AFFECTUS No.177
新しいファッションは、それまでのメインストリームとは異なる場所から生まれることがある。それは決して珍しい現象ではなく、歴史を振り返ると証明されていることが理解できる。1980年代、東京からパリへ乗り込んだコム デ ギャルソンとヨウジヤマモト、1990年代後半から世界を席巻し始めたアントワープ、そして2010年代中盤から帝国のごとくモードを支配してきたストリート。
ファッションの進化に、異世界からの才能は必須である。今日ピックアップするブランドも、デザイナーの歩んできた道がファッション界のメインストリームからは外れているブランドだ。男女のデザイナーデュオによってデザインされるメンズブランド「CMMN SWDN(コモン スウェーデン)」が今回のピックアップブランドになる。
2012年にスタートしたCMMN SWDNは、2018AWシーズンからは発表の場をロンドンからパリへと移し、取り扱いセレクショトショップがヨーロッパではイギリス・イタリア・ドイツ・スペイン、北中米ではアメリカ・カナダ・メキシコ、アジアでは日本・韓国・中国・台湾・香港・タイと、販路は活動拠点のロンドンのみならず世界へと拡大している。
デュオを形成する男性デザイナーの名はセイフ・バキール。彼はイラクで生まれ、スウェーデンで育つ。父親がノースロンドンで縫製工場を営んでおり、「H&M」や「トップショップ」といったファストファッションやロンドンの小規模な若手ブランドの生産を請け負う行う工場だった。そんな環境で育ったセイフは、父親の工場が生産した服に興奮を覚える若いデザイナーたちの表情に感動し、自らもデザイナーになりたいと思うようになる。セイフは母国のスウェーデンを離れ、ロンドンの名門ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに入学する。
一方、女性デザイナーのエマ・ヘドルンドはスウェーデンで生まれ育ち、セイフと同様にスウェーデンを離れロンドンへ渡り、これまたロンドンが世界に誇る名門セントラル・セント・マーティンズへ入学する。
母国を同じスウェーデンとする二人だが、初めての出会いはロンドン。学校の異なる二人だったが、エマと同じクラスで学んでいた人物がセイフの同居人でもあり、その縁もあってセント・マーティンズを訪れた際に、同郷人がエマをセイフに紹介した。その瞬間、セイフは一目惚れという形でエマに魅了されて後に交際するようになり、現在では夫婦となって二人でCMMN SWDNを運営している。
ファッション界では世界に名だたるロンドンの名門学校で学んでいた二人だが、卒業後の進路が少々変わっている。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションやセント・マーティンズで学んだ学生は、パリやロンドンの有名ブランドや新進気鋭の若手ブランドに就職することが多いが、エマが最初にキャリアをスタートさせたのは、当時ファッション界では無名なカニエ・ウエストのスタジオだった。
カニエはファッションブランドを立ち上げるために、若手デザイナーを欲してセント・マーティンズを訪れる。2008年のころだった。その際、セント・マーティンズの講師がエマをカニエに紹介し、そのまま彼のスタジオがあるロサンゼルスで、あのヴァージル・アブローと一緒に働くことになる。
その後活動1年でカニエのブランドは休止となり、エマはパリへ移住して韓国人デザイナーのウー ヨン ミ(Woo Young Mi)のシグネチャーブランドで働き始める。ウー ヨン ミではヘッドデザイナーを務めていたが、働き始めてから1年後、カニエがブランドを再開させることになり、そのタイミングでエマは再びカニエのブランドへと移る。そして、期せずしてセイフもカニエのブランドのメンズデザイナーとして働くことになり、二人は初めてプロフェッショナルとして一緒に働くことになった。
この経験が好機となって、セイフとエマは自分たちのブランドを始める決心が芽生える。そして2012年、自分たちの母国スウェーデンのマルメで二人のシグネチャーブランドCMMN SWDNをローンチする。
それから2年後、ロンドンコレクションへの参加を機に2014年からは活動拠点をロンドンへ、先述したように2018AWシーズンからは発表の場をパリへと移し、現在に至る。
世界最高峰のエリート学校とも言えるロンドンのファッションスクールを卒業しながらも、カニエ・ウェストのスタジオで働くという、ファッション界のエリートたちの歩むキャリアとは異なる道を選んだセイフとエマ。そんな二人のキャリアを物語るようにCMMN SWDNのメンズウェアは、伝統と革新が織り交ざりながらスタイルが作り上げられている。
