フランチェスコ・リッソがマルニで示す実験精神

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AFFECTUS No.171

今回はモードとは関係ない話から始めたいと思う。

正確な時期は覚えていないが、今年春に僕の自宅から徒歩圏内にある飲食店が並ぶ通りに、天ぷらのスタンディングバーといえる店がオープンした。アルコールを飲みながら天ぷらをつまむ。「飲むこと」に軸を置いた店がないその通りでは、他店にはないコンセプトで面白さを感じたが、同時に一抹の疑念も抱いた。

「はたして売れるだろうか……」

その通りは、オフィスビルや商業ビルがいくつも立ち並ぶ場所の中心に位置している。そんな立地ゆえ、アルコールを飲むことをメインにする需要も当然にある。だが、その通りを歩く人々は年齢・性別に関係なく「食べること」を需要のメインにしている。

僕自身その通りにある飲食店で食事を何度も経験し、長年数えきれないくらい歩いてきた場所である。その通りにある飲食店にはアルコールを豊富に揃える店も多数あるが、いずれの店も食事のメニューが充実している。

そう考えた時に、この天ぷらのスタンディングバーのメニューを見ると食事のメニューの魅力に乏しく、この通りを歩く人々の需要にマッチしていないことが感じられ、先述への疑念へと繋がっていった。味が美味しいかどうか以前の問題に思えたのだ。

すると、先日そのバーの前を通ると9月末で閉店した旨を伝える張り紙が、店頭に貼られていることに気づく。需要とミスマッチを起こすと、それが結果に現れる例を目の前で見た気分になった。

もちろんそのバーを出店した企業は、事前にリサーチはしたことだろう。天ぷらのスタンディングバーというモデルは、その通りで営業する既存店とは異なるポジションで新しい需要を掘り起こせると判断したのかもしれない。しかし、結果的にはわずか半年足らずで閉店となってしまった。ここに、新しい需要を作る難しさが証明されている。

顧客のニーズにヒットするかどうか。現在モードにもそのケースに合致するブランドがある。イタリアの「マルニ(MARNI)」だ。

1994年の創業時からマルニを率いてきたコンスエロ・カスティリオーニ(Consuelo Castiglioni)は、2016年10月に同ブランドのクリエイティブ・ディレクターを辞任。後任として新ディレクターに就任したのが、今回のLOGICAZINEでテーマに選んだフランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)だった。

リッソのマルニは賛否両論を呼ぶ。

コンスエロ時代のマルニは、色彩を巧みに用いたプリントを武器に「大人のフェミニン」と呼べるエレガンスを披露し、多数の女性の心を掴んで世界中に多くのファンを獲得していた。それは2002SSに始まったメンズラインでも同様で、少年らしいピュアな感性と大人のシックな上品さを融合したスタイルは、上品かつボーイテイストを残すデザインとなり、男のためのフェミニンの完成形と言えるクオリティだった。

リッソはそんなコンスエロ時代のマルニを一掃する。デビューは2018AWメンズコレクション。彼はマルニにアヴァンギャルドな匂いを差し込み始めた。コンスエロ時代の知的でかわいいエレガンスは消失していく。

2019SSメンズコレクションではストリート色の強い、バルケットボールのユニフォームを取り入れたスタイルも披露する。コンスエロ時代では考えられないスタイルだ。一方ウィメンズは実験的要素が強まっていく。「色彩を用いたマルタン・マルジェラ」というフレーズが僕の頭に浮かぶ。定評のあったフェミニンなプリントも、その質が変わっていく。色使いの多様さは以前と変わらないが、柄のデザインに不可思議な怪しげさが混ざり始めたのだ。

変貌したリッソのマルニは、コンスエロ時代の顧客が離反することになり、ブランドは岐路に立つ。しかし、リッソはそのスタイルを変えることなく継続していく。すると新顧客がブランドにつき始めていった。

僕もリッソのマルニには違和感が先立っていた。このデザインをマルニで発表していいのだろうかと。コンスエロ時代のマルニに備わっていた魅力が完全に消えてしまった。そう思うほどだった。

だが、リッソがマルニに持ち込んだアヴァンギャルドは、徐々にブランドと溶け込んでいき、先月発表された最新2020SSウィメンズコレクションでは一つに完成形に至る。この2020SSウィメンズコレクションを見た瞬間、僕はアヴァンギャルドの最新バージョンに遭遇した思いに駆られる。

