ドリス・ヴァン・ノッテンのメンズウェアに潜む論理

AFFECTUS No.175

若い頃には魅力に気がつかなかったが、年齢を重ねてみて惹かれる服がある。若い時というのは、得てして視覚的にわかりやすく刺激的なものに反応しがちで、大人たちが惹かれるものに「ダサい」と感じてしまうことがある。もちろん、すべての人間がそうではないし、10代・20代のころから成熟した精神を示し、年齢を重ねた大人たちの楽しみを理解できる人間もいるだろう。

だが、僕はそういう類の人間ではなかった。消費者の立場として服を楽しむ時、20代の私はクールな服に惹かれていたし、クラシックな服には気分が高揚することがなかった。しかし、それから10年20年と時間を経た今、かつての私では惹かれなかった服に心が動かされる。

今回のテーマとなるドリス・ヴァン・ノッテンのメンズウェアは、その一つになる。クラシックとモード、相反する要素を一体化させ時代と共に歩む男たちの普遍的衣服。アントワープ・シックスの一人としてモードの歴史に名を刻む、生きる伝説となったデザイナーはその才能に磨きをかける。

ドリスの服は、男たちの身体を拘束しない。布が描くシルエットは男たちの身体を、適度な分量感で持ってゆるやかに包み込む。腕を動かし、脚を前へ進める。その動作と共に布は揺れ、男たちの仕草に色気が立ち上がる。その魅力を増幅させる役割を果たしているのが、上質でクラシックなテキスタイル。メンズテーラーに保管されているような、ダンディズムあふれる布たちが裁断され、縫い合わせられ、ジャケットやパンツ、シャツといった男たちの生活に欠かせないワードローブとしての形を成す。控えめな佇まいを讃えた美しい調和に彩られた服が、そこにはあった。

しかし、ドリスは自身のデザインを静けさの檻に閉じ込めたりはしない。自らの手で美しい調和を破壊する。ドリスのシグネチャー、肥沃な大地と生い茂る自然の雄々しさと迫力を表現した柄によって。ドリスが毎シーズン発表する柄は、決してエレガントなものばかりではない。たとえば2019AWコレクションでは、怪しげで抽象的な柄を発表している。緑・茶・白の3色を用いた波線の幾何学模様は、まるで墨汁で服の上に図案を描くように、色味をかすれさせながらダイナミックな半円を描き、ベーシックなステンカラーコートの身頃から左袖へ横断している。

そこには誰もが同意する美しさはない。柄の迫力と怪しさに顔をしかめる人間もいるだろう。だが、それはドリスのコレクションにおいて強烈なスパイスとなる。2019AWコレクションで発表された、この半円柄は他の色展開でも発表され、紫・緑・黄というサイケデリックな色の組み合わせも見せる。柄が用いられたアイテムもコートだけではなく、パンツやブルゾンにも用いられており、柄そのものもデザイン展開されてサイケなペイズリー柄とも呼べる図案に変貌し、大人の男たちをダンディに装うダブルのスーツにパンキッシュ&インドな味付けが施された、強烈にモードな1着となっている。

近年見せるドリスのプロポーションは肩幅が広くウェストラインも高く、上半身にボリュームが乗せられ、1980年代が連想されてくる。けれど、80年代のバブルな豪華絢爛さはなく、クラシックなスーツに身を包む男たちの姿を具現化しながらも、ドリスの代名詞であるエスニックかつボタニカルな柄使いを挟み込むことでダンディなスタイルをモードへと押し上げている。

翌シーズンの2020SSコレクションでは新たな一面を添える。2019SSのインドや仏教を連想させる柄から、ドリス得意の植物モチーフの柄を押し出した。ただし、柄の図案と色使いには西洋的香りはなく、中国などのオリエンタルな香りが立ち上っている。それらの柄をスーツスタイルに取り入れ、今回はスポーツやミリタリー、デニムにショートパンツといった要素にも融合させ、2019SSコレクションよりもカジュアルさが増していた。

今のドリスは、決してクラシックなエレガンスを表現するだけのデザイナーではなく、自身の内に宿る狂気な部分を引きずり出すようにサイケでパンクな一面を表出させている。クラシックでありながらも、サヴィルロウでは決して見ることのできないスーツ。ドリスは、通常なら繋がることのないスタイルに植物や動物をモチーフにしたサイケ&オリエンタルな色使いと絵柄を媒介にしてつなぎ合わせることで、自身のスタイルを進化させていた。

