AFFECTUS No.192
ロンドンコレクションといえば、デザイナーがあふれんばかりの創造性を爆発させた大胆かつ迫力あるデザインが多い。パリもダイナミックなデザインは多いが、パリで発表されるコレクションはロンドンよりも洗練されており、一方ロンドンはパリよりも荒々しく、未成熟な印象も多々受ける。だが、その未成熟さがパリにはない魅力となり、ロンドンは新しい才能を生み出す土壌となってきた。
そんなロンドンにあって、実に渋く味わい深いメンズウェアを作るブランドがある。2009年からパトリック・グラント(Patrick Grant)がデザイナーを務めるブランド「E.TAUTZ(イー・トウツ)」だ。E.TAUTZはグラントのシグネチャーブランドというわけではなく、設立は1867年にまで遡るほどの伝統を誇る。創業者はエドワード・トウツ(Edward Tautz)。トウツはエドワード7世が顧客でもあった「ハモンド&コー(HAMMOND&CO.)」で腕をふるったカッターであり、彼の実力は評判を呼んでいた。ちなみにトウツはニッカボッカーを発明した人物でもある。
そのトウツをリブランディングし、新たなる顧客の獲得に成功させた人物が、現在のデザイナーであるグラントになる。
先ほど述べた通り、ロンドンといえば爆発的な創造性が魅力だ。ロンドンはヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)、アレキサンダー・マックウィーン(Alexander McQueen)といった傑出したデザイナーを生み出し、その伝統は現在にまで続き、クレイグ・グリーン(Craig Green)やキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)といった若き才能を世に送り出している。
アヴァンギャルドなエネルギーに満ちたロンドンで、グラントがE.TAUTZで発表する服は極めてシンプルだ。古着屋で見つけてきた父親世代のシルエットがボリューミーで野暮ったい服が、現代の若者たちには新鮮かつクールに見え、ワードローブに取り入れて着こなしている。そんな印象を受けるコレクションである。
パターンや素材に特別な技巧や工夫は見られない。ベーシックでシンプル。メンズウェアのスタンダードを丁寧になぞり、グラントがシルエットと素材に焦点を当てコレクションを製作している。そんな服が、ロンドンで輝きが放つ。
なぜ、こんなにも「普通の服」が魅力的に見えるのだろう。モードというファッションデザインの先端性を競う舞台で、しかもロンドンというアヴァンギャルなエネルギーが満ち満ちた舞台で、普通の服が発表されるからこそ逆に存在感が立ち上がるというトリックはあるかもしれない。
しかし、それだけの理由では目立ちはしても魅力的に見えるとは限らない。やっぱり何かが輝いているからこそ、E.TAUTZの服は魅力を放っているのだ。いったい何が光り輝いているのだろうか。
僕は「最高の普通」という言葉が浮かんできた。
建築への興味を増している僕は、時間があると、いや時間を作っては建築設計事務所をネットでリサーチしては、設計された建物を見ては楽しんでいる。その中に、一つ目に止まったデザインがあった。それは建築設計事務所という括りとは異なるが、オリジナル家具や雑貨を製造販売し、インテリアショップも運営している「ランドスケーププロダクツ(Landscape Products)」であった。2000年の創業以降、人気を高めていたランドスケーププロダクツには次第にインテリアデザインへの要望が高まり、住宅やオフィス、店舗の設計を行うようになる。
ランドスケーププロダクツのインテリアデザインに驚きや派手さはない。白い壁に無垢のフローリング。手がけてきたデザインに散見されるのは住宅のスタンダードだ。そこに見るものを驚かす爆発的な創造性を感じるのは困難だろう。
だが、ウェブサイトに掲載された写真をいくつも眺めていくうちに、こんな気持ちに囚われていく。
「なんだかわからないけど、いいかもしれない……」
極めて普通なのに魅力がある。
デザインというと、世の中はインパクトのあるものに反応しがちである。しかし、インパクトはデザインの一側面に過ぎず、すべてではない。世の中には派手さも驚きもいらない、欲しいのは普通という人々がいる。それは生活に最も根ざしていると言える住宅にあっては、顕著になるのではないかと思う。
何十年と住み続けていくことになる住宅において、その時代注目のデザインを取り入れることよりも、普遍的な価値観でデザインされた「普通の空間」で過ごしたい。だけど、その普通は最高であって欲しい。求めているのは最高の普通。僕にはランドスケーププロダクツのインテリアデザインが、そのように感じられた。
そして僕は、ランドスケーププロダクツと同種の感覚をE.TAUTZから覚える。コレクションに登場する服は、どれも普通。どこかで見たことのあるアイテムと素材ばかり。しかし、ファッションの基本要素であるシルエット・素材・スタイリングに焦点を当て、技巧や創造からは距離を置き、シンプルさをベースにして「豊かな美しさ」を追求する。それが野暮ったく見えるはずのE.TAUTZの服にエレガンスを宿す。
豊かな美しさを追い求めることで、普通を最高にしていく。僕はこのアプローチに創造性を感じてしまう。実に心地よい創造性を。
一枚の白いシャツがある。これをパターンも素材も普通から逸脱せずに、魅力的に見せられるか。そう問われたら、僕には難問に思えてしまう。いったいどんな答えがあるのだろう。しかし、その難問にパトリック・グラントはE.TAUTZを通して「最高の普通」という解答で答える。
人生に彩りを添えるのは、最高の一日よりも、ありふれた毎日なのかもしれない。
〈了〉