複数のカルチャーを一体化するデザインが、ストリートから登場している

AFFECTUS No.173

ストリートからエレガンスへの移行が顕著になってきた昨今。しかし、現実の市場でストリートへの注目度は、まだまだ収まる気配はないようだ。先週10月17日、世界最大のファッション複合企業LVMHグループがロサンゼルス発のストリートマインドあふれるブランド「マッドハッピー(Madhappy)」に、150万ドル(約1億6300万円)もの資金を出資したことが明らかになった。

マッドハッピーについては別の機会に触れるとして、今回はストリートテイスト強いブランドをピックアップしたい。そのブランドの名は「セルフ メイド バイ ジャンフランコ ヴィレガス(SELF MADE by Gianfranco Villegas)」。少々長いブランドネームのため、以下では「セルフ メイド」と呼んでいきたい。

2012年に始まったこのブランドのデザイナーはジャンフランコ・ヴィレガス。彼の両親はフィリピン人なのだが、ヴィレガスが生まれ育ったのはフィリピンではなくイタリアのフィレンツェ。そのため、セルフ メイドはフィリピンのカルチャーとイタリアのカルチャーが混ざり合ったコレクションになっている。そこには現代の新しいモードのデザインアプローチが潜んでいた。

新しいモードのデザインアプローチとは何か。時代を遡ったところから、話を進めていきたい。

1990年代後半から2000年代前半は、まさにアントワープの時代と言っても過言ではない。アントワープ6、マルタン・マルジェラから始まり、時代の注目デザイナーがベルギーのアントワープ王立芸術アカデミーから次から次へと登場する。アントワープはモードのデザインに変革を起こした。それまでのモードのデザインといえば、クリスチャン・ディオールのニュールック、イヴ・サンローランのモンドリアンルック、コム デ ギャルソンとヨウジヤマモトによる「黒の衝撃」のように服の造形や色、素材など服そのものが革新的に作り上げられたものだった。

だが、アントワープ出身のデザイナーたちは違った。服そのものに革新的要素は少ない。素材はチープであることも多く、シルエットやディテールは時折凝った作りもあったが比較的ベーシック寄りである。だが、その代わりイメージが革新的だった。アントワープ王立芸術アカデミーから輩出されるデザイナーは、自身が過去に体験してきたカルチャーの中から現在の自分=アイデンティティを成立させた上で鍵となるカルチャーを抽出し、服へと投影させ、服ではなくイメージで革新をもたらす手法を用いていた。パティ・スミスに没頭していたアン・ドゥムルメステールのデザインは、まさにその代表と言える。

アンがそうであったように、 当時のアントワープ 派はデザインに投影させるカルチャーは通常一つだった(アン=パティ・スミス)。しかし、近年複数のカルチャーを投影させて一つのスタイルを完成させるデザイナーたちが、ストリートブランドから現れ始める。たとえば、以前ピックアップした「フィア・オブ・ゴッド(FEAR OF GOD)」のデザイナー、ジェリー・ロレンゾ(Jerry Lorenzo)はNBAプレーヤーのアレン・アイバーソン、キリスト教、ロックバンド「ニルヴァーナ(Nirvana)」のヴォーカリストであるカート・コバーンと、自身のアイデンティを形成したカルチャーを一体化させてストリートウェアにフィニッシュさせる服をデザインしている。

そのように複数のカルチャーを一つにするデザインは、アントワープ派には見られないものだった。現代のストリートブランドは、国籍・人種・経歴はバラバラであるのに、まるで同じ学校で同じデザイン教育を受けたかのように同種のデザイン構造を見せるケースが多い(もちろん異なる場合もある)。それは、今回ピックアップしたセルフ メイドのヴィレガスも同様である。ヴァージル・アブローやサミュエル・ロスのようにファッションの専門教育を受けていないデザイナーがストリートブランドには多いが、ヴィレガスはイタリアの名門ファッションスクール、ポリモーダで教育を受けている。しかし、ヴィレガスはストリートブランドと同様のデザイン構造を見せる。

セルフ メイドのコレクションを見ていて最初に浮かび上がってきたイメージは、1980年代のヴェルサーチェだった。セルフ メイドでたびたび披露される醜さすらも感じる過剰な色使いと柄を混合した素材は、豪華絢爛、華美華飾の80年代をリードしたヴェルサーチェのようなギラついたムードを発散している。特に2019AWコレクションに用いられたパレットからキャンバスへ絵の具を塗りたくったような、鮮やかさよりも泥臭さを感じるカラフルな柄の素材はその特徴が強く現れている。

