ステラ・マッカートニーは颯爽と軽快に

スポンサーリンク

AFFECTUS No.182

一人の人間が持つ趣向が一つとは限らない。アヴァンギャルドな服をデザインするデザイナーが、実生活ではシンプルで綺麗な空間を好んで生活することだってあるだろう。ある一面を見て、人間を断定することはできないし、逆に言えば矛盾を当たり前に抱えていることが人間の複雑さであり面白さであり、魅力にもなり得る。

統一されていないことを肯定する。調和や均衡が必ずしも正解ではない。クリエイティビティは異なる要素と異なる要素が対面した、その隙間にこそ潜んでいる。ステラ・マッカートニー(Stella McCartney)のウィメンズウェアは、その事実を物語る。

ステラがデザインするウィメンズウェアに欠かせない要素として、メンズテーラリングがあげられる。時代のスタイルがこれだけカジュアル化に進行しようとも「ヴェトモン(Vetements)」の登場以降ストリートブームが全盛であった時も、彼女はテーラードジャケットを取り入れたスタイルを幾度となく発表し、服をシックに着こなすことの美しさを、ステラはコレクションを通して訴えてきた。

テーラードジャケットと共にもう一つ、彼女が発表を続けるアイテムがある。それはドレスだ。彼女のドレスは、レッドカーペットのような華やかな場に着るセレブなドレスではなく、僕たちが暮らす生活の延長線上にある日常を、非日常に変える可憐な可愛さと作り込まれた緻密な細部を備えたリアルドレスである。

アールヌーヴォーを連想させる、花や植物をモチーフとする有機的かつ曲線的カットのディテール、プリントやレースをステラは好んでドレスに使用する。だが、彼女のデザインするドレスは多様な色彩が使われていたとしても、その印象はビビッドではなく褪せたスモーキーな印象を抱かせ、古着屋で発見したフラワープリントのヴィンテージドレスを、日常的に着こなすファッションセンスに秀でた女性の姿を思い浮かばせる。ステラのイメージする女性は、メンズテーラリングも好きだけれど、花柄やレースを用いたフェミニンなドレスも好きという対極のファッションを極めてナチュラルに楽しんでいて、ファッションが面白いということを改めて認識させてくれる。

ステラと同様のデザインテイストが、メンズウェアの領域で他のデザイナーたちは実現できているだろうか。僕はその問いに首を振る。もちろん男性の服にもボタニカルなプリントやカラーパレットは見られる。ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)はまさにその代表格になる。だが、メンズウェアにおいて、ステラほどに可憐でシックな可愛さを乗せてボタニカルな表現を実現させているデザイナーはいない。

逆にウィメンズウェアに領域を移せば、可憐でシックな可愛さはステラの専売特許とはならず、むしろウィメンズウェアで活躍する女性デザイナーたちが得意とする領域になってくる。しかし、今度はステラのもう一つの武器、メンズテーラリングが輝く。彼女のデザインするジャケットは、他の多くのウィメンズジャケットとは異なり、シルエットが実にざっくりとした潔さと構築された硬さがあり、加えて流麗な軽量感も添えられているという二面性を備えている。硬質であるはずのジャケットに、シルエットの軽量感が軽やかな美しさを添え、モデルたちに颯爽とした空気を漂わす。

ランウェイを歩く女性モデルを見ていたら、パリなのかロンドンなのか、はたまた東京なのか、そこがどこの街かはわからないが、ランウェイが現代都市の街中だと錯覚してしまう。それほどにステラのコレクションにはリアリティが立ち上がっている。ステラ自ら街中を歩く女性たちの中から、服のチョイスと着こなしが魅力的に思った女性に声をかけ、そのままの姿でコレクションに登場してもらった。ステラのコレクションは、そんなふうに表現したくなるリアルなモード感が確かに存在する。

ステラは決して時代を革新するデザインを発表しているわけではない。そのことは彼女の服を見れば一目瞭然である。しかし、それでも彼女の服は世界中の女性たちの心を捉えてきた。革新性がなくとも装うことの魅力が感じられる服には、人を「新しい」と思わせるよりも「着てみたい」と思わせることで心を動かす。そんなデザインを実直に継続してきたのが、ステラ・マッカートニーというデザイナーだ。

ヴィンテージなフラワープリントのロングドレスを着て、オーバーサイズのブラックジャケットを羽織り、街を歩こう。ステラ・マッカートニーを着れば気分は上がり、歩き出したくなる。きっとその姿は、街という日常を非日常にする。

ファッションに境界はない。ルールもない。これまで正しいとされてきたルールが、これからは新しいルールに取って代わられる。そんなファッションの持つダイナミズムが、人々を虜にしてきた。ステラはファッションのダイナミズムをデザインする。重々しさも、痛々しさも、深刻さもなく、颯爽と軽快に。彼女はファッションを楽しむ。

〈了〉

スポンサーリンク