危機に立ったときに目覚めるオリジナルスタイル -ダブレット-

AFFECTUS No.174

ファッションブランドにおけるビジネスの命運を左右するもの。それはオリジナルスタイルである。とりわけデザイナーの個性が魅力となるモードブランドには、必須条件だと言っていい。ブランドの名を耳にした時、消費者が瞬時にスタイルをイメージすることができたなら、そのブランドが成功する確率は高くなる。

エディ・スリマンやデムナ・ヴァザリアといったモードで成功を収めたデザイナーたちは皆、その名を聞いただけで連想することができるオリジナルスタイルを有している。ファッション界で成功を収めたければ、デザイナーは自身のオリジナルスタイルを発見しなければならない。

しかし、こうも思う。

「オリジナルスタイルの必要性は理解できるが、いったいどのようにすればオリジナルスタイルを掘り当てることができるのか?」

今回はその方法について、具体例となる事例を一つあげて考えていきたい。

現在、世界最高峰のファッションコンペとなった若手デザイナーの登龍門「LVMH PRIZE」。2017年、同コンペでアジア人として初のグランプリを獲得したのは、一人の日本人デザイナーだった。「ダブレット(doublet)」の井野将之である。僕は、井野がこれまでメディアで公開されたインタビューを読んでいると、オリジナスタイルを発見する方法についてのヒントが感じられてきた。井野はいったいどのような道のりで、LVMH PRIZEグランプリという世界中の若きデザイナーが渇望する栄誉を勝ち取るに至ったのだろうか。井野の背景をたどっていきたい。

1979年群馬県生まれの井野は高校卒業後、東京モード学園へと入学する。卒業後、大手アパレルメーカーや浅草のベルト工場での勤務を経て、「ミハラヤスヒロ(MIHARA YASUHIRO)」へ入社し、靴・小物の企画生産を7年間務める。そして2012年、独立してシグネチャーブランドのダブレットをスタート。ダブレットというブランド名は、『不思議の国のアリス』が代表作となる作家ルイス・キャロルが生み出した言葉遊び「ダブレット」が由来になっている。

キャリアを積んでから独立した井野だが、決して順調なスタートではなかった。ダブレットをスタートさせた当初、井野は自分の好みではなくても、トレンドを捉えて売れることを意識したデザインを行う。しかし、売れることを狙ったはずのデザインが売れない。そのアプローチを継続してコレクションを製作するも、シーズンをいくら重ねても一向に結果が出ない。相当な苦悩があったはずで、資金面でのプレッシャーもあったのではないかと思う。

しかし、この「strrugle(ストラグル=苦闘)」の果てに、井野は以下の境地にたどりつく。

「こうなったら、とにかく最後に好きなものだけ、自分がいいと思うものだけに絞って徹底的にやってやろう」花椿「doublet ― 注目ブランドインタビュー」より

この覚悟と気迫で持って臨んだ2017AWシーズンに、とうとう状況が好転する。井野はオリジナルスタイルを発見する。

“DON’T DO IT YOURSELF”と名付けられた2017AWコレクションは、これまで僕たちが目にしてきたモードとは異なるモードがあった。ダボっと野暮ったいシルエットのスウェットやブルゾン、ライン入りジャージのボトム、虎や龍の刺繍が施されたスカジャン、大げさに大きく派手派手しいロゴを用いるなど、そこには90年代レイブカルチャー、果ては80年代から続く装飾華美でケバケバしい光沢感といったすべてが一つになり、混沌として濁った様を模写したようなコレクションを披露する。完成されたスタイルには「ヤンキー」の香りも漂ってくる。

このスタイルをストリートと称することもできる。けれど、時代のトレンドを牛耳っていたヴェトモン発のストリートよりもずっとダサさが濃い。デムナは美醜の醜に潜む美しさを提示し、それを時代の新しいエレガンスとした。 井野も自らに潜む美醜への感覚の中から「美しい醜」を拾い上げ、日本の下町ヤンキーの世界観と融合させた他の誰とも似ることのない、世界でただ一人のオリジナルスタイルの完成に成功する。

