キムへキムが実践するのは、複雑な技術ではなく表現の大胆さ

AFFECTUS No.172

世界中から多くのデザイナーが参加し、ビジネスとクリエーションの激しい競争が行われるパリコレクション。日本人デザイナーも多数参加し、そのコレクションは毎シーズン注目されている。しかし、パリコレクションに参加しているアジア人デザイナーは、日本人だけではない。

9月に開催された2020SSパリコレクション初日、公式スケジュールでは3つのアジアブランドがショーを開催した。日本から黒河内真衣子の「マメ(mame)」、2018年LVMH PRIZEで特別賞を獲得した韓国出身ロック・ファンによる「ロック(ROCH)」。3つめのブランドも韓国出身のデザイナーが立ち上げたブランドであり、そして今回ピックアップするデザイナーでもある。彼の名はキミンテ・キムヘキム(Kiminte Kimhekim)。2014年、キミンテはシグネチャーブランド「キムヘキム(Kimhekim)」を始動する。

韓国人であるキミンテだが、キャリアは韓国ではなくフランスで積み上げ、シグネチャーブランドの創立へと至っている。現在、日本での知名度は低いが、取引先は世界に広がっており、アメリカ、ヨーロッパ、中国、香港、東南アジアのショップで取り扱われ、アカウント数は約50にのぼる。日本では、エッジの効いたブランドを規模の大小問わずセレクトする「アディッション アデライデ(ADDITION ADELAIDE)」でも扱われている。

キミンテのデザインは、同じアジアで隣国の日本からパリコレクションに参加しているブランドとは構造が異なる。

これまで何度も述べてきた通り、現在パリコレクションに参加している日本ブランドのデザインは、素材・ディテール・パターンに複雑さがあり、その複雑さがさらに重ね合わさった、迫力あるデザインになっている。しかし、逆に言い換えると、その迫力が濃厚すぎる時がある。

一方、キムヘキムのデザインは濃厚な複雑さを感じることはなくシンプル。しかし、シンプルと言っても大人しいわけではなく迫力がある。ただし、日本の迫力とは異なるタイプの迫力だ。簡潔に、けれど大胆に表現された迫力と言え、その印象を生み出す源泉となっているのはカッティングだ。デザイナーのヘミンテは、武器のカッティングを生かしてどのようなアイテムを生み出しているのか。

キムヘキムのコレクションに欠かせないアイテムはテーラードジャケット。ジャケットを軸にしたスタイルは、男性的シャープでクールな側面を作り出しており、マニッシュという表現がふさわしい。また、トレンチコートも頻繁に登場するアイテムであり、キムヘキムは都会的スタイルで「モダン」や「クール」といった言葉が連想されてくる。パリでキャリアを積んだヘミンテだが、発表しているスタイルからはニューヨークの香りを感じる。マニッシュなベーシックアイテムに、キミンテはモードなカッティングを盛り込み、日常性ある服をエッジなモードの舞台へ上るにふさわしい服へと仕立て上げている。

キミンテが見せるカッティングは直線的でダイナミック。2019AWコレクションでは、布が持つ直線という造形的特徴を生かすように、最低限の裁断でトップスとスカート(パンツにも見える不思議な形)に仕立てたようなデザインがある。一見すると服の形はシンプルだ。しかし、服の印象はシンプルではなく、布の残像が残る直線的カッティングの服はモデルの歩行と共に上下に揺れ、その大胆な姿はまさしくモード。

キミンテはアイデアの生かし方も秀逸で、この特徴こそが彼の最大の武器だと僕は感じた。

例えばこんなイメージのアイテムがある。メンズウェアのような雰囲気を持つシンプルな白いシャツで、女性が着るには身頃がオーバーサイズ。そんなシャツを、フロントの前立て部分を折りたたみドレープを寄せ、着用する女性の身体のサイズ感に近づけ、さらには前立てから少し外れた箇所に小さな切り込みが3箇所あり、前立てのボタンとは別に直径3cmほどのシルバーの球体を3つ、ボタン代わりにしたディテールを加え、デザイン自体はシンプルでアイデアも単純なのだが、ベーシックアイテムを印象深くするダイナミズムの創出に成功している。

ここは注目すべきポイントである。複雑さとは異なる方法で、迫力あるデザインを具体化する方法をヘミンテはスキルとして備えている。まず、面白いけれど単純なアイデアをピックアップする。そして、今度はそのアイデアをオーバーに思えるほど大胆に表現する。前述のシャツで言えば、前立て部分のボタンとは異なる場所に新たなボタンを配置するのに、通常サイズとデザインのボタンを用いるのではなく、普通ならボタンに使うことのないシルバーの球体を使うことで、単純なアイデアを大胆なデザインへと転換させ、アイテムに価値を作り出した。

高い技術と難度の高い複雑さがなくとも、大胆な表現を実践できれば、アイデアは単純であってもモードの文脈に耐えられる強度を持つデザインへと到達できる。キミンテのデザインはこれを物語っている。

ドレスとスカートという女性特有のアイテムもコレクションには数多く登場するのだが、不思議とフェミニンな香りは感じられてこない。ドレスとスカートに関わらず、印象がメンズウェアに近い。この原因はいったい何か。僕は二つの理由が感じられてきた。

まず一つは素材の印象だ。コレクションに登場する素材は、黒やベージュ、グレーとメンズウェアに多用される色が多く、まるで一人の女性が父親の所有するテーラードの紳士服を裁断して、ウィメンズアイテムの素材に使っているかのよう。

もう一つは、やはりカッティングである。直線的な潔く切れのあるカッティングが、女性の服であるにも関わらず男性の服のような印象を作り出している。このイメージのズレが、「キムヘキム」を印象付けるブランドへと昇華させている。デザインは、人が持つ既存のイメージをズラすことで心の揺れを発生させ、印象付けることが重要である。

ヘミンテはメンズウェアのイメージを流用してウィメンズウェアを作り、シンプルなアイデアを大胆に表現することで迫力を生み出すという、イメージのズレを二重三重に起こして、差別化要因を作り出した。

僕がキミンテのデザインで最も特筆に値したのは「アイデアは単純で、表現は大胆に」というアプローチである。このアプローチは、シンプルな服をデザインする際、重要になるだろう。また、ファッションデザイン以外にも応用の効く考え方に思える。

人はとかく「複雑・緻密」という要素を高く評価する傾向がある。特に日本はそう感じる。業界を問わず、ビジネスにおいて技術力をアピールするケースを多く感じないだろうか。Twitterを見ていても、手の込んだ緻密で精巧な創作物にユーザーは大きく反応することが多い。これは日本人の特徴に思える(良い悪いの話ではなく特徴として)。しかし、すべての人間が複雑で緻密な技術を得意としているわけではないし、技術の魅力を複雑と緻密ばかりに求めるのも間違っていないだろうか。

実践していることは単純だけれど、大胆に表現することが得意。こういう技術を持っている人間もいるはず。技術=複雑・緻密という概念に縛られることなく、もっと自由な解釈が必要だ。

現在、日本からはかつてのソニーのような世界を驚かせ、人々を熱狂させるプロダクトが久しく生まれおらず、その役割はアップルが担うことになった。なぜなのだろうか。僕は技術に対する捉え方が一因にも感じる。スペックの追求に傾き過ぎては、面白くて新しいものは生まれない。今、世界は役に立つものよりも面白いものを求めている。

ヘミンテのデザインには創造のヒントが潜んでいる。

〈了〉

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