コム デ ギャルソンから考察する現代の新しさ

AFFECTUS No.196

ファッションにおける新しさは、時代の変遷と共に変わっていく。10年前なら新しいと感じられたデザインが、現在では新しく感じられない。その逆もまた然りで、10年前なら古く感じられたデザインが10年経った今、とてもモダンに感じられる。そのようにして、ファッションにおける新しさとは時代の価値観が移り変わるのと並行し、変遷していく。

「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」といえば、ファッション界において「新しさ」の代名詞と言える存在だ。1997SSシーズンに発表された通称「こぶドレス」を代表に、我々が衣服に抱く造形の既成概念をこれでもかと破壊し尽くし、ファッションデザインの可能性を押し広げてきた。

しかし、僕は近年のコム デ ギャルソンが発表するデザインにモヤっとした感覚を覚えることが増えてきた。その感覚を表するなら、それは「疑問」と言える類の感覚であろう。

今日はその疑問について、一体何が理由なのか、僕が抱く感覚を言葉にして解きほぐしていきたい。ここで述べられることは、僕個人が抱いた感覚であり、もしかしたら他の誰とも共有できない可能性もある。しかしながら、その感覚を言葉にすることを試みたい。

まずは僕の抱いた疑問について述べていこう。その後、僕の疑問に対する解答のヒントになると感じた二つのブランド、「メリッタ・バウマイスター(Melitta Baumeister)」と「リック・オウエンス(Rick Owens)」のデザインについて触れていきたい。

1.抽象的で巨大な造形は新しいのか?
コム デ ギャルソンのデザインで真っ先に僕が連想するのは、果たしてそれが服と呼べるのか、そもそも服とは何なのかという疑問を感じさせる、抽象的で巨大な造形である。

とりわけ近年、コム デ ギャルソンはそのデザイン傾向に拍車をかけ、まるで巨大な布のオブジェと表現できる造形を発表している。強烈なインパクトのコレクションである。

そこに僕はモヤっとした感覚を感じた。確かに強烈なインパクトがある。しかし、インパクトがある=新しいのか?という疑問が生じたのだ。なぜそのように感じたのか。その感覚を深掘りしていくと、抽象的で巨大な造形という手法が前時代的に感じられてしまったことだと気づく。

ファッションは時代と呼応して変化していく生き物である。服を着ることは時代を着ること。そう僕は捉えている。そんなファッションにおいて、次々に変化する時代の感覚を無視することはできない。時代の感覚が投影されるからこそファッションは魅力を放ち、人々を魅了させるのだと僕は現在の活動を始め、過去のデザインと時代背景を調べていくうちに学んだ。

それでは現在の時代が抱く感覚とは何だろうか。これは僕の意見になるが、現実と非現実の境界が曖昧化していると捉えている。それはどういことだろうか。

先日、話題になったニュースに和牛券と魚介券がある。ご存知の方も多いだろう。現在、生産者が受けたダメージに対応するため、自民党が打ち出した構想である。「お肉券」「お魚券」とも呼ばれ批判が続出したが、一瞬これはフェイクニュースなのではないかと疑った方もいたのではないだろうか。

すると数日後、僕がTwitterを見ていると「DJ券」なる言葉が目に飛び込んできた。和牛券と魚介券のこともあり、恥ずかしながら僕は一瞬それが自民党が提案する新しい構想なのだと信じてしまった。しかし、その際、隣にいた友人がDJ券がフェイク、コラ画像であることを教えてくれ、「今は何がフェイクニュースかわからない。本当のニュースもフェイクに見えてくる時代」という発言に共感を覚えた。

昨晩、日本政府は1世帯に布マスク2枚を配布すると発表するが、一瞬エイプリルフールなのではと感じられた。しかし、これは現実であり、現実がフェイクを凌駕してきているように思える。

これは今回の商品券に限った話ではなく、今僕たちはインターネットの力によって、インターネット以前ならショップやレストラン、映画館といったリアルな場に赴くことで体験できたことが、自宅にいながらスマートフォン片手に体験できるようになっている。リアルな場にいなくても体験できる。テクノロジーもその体験を進化させる。VR(仮想現実)とAR(拡張現実)も同様の体験の一種だろう。

このようにして僕たちは現実と非現実の境界が曖昧になった時代を生きており、それが現代の時代が備えるリアルな感覚だ。時代の空気とイコールになるファッションにもそういった現実と非現実が混在した時代感覚が投影されるのは自然だと考えると、僕は現在のコム デ ギャルソンに疑問を感じた。

あまりに巨大で抽象的な造形はオブジェにも感じらてきて服という存在を忘れさせ、その服(布のオブジェ)は着用するモデル(人間)というリアルな存在も霞ませる。そのことが、先述の現代に流れる「現実と非現実」という時代の空気から断絶しているように感じられてしまったのだ。このことが僕に、現在のコム デ ギャルソンが発表するデザインに「それは本当に今の新しさなのだろうか?」「インパクトがある=新しさなのだろうか?」という疑問を生じさせる理由だった。

