AFFECTUS No.193
気がつくと、新しいブランドがデビューしている。それがファッション界であり、次々に登場するブランドの数は増えるばかりで、コレクションのすべてを把握するのはもはや不可能に近い。けれど、偶然新しい魅力を備えたブランドを発見することがある。その瞬間の刺激は、ファッションを楽しむ醍醐味の一つに数えられる。
2020AWパリメンズコレクション、僕はファッションの醍醐味を味わう。ある一つのブランドを知ることによって。名を「カサブランカ(Casablanca)」と言う。僕の心を捉えたのはギャップだった。メンズウェアと聞いた時に抱くイメージと、カサブランカが発表したデザインに僕は大きなギャップを感じてしまい、それがカサブランカへの興味を掻き立てる要因となった。
何百年も前に描かれた絵画のような淡い色調の動物・人間・植物・風景が全面にプリントされた素材を用いたシャツやパンツは、シルキーな輝きを放ちながら昨今トレンドのボリューム感とは距離を置き、適度なゆとりを入れてスマートに作ったクラシックなシルエットで渋く美しく佇む。カサブランカを纏う男性モデルの姿にはヒップホップテイストも混じり合い、現代カルチャーの匂いも滲む。けれど、僕の心を揺らした最大の要因はそれらのいずれでもなく、カサブランカが備えていたメンズウェアと縁遠く思えるファンタジーの豊富さ、そこに僕は惹きつけられた。
「男の服でこれほど幻想的な印象を抱くことがあるのか。しかもフェミニンタッチにならず渋さを抱いたまま、クラシックスタイルを軸にヒップホップも混ぜて」
僕がこれまでのメンズウェアからは覚えなかった感覚を覚えたことが、ギャップへと繋がってカサブランカへの興味をさら大きく強くする。
しかしながら、上質上品でシンプルな美しさを備えた服を好む僕にとって、カサブランカのデザインはクラシックスタイルの美しさに多少の共通点はあれど、多くの点で異なる。とりわけファンタジーという要素は、僕の好みとは最も違いが顕著だった。正直に述べれば、僕はファンタジー要素を感じるメンズウェアが苦手だ。
それでもカサブランカへの興味が消えることはなく、コレクションの観察は終わらない。
「男が備えるダンディズムを、カサブランカは従来のファッションデザイン史には見られない解釈でコンテクストに刻んでいる」
僕はそんなことを思う。
光沢感ある素材に幾何学柄を摸したブラウン系のダブルブレステッドスーツを着用し、スカーフを首に巻いて膝下丈のライトグレーのテーラードコートを肩から羽織ってランウェイを闊歩する。そんなモデルの姿にはラグジュアリーな空気が漂う。だが、彼らの歩いたランウェイにはダンディズムに染まっただけのスタイルとは異なる、男の内面に潜む儚く美しい繊細さが残り香のように揺らめいている。
男の繊細さを作り上げるために、男性にスカートやワンピースを着用させる手法や、スクールテイストのスタイルを軸にする手法とは異なる手法、ファンタジーを媒介にし、クラシックスタイルに乗せてヒップホップの味付けを加える手法の選択。僕はカサブランカのデザインにコンテクスト的意味を見出した。コレクションの初見では言葉にすることができなかったけれど、感覚的に捉えられたからこそ、自分の趣向とは異なるデザインと自覚しながらも心惹かれた理由なのだと、今この文章を書きながら僕は自身の感情を理解することができた。
ファッションは、同じ魅力を伝えるであっても、表現方法が異なれば受け手が受ける印象はまったく異なる。新しい価値観を作ることは重要ではあるが、旧来の価値観を新しい表現方法で伝えることもファッションデザインにおいては同様に重要であり、ファッションを今ここからさらに先へと前進させる契機にもなる。
衣服の上に描かれた犬や鳥、花々に木々、人間が、僕に古典文化の復興を目指したルネサンス期の世界を思わす。男の身体の上で幻想が踊る。カサブランカはメンズウェアの可能性を拡張する。
〈了〉