツ。毎回のコレクションで構成されるアイテムは、ユニクロでも販売される服のスタンダードであるベーシックアイテムで、そこに尖ったデザイン要素はない。極めて普通だ。スタイルにしたってそうだ。アイテムのスタイリングにも変化がない。色使いも同様である。青・緑・茶・赤と色数は多様であるが色味は鮮やかではなく、くすんだ色味で落ち着きをもたらす。

では新鮮さを感じた理由はどこにあったのだろうか。Uniqlo Uの全コレクションを通して見ていくと次第に判明したことがある。とても緩やかに変化が生じていたのだ。

シルエットに。

デビューコレクションだった2016AWコレクションはスリムでコンパクトなシルエットが多いのだが、以降シーズンを重ねる毎にスリムシルエットを織り交ぜながらシルエットにボリュームが増していき、そのボリューム感は最新2019AWコレクションで過去最大になる。

服が消費者の「着たい・欲しい」という動機に訴えかける要素は、大きく分けて二つある。色とシルエットである。服を見た瞬間にこの二つの要素が、消費者の目にまず最初に飛び込んできて、刺激を与える。だから、服のデザインは色とシルエットにどう変化をつけるのかという点が軸になる。

Uniqlo Uの場合、色使いに変化はほぼ見られない。これでシルエットにも変化がなければ新鮮さのない商品になってしまうが、ルメールはシルエットに味付けを加えてきていた。

なぜシルエットなのか。これは僕の推測になる。シルエットに焦点を当てることが、Uniqlo Uのビジネスを成功させる上で最も有効なアプローチだったと思われる。

色とシルエット、二つのうちどちらがより消費者の購買意欲に刺激を与えるのかといえば、私はシルエットだと考えている。基本的に服は、人間の身体をどう見せるのかを追求してきたものである。古くはコルセットやパニエ、現代でいえば強いショルダーラインを表現する肩パッド。理想の身体の見え方を実現させるために、ファッションの歴史は人工的な付属も発明してきた。服を着た時、自分の身体のラインがどう見えるのか。これこそが服の最も重要なニーズだ(ただし、そのニーズに楔を打ち込んだのがアイデンティティをデザインしたアントワープ勢だった)。

服の構成要素の中で最も消費者の購買意欲を刺激するシルエットに焦点を当て、デザインに変化を持たせてきたのは最も効率的で、Uniqlo U成功の確率を高めるものだと言える。

またシルエットからのアプローチは、ユニクロの顧客層にもマッチする。ユニクロはファッションには関心が薄い人々をターゲットにした稀有なブランドである。モードファッションを好む消費者とは異なり、服に先鋭的な要素は求めていない。そういった特徴を持つユニクロの顧客層に新鮮さを訴えるには、服の印象のほとんどを構成するシルエットで変化を加えていくことは理に叶っているし、顧客にとってもナチュラルでスムーズな体験になる。

また、シルエットの変化のスピードが実にゆっくりな点も大きな変化を求めない顧客の嗜好にマッチしている。

Uniqlo Uの全コレクションを見ていくうちに、一つ気になったことがある。モードファッションのトレンドと比較するとどうなのかという点だ。

Uniqlo Uがデビューした2016AWシーズンといえば、ファッション界にヴェトモン旋風が吹き荒れ、ストリートウェアが猛威をふるい、ビッグシルエットが席巻していた時期である。だが、Uniqlo Uの2016AWコレクションを今見てみると、スリムでコンパクトなシルエットが多い。チェスターコートは肩幅にほぼジャストで、袖幅もほっそりとしている。

翌シーズンの2017SSコレクションから徐々にシルエットにボリューム感が増していく。Uniqlo Uのシルエットの変遷を辿っていくと、モードファッションのトレンドからテンポが遅い。

現在はストリートウェアのビッグシルエットが落ち着き、モードファッションのトレンドではシルエットのボリュームダウンが生じ、リラックスシルエットという程度になっている。

だが、Uniqlo Uは最新2019AWコレクションでシルエットのボリュームを過去最大に持ってきた。もちろん、過去最大のボリュームと言ってもそれはあくまでユニクロが展開するUniqlo U内でという意味だが、ドロップショルダーのアイテムも多く、トップスやコートの袖幅も広く、ワイドパンツも多い。スリムシルエットもしっかりと継続している上での、ボリュームアップだ。モードファッションのトレンドがマス層に浸透するのは遅い。そのタイミングを見計らうかのようにUniqlo Uは、モードファッションからズレたタイミングで、ゆっくりと緩やかにシルエットを変化させてきた。

改めて見ていくと、Uniqlo Uはユニクロというブランドと顧客の特性を把握した上で、通常のユニクロよりもモードな匂いを取り入れ、ユニクロの顧客へ新しい需要を喚起する役割を果たしている。

ユニクロはUniqlo Uで好評だったデザイン要素(スモーキーな色使い・アイテム)を、通常ラインにも反映させている。+Jと異なり、Uniqlo Uはユニクロの通常ラインと価格差がほぼない。価格的にほぼ変わらないUniqlo Uで次のヒットアイテムの実験をし、数字の良かったアイテムを今度は通常ラインのデザインに反映させて販売していく。そのようなサイクルが生まれている。

このようにUniqlo Uはユニクロの実験装置としての役割も担っている。いくらベーシックが売りのユニクロといえども、商品に何も変化が生じなければ顧客は飽きてしまう。それを避けるためには新しい実験が必要だ。しかし、ユニクロ(ファーストリテイリング)ほどの大企業になれば、新しい実験を行うにも「売れるのか?」と疑問を呈され、新企画が反対に遭う確率も高いだろう。実績が積み上がれば上がるほど、歴史が長くなればなるほど、売れるかわからない「新しさ」への拒否反応が社内で大きくなるのは必然だ。これは大企業に限った話ではないだろう。

しかし、ユニクロの本部機能がある日本から遠く離れたパリで、ラコステとエルメスでディレクターを務めたルメールというデザイナーを起用したラインなら、実験を行うにしても反対は少ないはず。しかも社長とダイレクトにつながる事業であれば。

そしてルメールはただ新しい実験を行うのではなく、ユニクロの顧客層にマッチしたデザインとプロセスで実験を行っている(この点が+Jと大きく異なる)。そこに通常ラインとUniqlo Uでは価格差はつけないというユニクロ(ファーストリテイリング)の判断も合わせて。

シンプルな外観の服とは異なり、Uniqlo Uは複雑なプロセスが背後に潜んでいる。これからもルメールはシルエットに軸を置いたデザインを展開するのだろうか。それとも新しい軸でデザインをするようになるのだろうか。Uniqlo Uの今後に注視していきたい。

〈了〉

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