それはドリス流の「ダサいがカッコいい」という現代の価値観を、我々に提示しているようでもある。

一見すると無関係に思える要素を一つにするデザインは、ファッションデザインでは散見されるオーソドックスな手法だ。ドリスのアプローチの特徴は、オリエンタル&サイケな柄とクラシックスタイルという二つの要素を一体化する際に、バランスを整えるという無難な姿勢は見せず柄のデザインを大胆に振り切っていることだ。

クラシックな印象があるドリス。しかし、彼のデザインは大胆さと迫力がしっかりと組み込まれている。パリコレクションという、モード最高峰の舞台に立つにふさわしいダイナミズムだ。

パリはデザインの強さが求められる。シンプルでクリーンな服に見えても、大胆に振り切れた要素があることでパリでは評価される。

少し話を違う話題に振ろう。

先日、元同僚でパリコレクションに参加するブランドにも所属し、現在は某大手セレクトショップで働く生産管理の友人と、パリと日本で求められるデザインのギャップが話題になった。日本では上質素材を使って、シンプルにデザインされた服が人気になる傾向がある。しかし、そのようなデザインはパリではともすると貧弱に見えることもあり、それがデザインの評価とビジネスに繋がってしまう。

そのため、日本からパリへ発表の場を移したブランドの多くは日本時代よりもデザインを強く濃くしていく。だが、そうなると、今度はデザイン性が強くなったがゆえに、日本の市場では受けにくいデザインになってしまう。そこで生じる。パリで評価を求めると日本ではマッチしないデザインになり、しかし日本の市場にマッチするデザインにすると、パリでは評価されないというギャップが。

このデザイン的課題を解決するヒントが、ドリスのデザインにあるのではないだろうか。ドリスはパリでも高評価を得て、ビジネス的に大成功している。加えて日本でもセールスが好調な人気ブランドだ。このようなデザインを成立させている秘密はどこにあるのか。僕は3つの要素を考えた。

第1に、普遍的要素がデザインに組み込まれていることが重要ではないかと考える。ドリスの場合それは、クラシックスタイルになる。ドリスのデザインは服そのものはシルエットにボリュームの大小に変化はあれど、基本的にベーシックで、服と服を組み合わせたスタイルもシンプルだ。

第2に、普遍的要素のベーシックを破壊する大胆な要素をぶつけること。現在のドリスにおいてはオリエンタルでサイケな柄が、普遍的要素を破壊するダイナミズムとなっている。

最後となる第3は、第2の要素をデザイナーである自身のオリジナリティで作ること。ここ2シーズンのドリスの柄は、色使いと絵柄がサイケではあるが、柄のベースにあるのはドリス得意のエスニック&ボタニカルだ。植物や東洋的匂いを醸すデザインの柄を、最近はサイケに味付けすることで現代の「ダサいことがカッコいい」という時流に乗ったデザインへ乗せている。

以下から述べることはあくまで僕の個人的印象になるが、日本からパリへ移ったブランドの多くはデザイン性を強くしてパリモードにシフトするが、デザイン要素であるシルエット・素材・ディテール・スタイリングなどすべてにおいて複雑さと濃厚さを全力投球しているように感じる。

翻ってドリスは複雑さと濃厚さを柄で表現しながらも、スタイル自体はクラシックをベースにして、見慣れたスタイルでありながら見たことのないスタイルというデザインへ着地させている。ここに、ドリスのデザインの秘密があるのではないだろうか。見慣れていることと、見慣れていないことの接着。ここがポイントだと僕は考える。

競争激しいモードにおいて数十年のキャリアを誇り、ビジネス的にも大成功しているドリス。彼から学ぶことは多い。感性が大切で重視されるファッション界。しかし、その実、ファッション界は感性だけでデザインがビジネスで成功するほど甘い世界でもない。そこには論理も必要になる。誰のために、どんな生活を、自分の創造性でどのように彩りたいのか。彼は「欲しい」と「美しい」を両立させる一級のデザイナーである。

〈了〉

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