毒を見せ始めたアミ アレクサンドル マテュッシ

AFFECTUS No.190

幻想の世界と創造の競争が共存するパリメンズコレクション。そんな世界において、極めて現実的かつ普遍的な服を継続して発表するブランドといえば「アミ アレクサンドル マテュッシ(AMI Alexandre Mattiussi)」があげられる。

毎シーズン、コレクションが発表されるたびに僕はいつもこう思う。

「ほんと普通の服だ」

パリコレクションで発表される服の多くが、デザイナーが自身の創造性の限りを尽くし、そのエネルギーを表現へとパワフルに昇華させたデザインである。しかし、アミは違う。例えば2017AWコレクションはアレクサンドル・マテュッシの創作姿勢が如実に表れている。

「あ、やばい!遅刻する!あー何着て行こう!」

発表されたスタイルから僕はそんなセリフが浮かんできた。

一人暮らしの男の子が寝坊してしまい、慌てて大学へ行く準備を始める。急いで用意を終わらせなくてはいけない。けれどダサい格好は嫌で、短い時間の瞬間に自分がその時いいと直感的に捉えた服を手に取った。すごく服好きの男の子が慌てて着た服装。完璧には整えられていない。でも品格がある。そんなわずかなバランスの崩れが、逆に現実感を伴って和める安心感をもたらし、日常に溶け込みすぎたスタイルにも魅力があることを知った。

僕らが気にすることのない何でもない服装にも「カッコよさ」がある。それをモードなバランスに整え、アミは僕らに披露する。普段人々が気づくことのできない美しさを拾い上げるという意味では、現在トレンドの醜さがクールであるアグリースタイルと共通点がある。しかし、完成したアミのスタイルは装飾的なアグリースタイルとは対極のシンプルさであり、王道のエレガンスにカウンターを仕掛けた形になるアグリースタイルにさらなるカウンターを仕掛ける、王道エレガンスに対する二重のカウンターにも感じれる重層的デザイン構造を潜んでいる。

普通の中に潜む美しさを、デザインの先端性を競い合うモードの舞台で見せる。それはとても勇気のいることだ。だけど、アミにそんな気負いは見られない。マテュッシ自身の惹かれるエレガンスを自然に力むことなく、シックな装いであることを大切にしながらデザインする。自分の好きな人たちが着たくなる服を作る。そんなふうに感じられる距離感の近いパーソナル感覚がとてもいい。本来、衣食住の一つを成す服とは、生活のリアリティに根付いて発想されるべきものなのかもしれない。

しかし、そんなアミに変化が起きる。始まりは2020AWシーズン。それまでの上品かつ綺麗な脱力感を伴うベーシックスタイルが雰囲気を一変させる。ブラックカルチャーと溶け合うように音楽性と挑発的色気がスタイルへと宿り、黒い服を纏う男たちの姿はこれまでアミが発表してきた男性像よりもずっとダンディでセクシーだった。普通の服を発表してきたアミだったがゆえに、この変化は僕にとってとても大きく多く感じられた。

翌シーズン、変化はさらに進行する。渋く色気のある男性は毒を纏い始めたのだ。シンプル&シックの装いは保持しつつシャツの前立ての両端に挟み込まれたフリルは、変化したスタイルを象徴するディテールとなった。アミは自身のスタイルに添える装飾性を通して、男の毒を表現する。

ボーダーは水平のラインではなく斜めに、しかも畝りながら線を描き、身体の上を何本も走っていく。黒いシャツとパンツ、そしてシャツの上に着用したベージュのニットを合わせた装いはメンズスタイルの代表的スタイル。だが、ニットには白黒のイラスト調と呼べる男性の顔が描かれ、モノトーンのポップアートとも言える雰囲気を醸す。

ファッションデザインに現れたアグリーという新潮流。アミが発表した2020AWコレクションは、アレクサンドル・マテュッシ流アグリースタイルと僕は呼びたくなる。だけど、デザイン要素をデコラティブに盛り付けるアグリーとは距離を置き、あくまでスタイルの軸はこれまで一貫して発表してきたシック&シンプルで、コンテクストの潮流ににじり寄りながらも、自身の解釈を添えるテクニカルなデザインを披露した。

普通の服を作り続けてきたように見えたアレクサンドル・マテュッシは、やはりモードの舞台で生きるデザイナーだった。僕はマテュッシの提示するアミのNew Styleを歓迎する。カッコイイからだ。

カッコよさこそがすべて。カッコよさがあるからこそ、ファッションは人の心を打つ。毒でさえも、ファッションはカッコよく見せる。時代の美意識を変える力を持つもの。それがファッション。

アミが僕らに見せる毒を楽しもう。

〈了〉

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