2.メリッタ・バウマイスター
では、今の時代の空気を捉えたファッションデザインとはどのようなものだろうか。その代表例として僕はまずは一つのブランドをあげたい。それはドイツ出身のメリッタ・バウマイスターが立ち上げた、自身の名を冠するシグネチャーブランド「メリッタ・バウマイスター」である。

バウマイスターはデビュー早々に、コム デ ギャルソンが運営するドーバーストリートマーケットでも取り扱われるなど、注目される若手ブランドである。バウマイスターのデザインには「ウェアラブルなこぶドレス」と呼びたくなる現実と非現実の混在が見られる。

彼女のデザインベースはジャケットやコートなど、ベーシックなアイテム群である。シンプルなアイテムをベースに、バウマイスターは通常のベーシックアイテムにはまず見られない非現実的なフォルムを混在させる。最新コレクションの2020AWシーズンでもそのデザイン傾向が見られる。

全身黒のタイツに見えるルック。黒い布は女性モデルの身体に隙間なくフィットし、人間の身体というリアルを訴えてくる。しかし、袖は黒の全身タイツとはあまりに不釣り合いな異様な造形が両腕に取り付けられている。僕が想像したのはカタツムリの巻貝状の形だった。そんなフォルムが袖として全身黒のタイツに取り付けられている。

これは極端なデザインの一種になるが、バウマイスターはこのようにしてシンプルでベーシックなアイテムをベースに異形なフォルムを織り交ぜ、ベーシックアイテムに非現実感を立ち上げる。僕はこのデザイン手法が現代のファッションにおける新しさではないかと思えたのだ。

3.リック・オウエンス
そしてバウマイスター以上にリアルな要素を用いてアンリアルなデザインを発表したのが、リック・オウエンスである。彼が2016SSシーズンに発表したコレクションは、まさにその代表と言える価値を持つデザインだ。

このコレクションは一見すると、かなり異様である。女性モデルがもう一人の女性モデルを逆さまにして前あるいは後ろに背負う形で、ランウェイに登場する。あまりに異様なルックは見る者を驚かせ、笑いの対象にもなった。無理もない。このコレクションを見て吹き出さない人間がいるだろうか。いったい、リック・オウエンスはどうしたのだと思われても不思議ではない。

だが、このコレクションには大きな価値がある。人間の身体というこれ以上ない現実要素を用いて、これまでのファッションには見ることのできない非現実的な造形を作り上げていた。これはコム デ ギャルソンが発表したこぶドレスを現代の時代感と呼応させるようにアップデートした、極めてモダンなデザインだと言える。もちろん、現実世界では着用することのできないファッションではあるが、次のファッションを巡る創造性が競い合われるモードという舞台においては、リック・オウエンスが発表した2016SSコレクションはファッションデザインの文脈に新しさを刻む価値がある。

このコレクションは現実と非現実の境界が曖昧になった、極めて秀逸なコレクションだと僕は捉えており、その後リックは人間の身体というリアルを感じさせながら、SF的世界観と融合させた自身の世界を織り交ぜた時代の空気を投影したデザインを行なっている。

4.コム デ ギャルソン オム プリュスの価値
僕は、現在の新しさをより表現しているのはコム デ ギャルソンよりも先述のバウマイスターやリック・オウエンスだと捉えているが、ではコム デ ギャルソンのデザイナー、川久保玲はモダンデザインを行えていないのかと言うとそれを僕は否定する。

川久保はメンズラインである「コム デ ギャルソン オム プリュス(Comme des Garçons Homme Plus)」で、モダンデザインを披露している。このことはこれまで何度か述べてきているため、ここでは簡潔に表現したいと思うが、メンズウェアという保守的な衣服の上で川久保は従来のメンズウェアにはないアヴァンギャルドな精神を乗せ、現実と非現実が混在した見事なファッションを披露している。このことが、僕が川久保の創造性を今最も楽しむならコム デ ギャルソン オム プリュスだと言う所以でもある。

今回焦点を当てる要素は以上になる。

現在コム デ ギャルソンが発表するデザインが、本当に今も新しいと言えるものか。自分が抱いたその感覚の理由を探るため、このようにして言葉にすることを試みた。僕の考えでは、ファッションは時代との呼応が重要だと捉えている。それがあるからこそ、人々は魅了される、魅了されてきたと、フアッションの歴史を見てきて僕が感じたことだった。その意味で現在のコム デ ギャルソンに疑問を感じた。だが、より詳細に言うならばウィメンズとメンズでは異なるということになる。メンズラインのコム デ ギャルソン オム プリュスはとびっきりにモダンなデザインを行なっている。

僕とは異なる意見を持つ方もいるだろう。それもファッションだと言える。この文章を読み、もしギャップを感じたならそのギャップを楽しんでもらえたらと思う。それが「ファッションを読む」という体験の一つになるから。

ファッションは次の時代の新しさに向かい、動き続けていく。

〈了〉

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