結果、このコレクションは大きな反響を呼び、ビジネスとして見事にビッグヒットした。井野はsturrgleを経てたどり着いたオリジナルスタイルで、苦境を打開したのだ。

この経験を経て、井野はこう語る。

「自分の培ってきた経験を、どろっとしたまま服にすると、ウソじゃないものができる」花椿「doublet ― 注目ブランドインタビュー」より

危機に追い込まれた時、井野は悟りを開くように自分の本当に好きなものを徹底的にやることを決意したが、この「好きなもの」という表現は僕たちが通常使う「好きなもの」とは意味合いが異なるように思う。

カワイイ・カッコイイと僕たちが思う感情。それは「好き」を表す言葉でもある。だが、当時の井野の「好きなもの」は単にカワイイ・カッコイイと思うものではなく、感覚的にもっと深い場所にある、この体験があったからこそ今の自分のすべてがあると呼べるものに感じる。

自分の内側に奥底深くにある経験。それをカッコイイ・カワイイという感覚は脇に置いて、カッコ悪くてもカワイくなくても、ありのままにそのままに服として表現する。そうやって生まれた服に宿る生々しさに、人は心を揺さぶられる。

オリジナルスタイルの発見を、意識的に実践するにはどうすべきか。僕は以下のように考えてみた。

今、自分がカワイイ・カッコイイと思うもの(服以外でもいい)をピックアップする。いつから自分はそれをカワイイ・カッコイイと思うようになったのか、過去の記憶をたどっていき、記憶の中から今の自分の美的感覚を作ったと思われる体験を見つける。しかし、もしすぐさま見つかっても、それをオリジナルスタイルを作るソースとは思わず、疑いを持つ。

「本当にこの体験が、今の自分を作ったのか?」

さらに自分の記憶を深掘りしていく。そして疑い、また記憶の深掘りを続ける。その繰り返しの先に、ようやく発見する。自分の美的感覚を形成するにあたって、大きな影響を及ぼしたものを。例えばこんなふうになるかもしれない。

「自分はシンプルでクリーン、けれどアヴァンギャルドな狂気を含む服が好き。それはヘルムート・ラングからの影響だと思っていた。けれど、その感覚を深掘りしていくと、どうやら自分が子供の頃に過ごして目に焼き付いた1980年代のパワーショルダーのジャケットやタックパンツ、欲情深いエネルギーあふれるギラついた装飾がミックスされたスタイルにあった。1980年代は自分の好みとは真逆のもので、嫌いだった。けれど、自分のオリジナルスタイルのヒントは、嫌いだったはずの1980年代にある。じゃあ、この美的感覚を今、そのまま服にしてみよう」

こんな具合に、自分の嫌いものが実はオリジナルスタイルになることだってあるかもしれない。

この精神的な苦闘=strrugleを意識的に起こすスキルを身に付けること。それが可能であれば、天才ではなくともオリジナルスタイルにたどり着ける可能性は高まる。

井野は追い込まれることによって、ダブレットのオリジナルスタイルを発見した。苦闘による苦悩は、オリジナルスタイルに続く道の扉を開く鍵になる。2017AWシーズン以降、オリジナルスタイルに磨きをかけ続け、ダブレットは世界の頂点へと駆け上がった。

僕がダブレットを表現する言葉で最も好きな言葉を最後に記して、今回の終わりとしたい。書いたのはWEBマガジン「フイナム」編集長である 小牟田亮。その文章はカタカナが連用されたファッション界独特の文章にはなる。けれど、言葉のリズムと単語のチョイス、それが僕には心地よく響く。

「ストリートカルチャーを存分に感じさせるポップなしつらえに、オリジナリティーの高い技法を服に落とし込み、オルナティブな存在感を放つダブレット!!」

〈了〉

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