二人のキャリアを聞くと、ストリートウェアを思い浮かべるかもしれない。しかし、それは異なる。たしかにパリへ移っての1stコレクションとなった2018AWシーズンは、ストリートマインドを感じさせるフーディが登場するが、ストリートウェアを連想させるアイテムはそれだけになり、全体のコレクションからストリートの匂いを強く感じるのは困難だ。
デムナ・ヴァザリアから始まったストリート旋風が吹き荒れようとも、CMMN SWDNは超巨大ビッグシルエットを取り入れることはなく、程よいリラックス感を含んだシルエットから醸される雰囲気は、同じスウェーデンのブランド「Acne Studios(アクネ ストゥディオズ)」を思わすクリーン&スマート。
けれど、Acneのように洗練されているわけではなく、CMMN SWDNはもっと雑味が入っている。たとえば2017SSシーズン、シルエットは適度なボリュームの快適さ伴うスマートシルエット。だが、都会的な洗練さが立ち上がっているのではなくて、スタイルから感じられるのはメキシコ、ロカビリーといったラテンでウェスタンな香り。それだけにとどまらない。上下ジャージのトラックスーツや、オープンカラーシャツとショーツを合わせたカジュアルスタイルからは、ラッパーやストリートキッズの残像も感じられてくる。
様々な文化を横断して体験してきたセイフとエマにとって、様々な時代のファッションスタイルを結合させることは、極めて当たり前で自然な行為に思えてくる。
そして発表の場をパリへと移したことで、モードスタイルへの本格化が加速する。パリ進出以前のデザインを見ると、パターンとディテールに複雑性と大胆さはそこまで強くはなく、大陸を横断するように数種類のスタイルの断片を組み合わせ、ムードで魅力を引き立てるデザインであった。しかし、パリでショーを行うことで、日本ブランドがパリへ進出する際と同様にデザインに複雑化が生まれてきた。顕著になったのはパリでの3シーズン目となる2019SSコレクション。
かつてヘルムート・ラングが、服のディテールを解体し、アクセサリーのようにパーツ化してスタイルに取り入れたデザインを披露していたが、そのデザインのCMMN SWDNバージョンとも言えるスタイルが発表された。シルエットそのものに変化はない。しかし、その内部、シルエットを作るパターンに変化が生じている。たとえばパンツのウエストベルト部分から、フロントの前開き部分を覆う矢印型のパターンが作られ、スマートなメンズスーツスタイルにボンテージのニュアンスがかすかに混じり合った不可思議なデザインが生まれている。
それ以上にインパクトを生み出しているのがトップスだ。ショーに登場する1stルックに驚く。見ると、クルーネックのニットベスト。だが、形状が異常であることにすぐ気づく。ニットベストは引き裂かれた2種類の柄のニットベストを組み合わせたような破壊的デザイン。右身頃はニット素材で身体が覆われているが、左身頃は薄手のシースルー素材で形作られている。フォルムそのものはシンプル。だが、その構成要素がアヴァンギャルドへ転換されている。これはこれまでのCMMN SWDNに見られなかったダイナミズムだ。
異素材のコンビネーションとダイナミックで挑戦的パターンによる構造のフォルムは、以降進化を加速させる。翌シーズンの2019AWでは秋冬の素材感とアウターが主役となるシーズンの特性も相成って、CMMN SWDNのモード性は進化を帯びる。カーキ色の毛羽感あるコート。その上から幾何学柄のニット素材をいくつもパッチワークしたショートレングスのクルーネックのニットベストを重ね着している。複雑で大胆なモード性はスタイリングにも浸透を始めた。
このようにパリへ発表の場を移したCMMN SWDNのデザインは、世界最高の創造性を競い合うパリの強度に負けないデザインに仕立て上げられてきた。そのスタイルから私が感じたのは、古代文明の象形文字や図象がニットで表現され、そのアイテムが現代の男たちを彩るベーシックアイテムに融合し、異なる文化と異なる時代のクロスオーバーというアヴァンギャルドなダイナミズムだった。
モデルにはアジア系のモデルも多数起用され、カルチャーのミックス感はさらに強くなっている。現代のファッションは、トラッドやロックなどある一つのスタイルに形容することが困難なデザインが生まれている。CMMN SWDNは時代の先端性を捉え、自分たちの解釈をモードコンテクストに打ち込んでいる。境界を設けないのは、地域や国という横軸だけでなく、時代という縦軸も含む。そんなメッセージすら僕には感じられてくる。
時代と文化をクロスオーバーするCMMN SWDNのメンズウェアが、「ダサいがカッコいい」という美醜の醜から美を見出す時代を経て、伝統的エレガンスへ移行する今、どう自らのデザインを更新していくのか、僕は興味がわいてきた。セイフとエマの新時代に対する解答に注目したい。
〈了〉