ザ ロウは美しさの真意を問う

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AFFECTUS No.179
服は布を裁ち、針と糸で裁断された布を縫い合わせていくことで完成する。言葉にすれば、服とはただそれだけのもの。けれど、そんな原始的に作られた服に創作の美が宿る。僕はその奇跡に何度も魅了されてきた。

派手さや奇抜さとは無縁で、ロゴやプリントが皆無の服は色気と美しさが、女性の装いからを醸し出される。女性の中に潜む美を限界まで引き出そうとする服に、過剰な装飾は必要ない。装飾性を最小限にまで削ぎ落とした時に浮かび上がるリュクスな空気こそが、服という布の造形を、贅沢な気品で女性を包み込む上等な品へと生まれ変わらせる。上質な素材感と素材の品格が視覚化されたラグジュアリーシルエットは、陽の光によって浮かび上がる服の輪郭を美しく際立たせる。

これらの要素を兼ね備えた服が、現在アメリカに存在する。テーラリングの聖地イギリスのサヴィル・ロウから名付けられた名を持つブランド「ザ ロウ(The Row)」は、探求の年月を経て女性のマニッシュな魅力を最高レベルにまで高める領域へたどり着いた。

世の中が装飾のストリートに流れようが、伝統のエレガンスに流れようが、ザ ロウには関係ない。重要なのは現代における女性のカッコよさとは何か、何が女性のカッコよさの定義となり得るのか、その疑問への解答を探索する姿勢と実践の繰り返し。

2007年にザ ロウをスタートさせたメアリー・ケイト・オルセン(Mary-Kate Olsen)とアシュレー・オルセン(Ashley Olsen)のオルセン姉妹は、Tシャツから始まったブランドをテーラリングでコレクションを構成するブランドへと変貌させることで、フェミニンやエレガンスとは異なる女性が持つもう一つの魅力マニッシュを確立させてきた。オルセン姉妹がデザインする服からは、フォルムやスタイルは異なれど、ココ・シャネル(Coco Chanel)や川久保玲と同様の創作にかけるストイシズムを感じる。

ザ ロウのシグネチャーとも言える黒いスーツには、クラシックな匂いも備わっている。オルセン姉妹が提案する厳格で聡明な黒いジャケットとパンツは、僕にこんな想像を掻き立てた。

「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)をオルセン姉妹がディレクションしたら?」

クラシカルな美を作ることにかけては世界最高峰のブランドと同種のエレガンスを匂わせながら、より現代都市の空気を帯びた服が僕にとってのザ ロウだった。

そして今、ザ ロウに新たな進化が訪れる。2020SSシーズン、オルセン姉妹が発表した最新コレクションは、妙な違和感を私にもたらす。ランウェイを歩く女性モデルの姿は、完璧なフィッティングと言える従来のシルエットには感じられなかった、まるでサイズの合わない他人の服を着用しているような違和感がノイズとして鳴り響いていた。

ここで新たな疑問が浮かぶ。

「完璧なフィッティングの服を着ることが、本当に美しいのだろうか?」

服を着るとき、人は自身の体型に最も適切なサイズ感の服を選ぶ。サイズが合わない服を着たなら、人は鏡に映る自分の姿にノイズを感じ、首を傾げる。いくらデザインが気に入ったとしても、サイズが合わなければ服を購入するには至らない。それがファッションにおける常識だった。

しかし、ザ ロウの2020SSコレクションを見ていると、その常識は本当に正しいのだろうかと疑問を抱く。オルセン姉妹が仕立てたノイジーなシルエットは、服と身体の関係を新たに問い直すコンセプチュアルな匂いを僕に訴えてかけてきた。

一見するとコンセプチュアルなデザインとは無縁に思えるザ ロウ。スーツを軸にシャツやスカート、ニットなどのベーシックアイテムを、最高級の素材とモードなカッティングによって仕立てたモダンウェア。これらの形容がザ ロウにふさわしい表現なのかもしれない。

しかし、ベーシックアイテムの形を残存させたまま、サイズ感に微妙な齟齬を起こしたかに見えるデザインは、手法の単純さとは裏腹にザ ロウにコンセプチュアルな匂いを漂わせた。それは複雑さと、複雑さの重層性でもってコンセプチュアルなデザインを得意とする日本ブランドとは異なるアプローチでもある。私が2020SSシーズンのザ ロウから捉えた奇妙で難解な感覚は、オルセン姉妹が意図して作り出したものかどうかはわからない。しかし、結果的に彼女たちは示すことになった。簡潔な方法であっても「問題をデザインすること」が可能なことを。

これまで当たり前だと思っていた常識がそうでなくなった瞬間、新しい創造が生まれる。サイズという概念が壊れたなら、服の価値はどこに求めるべきなのか。これまで僕たちが美しいと信じてきた服は、これからも美しくあり続けるのか。オルセン姉妹の新たなる挑戦は始まった。彼女たちは美しさの真意を世界へ問いかける。

〈了〉

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