服にプリントされているグラフィックは、ストリートで壁に描かれたグラフィティアートのようでもある。一方で真逆の印象を受けるグラフィックも作り出している。2020SSコレクションには、イタリア・ルネサンス期の壁画に描かれた絵画を思わす色調のプリントも登場しており、フィレンツェで育ったヴィレガンスのカルチャーが服に表現されたかのようだ。

ルネサンス調のプリントが施された素材を、2020SSコレクションでヴェレガスはヴェルサーチェのようにスーツスタイルに乗せるのではなく、フーディやスウェット、太幅ボーダーでラガーシャツ的なトップス、ジャンプスーツ、ワークジャケットなどを軸にしたカジュアル全面のストリートスタイルに使用している。

かつてのアントワープ派はデザイナーが最も熱中した、たった一つのカルチャーを服に投影させてイメージを作り出していた。しかし、ヴィレガスは一つのカルチャーにこだわることなく、調和を図ることを良しとするファッションデザインのセオリーにも従わず、自分が体験してきたカルチャーのすべてが重要だと訴えるようにいくつものカルチャーを混合させ、一つのスタイルを作り上げている。

ヴィレガスのデザイン構造は、現代の人々の感覚を具体化したものに思える。現代の人々はスマートフォンを通じてインターネットで、あらゆるコンテンツを体験し、自分の中に吸収している。自分の好きに境界を設けず、興味のあったものはすべて体験していく。この時代感を表現したような現代性が、ヴィレガスのセルフ メイドには感じられてくる。結果生まれたスタイルは、従来のファッション観から見れば「美しい」と言えるものではない。しかし、パワーがある。そのパワーがセルフ メイドの魅力となっている。

ファッションブランドには、ブランド独自のオリジナルスタイルが必須だ。ブランドの名前を聞いて、消費者が頭の中に特定のスタイルを浮かべることができたら、そのブランドはビジネスが成功する確率が上がる。しかし、デザイナー固有のオリジナルスタイルはどのようにして見つければいいのだろうか。そんな疑問が浮かび上がってくる。

二つの方法が考えられる。

一つは自分の好きなスタイルが何か、自分自身に問いて顕在化させて、徹底的にそのスタイルを磨き上げること。この方法によって生まれるスタイルは、いわゆるエレガンスが宿るように僕は感じる。しかし、今の僕が興味を抱いているのはもう一つのアプローチだ。それは、ヴィレガスのようにデザイナー自身が熱中してきたカルチャーすべての要素を服の構成要素(素材・シルエット・ディテール・色使い・スタイリング……)に投影させ、それらを調和させることなく、ただ一体化させる。その結果生まれたスタイルを、ブランドのシグネチャースタイルとする方法だ。

前者の方法と違い、後者の方法は一体どんなスタイルになるのか、完成するまでデザイナー自身にも見えてこないギャンブル性がある。しかし、成功すれば、美しさを超えたパワーを持つスタイルが生まれる可能性がある。このギャンブルに賭けるか否か。

前者と後者、どちらの方法が自分に合っているのか、判断に迷うだろう。その際、誰のために服を作りたいのか考えてみるのがいいのではないだろうか。服は人が着たいと思うから価値が出てくる。今の時代、デザイナーが「俺のメッセージを聞いてくれ!」とする世界観を強烈に押し出すデザインは少し古くさく感じる。

自分が誰を喜ばせたいのか。その人を思い浮かべた時、その人はどのような服を着て暮らすことが幸せだろうか。そこまで想像が及んだ時に、その人にふさわしい服を生み出すアプローチは、デザイナーが自身の好きなスタイルを徹底的に突き詰め磨き上げたエレガンスか、それともデザイナー自身のカルチャーすべてを投影させる不調和なパワーか。もしあなたがデザイナーで自身のブランドを立ち上げるとしたら、エレガンスとパワー、幸せにしたい人にふさわしい服はどちらだろう。

デザインの判断に迷った時、服を着せたい人が誰なのか考えればいい。それは売上を伸ばしていくブランドのデザインを観察していて、僕が感じたことであった。もしかしたらストリートブランドには、そのようなパーソナルな匂いがあるのかもしれない。従来のモードの方が、現代ではドライだという可能性はないだろうか。

ジャンフランコ・ヴィレガスは、現代のファッションデザインに一石を投じる。

〈了〉

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です