新しい才能を披露したサミュエル・ロス

AFFECTUS No.185

若く瑞々しい感性を持ち、屈託なく自由が魅力であった若者も、時が経ち年齢を重ねれば否応なしに環境は変わり、それまでの考えとは異なる生き方を強いられることがある。あるいは、自らが望んで新しい考えと新しい生き方を選択する人間も現れるだろう。

誰にでも変化は訪れるもので、その変化を受け入れることが成熟への一歩を示すならば、2020年1月、サミュエル・ロス(Samuel Ross)はその一歩をミラノで踏み出したと言える。ロスが2015年に立ち上げたブランド「A-Cold-Wall(ア コールド ウォール)」(以下ACW)は、ロンドンを代表するストリートブランドであり、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)の下でグラフィックデザイナーとしてキャリアを積んだロスは、ストリートマインドを体現するモダンなデザイナーだ。

ロスのデザインはワークウェアやスポーツウェアを連想させるアイテムをベースに、ディテールワークの細かさに特徴がある。直線と曲線のカッティングを織り交ぜながら衣服上で切り替えたアイテムは、まるでスポーツ選手のトレーニングウェアと同種のテイストを匂わせ、ドットボタンとファスナーを多用し、ポケットの配置を数・場所共にアレンジを加え、光沢感ある合繊素材の使用感とフードやスタンドカラーのディテールは、スポーティでありながらフューチャリスティック。

このようにロスは、安易にストリートと形容することのできない複合的特徴をデザインに備えている。しかし、多様な魅力を持つロスのデザインが、ロンドンからミラノへと発表の場を移したことで驚くべき変化を見せる。それまでロスがデザインした服は、シルエットはベーシックながらも多くの要素を1着の中に込めた主張の強いものであった。だが、ミラノで披露されたのは、従来の特徴であった緻密で挑戦的なカッティングとディテールが抑制され(決してなくなったわけではない)、布の量感を美しく見せるシンプルな服へと移行していた。

1stルックで登場したのはテーラードコートを共布ベルトでウェストを絞り、チャコールグレーのパンツを合わせたクラシックなスタイル。僕は驚く。ロスがこのようなシックでエレガントなスタイルを発表したことに。

それはまるで、ストリートキッズが大人へと成長し、フーディからジャケットへと、新しい自分のための新しい服を着用しているようであった。スタイルがクラシックへシフトし、デザインがシンプルになったことで、シルエットの美しいバランスが露わになる。ロスにこのようなセンスがあったとは。僕は再び驚く。

それは僕にとって美しい服だった。色使いはブラックやグレー、シックな色調のブラウン系やグリーン系、色褪せたブルーも挟み込み、ワークウェアとクラシックの間を行き来する泥臭くもエレガンスを讃える一方で、ロスはこれまで自身のデザインを特徴づけてきたディテールワークの細かさをささやかに表現し、従来の上質重厚なクラシックスタイルとは一線を画す雰囲気を作り上げる。

ここにロスのNew Styleが完成する。そのスタイルを見て、僕はあるデザイナーの服を思い浮かべる。ロスと同じくロンドンを拠点に活躍するキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)だ。現在キコはアヴァンギャルドな方向へデザインをシフトさせているが、初期に発表していたワークウェアをモード化した服は、今でも僕にとって大きな魅力を実感させるデザインだった。

僕はあの服が見られなくなったことを、とても残念に思っている。デザイナーは進化していくもので、スタイルが変遷することは当たり前のこと。けれど、ワークウェアというクールとは程遠く、モードでは主役とはならない服を、ロゴや柄といったグラフィカルな装飾性とは距離を置き、シルエットの切れとカッティングの妙でワークウェアをモード化した服は、それまでありそうでないという人々の意識の隙を突くデザインであった。

あのころのキコと、今回AWCで新デザインを披露したロスが僕の中でオーバーラップする。一見すれば、キコとロスのデザインは異なる。キコの方がより無装飾かつ簡素で、ロスはキコよりも構造に複雑さがあり、印象も埃っぽく泥臭い。だが、それでも僕はロスとキコに同じ匂いを感じ、服を愉しむ感覚を思い起こす。

「あの服が着たい」

服に袖を通し、鏡の前に立った時のあの胸の高鳴りを。

人間が変化した環境で見せる新しい姿に、驚くことがある。こんな一面があったのかと。想像もできていなかった姿であればあるほど、そこには面白さと驚きが潜み、そのギャップが気分をハイにさせる。サミュエル・ロスは僕が思いもしなかった新しい才能を見せてくれた。ファッションの愉しさを堪能させてくれて、ありがとう。

〈了〉

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