「アヴァンギャルドの最新バージョン」とはどのようなものなのか。その感覚を言葉にしていきたい。

2020SSコレクションでまず目にとまったのが色だった。多色使いの点はコンスエロ時代のマルニと変わりはない。だが、このコレクションでは色の雰囲気が異なる。コンスエロのマルニは赤・黄・緑など明るく強い色を使用しているが、色味は土っぽく、ややスモーキーである。一方リッソがディレクションした2020SSコレクションのマルニは、コンスエロ同様に赤・黄・緑といった原色使いに変わりはないが、色味が濃く強く鮮やか。原色の持つパワーを最大に発揮するような色である。しかもそれらの色を複数色織り交ぜながら使った柄をデザインしている。

柄のデザインもコンスエロ時代とは大きく異なる。コンスエロの柄は図形のようにある一つの型を反復させるデザインが多く、つまり幾何学模様的である。しかし、リッソの柄は花や人物といったモチーフにした柄があり、コンスエロよりも具体性が増している。だが、それらをわかりやすく見せているのではなく、混ぜ合わせて一つの柄にしているケースも多く、具体性がありながらも抽象的というデザインになっており、例えていうなら原色で描かれたシュールレアリスムの絵画だろうか。若干ピカソのような雰囲気も感じる。

ゆえにリッソのマルニは、ホラーテイストが滲み、その世界観はコンスエロとはまったくく異なるものになり、従来の顧客が離れていくのは当然だろう。

とりわけ2020SSウィメンズコレクションはリッソの世界が爆発している。

力強い筆致で描かれた花柄(と言っていいのかどうか……)が赤・黄・青・緑の原色で荒々しく塗られ、その柄で覆われたドレスが冒頭から複数登場する。

ストリートからエレガンスへシフトするモードトレンドへ抗うように、柄と色の迫力ある攻勢が襲いかかってくる。シンプルながら不思議な造形の服も登場する。長方形の布をできるだけ裁断せず、その形を生かしまま穴を開け、結んで形作ったようなトップスとスカートがそれだ。色はオレンジとショッキングピンクが用いられ、造形の不可思議さと相成ってインパクトを増大させている。しかし、服のデザイン自体は実にシンプルで、それが不可思議さに拍車を掛ける。

2020SSウィメンズコレクションで印象深いのはアウターのデザインだ。リッソの特徴である絵画的色彩豊富な柄を用いながら、無地素材を使ったパターンが混在しており、それはまるで服の断片がアウターの上でパッチワークされているようで、強烈な色彩とのコンビネーションはエレガンスへシフトするトレンドと異なる文脈を刻み、新しい進化を僕たちに見せている。

2020SSウィメンズコレクションは、リッソのビジョンがこれまでで最も体現されたコレクションで、突き抜けたパワーにあふれている。その圧迫感あるパワーが、私がこれまでリッソのマルニに抱いていた疑問を吹き飛ばした。

リッソは柄と色というマルニのDNAをベースにして、ファッションの新しい進化へ挑戦している。これまでのアヴァンギャルドは抽象的な造形が多かった。だがリッソは違う。造形はあくまでシンプル。単純な形の上に、色と柄、そして2020SSコレクションでは服の断片を服の上へ唐突に配置する手法を用いて、アヴァンギャルドと同様のインパクトを作り出した。

1980年代にパリデビューしたコム デ ギャルソンは、造形に抽象性を持たせたアヴァンギャルドというカテゴリーを開拓し、90年代に進化を果たした。こぶドレスはその代表作と言える。しかし今、かつて非現実的であった抽象造形のアヴァンギャルドは、造形をシンプルにすることで現実的なアヴァンギャルドという新しいカテゴリーを生む。

ジョナサン・ウィリアム・アンダーソンはグロテスクな形とジェンダーレスを融合させながら造形をコンパクトにすることで、アヴァンギャルドに現代的感性を吹き込むことに成功した。リッソはアンダーソンの延長戦上にありながら、その文脈に新しい軸を提示する。アンダーソンよりシンプルでリアルな造形の服をベースにして、色と柄、そして2020SSウィメンズコレクションでは服の断片のパッチワークを加味して、アンダーソンとは異なる「リアルなアヴァンギャルド」に到達する。

リッソはマルニでモードのトレンドを更新させる、新しさへの挑戦を行なっている。そのアグレッシブな姿勢はモードの魅力そのもの。

ファッションにとって新しさは必須。新しくなることで顧客を惹きつける。時には顧客を入れ替える覚悟で、デザインをシフトさせていく必要がある。ブランドを継続させるというビジネスのために。

僕はマルニの経営陣に驚いている。リッソによってマルニが変貌し、そのことに批判的な声があったのもわかっていたはずで、ビジネスにも影響があったはず。しかし、経営陣はその状況に怯まずリッソを継続させた。その結果が、今新しい可能性を示し始めている。ここがラフを批判したカルバン・クラインとの違いだろう。

マルニであってマルニではない。それがリッソのマルニだ。この未来を見ていきたい。

〈了〉

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