時代の空気を逃さないフィリップ・リム

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AFFECTUS No.199

モードと聞いた時、どんなファッションを思い浮かべるだろうか。おそらく多くの人が浮かべるイメージは「この服は、いったい、どこで、誰が着るのだろうか」と疑問を抱くほどに服の外観から強烈な印象が迫ってくる服だと思われる。しかし、それはモードの一面に過ぎない。世界には、日常で着用できる現実性を伴いながら、非現実性=モードを服に吹き込めるデザイナーがいる。

フィリップ・リム(Phillip lim)は間違いなくその一人と呼べるデザイナーだろう。しかも世界最高クラスという注釈付きの。彼は自身のブランド「3.1 Phillip lim(スリーワン フィリップ・リム)」を立ち上げるや否や、シンプルで小気味の良いデザインと、他のモードブランドと比較して手が届くプライス設定のバランスが市場に受け、瞬く間に人気ブランドへと駆け上がっていった。

現在のリムは、デビュー時の初期に比べてデザイン性が強くなり、モード感を増している。しかし、それでも決して人々が街で着ることのできる服としての現実性を失っていない。リアルとファンタジーを紡ぐ抜群のセンスは、最新2020AWコレクションでも健在だ。

ゆったりとしたシルエットは、ビッグシルエットの名残とビッグシルエット以降の進化を始めた今を捉えるモダニティにあふれ、グリーンやオレンジを混ぜながらブラックやブラウンといったベーシックカラーと組み合わせるカラーコンビネーションは、堅実でありながら視線を捉えて離さない存在感を放つ。

目を惹くアイテムはテーラードジャケット。肩幅が広く、シンプルにデザインされたマニッシュな印象のジャケットは、80年代的であり90年代的であり今である。リムのミックス感覚は抜群だ。トレンチコート、シャツ、ニットという現代女性の誰もが着たことがあるであろう普遍的なアイテムを、日常と非日常の感覚を行き来しながら混ぜ合わせ仕立てられた服は、最先端と形容するに申し分ない最高の魅力を備える。

モードの中にあってリアリティを表現できることが魅力のリムだが、彼は大胆であることを恐れない。素材の表面を斜めに横切る広幅のワイドなラインは、クリーム色と深みのあるグリーンが用いられた斜めに配された大胆なボーダーにも見え、加えて絞り染めのような滲みも施された柄素材である。そんな素材をリムはパンツに、シャツへと用いる。素材にそれだけのインパクトがあるのだから、服のデザインはシンプルに。通常、そういったバランス感覚を発揮するデザイナーは多い。

しかし、リムは違う。たしかに一見するとシンプルなパンツやシャツではある。だが、パンツは絶妙にフォルムを大きく膨らませてから裾へと絞っていき、裾口のサイドにはスリットを入れ、シャツは襟腰も低いスタンドカラーを用いて、素材のインパクトを吸収すると同時に、服に絶妙なニュアンスを立ち上げるディテールやシルエットを自然に違和感なく持ち込むことで「シンプルなんて言ってくれるな」というメッセージを感じるほどに、リムは街で着るための服にモードの息吹を吹き込む。

リムが2005年にデビューしてからファッション界には、大きなトレンドのうねりがいくつも起きた。ノームコアからストリートへ、スキニーからビッグシルエットへ、シンプルからアグリー、そしてアグリーからエレガンスへと。数えるだけでもこれだけの変化が、リムがデビューしてからの15年間に起きている。その間、リムは一貫して世界の第一線を走り、人気デザイナーとしての地位を維持し続けている。

トレンドに乗ることを嫌う人も多いが、トレンドに乗るのもファッションの面白さ。自分の好きなスタイルを時代の中から探し当て、作りあげることは刺激的である。もしトレンドを楽しみたいとあなたが思うなら、フィリップ・リムを選択肢に加えるべきだろう。彼は時代の空気を逃さない。

ファッションとはその言葉の意味通りに言えば、流行である。流行に乗るのか、流行を作るのか。あえて言えば、デザイナーのタイプとしてリムは前者になるだろう。流行に乗る。その言葉の響きからネガティブなイメージを持つかもしれない。しかし、流行に乗って価値を作ることはそんなに簡単なものではない。節操がないほどに次々に新しさを求めていくファッション=流行の波に乗って、自身の創造性を表現し、市場において価値を作ることは想像以上の困難さと精神的強さが求められる作業だ。

リムはその作業を15年間世界のトップで続けてきた人間だ。彼のセンスに委ねることは悪いことではない。ファッションという波の行き先は、リムが先導者となって案内してくれる。3.1 Phillip limがもたらす心地よい興奮と刺激は、ファッションの醍醐味だ。

〈了〉

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