ステファン・クックは勝者となり得るか

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AFFECTUS No.204

ファッションは多種多様なスタイルであふれている。人間の数だけスタイルがある。そう表してもいいほどに。スタイルに好き嫌いはあっても、正解不正解はない。もちろん、場所・時間・気候によって適切不適切なスタイルはある。しかし、それら諸条件に適したスタイルの中でも、また様々なスタイルへと具体化・細分化され、そこでも好き嫌いはあるが正解不正解はない。誰かの嫌いは、誰かの好きでもある。それがファッションだと僕は思う。

世界中にあふれるスタイルの最先端が、各都市のファッションウィークで発表されるコレクションになる。シンプルで美しく、今すぐ着て街を歩きたいと思うスタイルが発表される一方で、いったいどこで誰がどう着るのだ?と疑問を抱かせるスタイルも発表される。コレクションで発表されるスタイルは、極端に言えば現実的か非現実的か、その二種類に分類される。

では、今回のテーマとなるステファン・クック(Stefan Cooke)はどちらに分類されるのだろうか。答えを急ぐのはよそう。まずは簡単であるがクックのストーリーを辿っていきたい。

クックは3人のデザイナーの下でファッション界におけるキャリアを積む。その3人のデザイナーとは、ウォルター・ ヴァン・ベイレンドンク(Walter Van Beirendonck)、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)、クレイグ・グリーン(CRAIG GREEN)の3人である。前述の分類で言えば、3人とも非現実的な服をデザインするデザイナーに分類できる強者たちだ。

カラフルな色使いとポップ&コミカルなフォルムで見る者を驚かせるウォルター、歴史を一人横断してきたかのごとく大胆かつ劇画的なデザインによって自身の世界へ皆を引き込むガリアーノ、ミリタリーやワークウェアをベースに奇想な発想を展開し、リアルなアヴァンギャルドを発信するグリーン。三者三様のデザインではあるが、3人とも非現実的スタイルを披露する点で共通項があり、世界でも指折りの評価を獲得している屈指のデザイナーたちである。

ファッション界での経験を重ねたクックは、2018年にパートナーのジェイク・バート(Jake Burt)と共にブランド「ステファン・クック」を設立し、2019年にはLVMH PRIZEでファイナリストにもノミネートされる。

僕はウォルター、ガリアーノ、グリーンの下で経験を積んだ事実を知った時、とても面白いと思った。良くも悪くも修行を積んだデザイナーの影響は、シグネチャーブランドをスタートさせた際、デザインに現れる。影響を強く受けすぎたが故に、師匠であるデザイナーのフォロワーのようなデザインになることも珍しくない。そうなってしまっては、常に新しさを欲するファッションでは市場のニーズを満たすブランドにはなれず、消費者に関心を持たれることもない。経歴は成功を約束するものではない。デザインに価値があってこそ、ファッションデザイナーは成功する。

クックは自身のデザインに価値を作り出す。

彼は師匠たちのフォロワーとはならず、3人のデザイナーたちのエッセンスをそれぞれ吸収する。デザインはクラシックなメンズウェアがベースになっており、シルエットもスマート&シンプルで、奇抜な造形がデザインされているわけではない。仮にクックのシルエットを無地の素材で仕立てたら、セクシーなラインが感じられるシンプルな服がお目にかかれるだろう。

しかし、クックはシンプルなシルエットの上に、ウォルターを思わせるインパクトの強い色使い、メンズとウィメンズ、カジュアルとクラシックをガリアーノ的に横断したドラマティックな組み合わせ、抽象的かつ複雑な柄と装飾を作るグリーン的視点を盛り込み、3人のデザイナーたちのスタイルを統合・更新された場所にまで到達させることで、現実よりの非現実メンズウェアという自身のオリジナルスタイルを獲得した。

とても創造的で聡明なデザインだ。冒頭で述べた通り、ファッションには多種多様なスタイルがある。それらのスタイルの更新が幾度となく繰り返され、現代ファッションのスタイルが作り上げられている。僕らは歴史の延長線上に生きてファッションを楽しんでいる。クックのデザインは、まさにその生きた見本と言えるスタイルだった。一瞬にして陶酔するエレガンスとは異なる、醜さも感じるエレガンス。この価値観をデザインしたクックの手腕と精神は見事である。

醜いエレガンスが、一つの新しい価値観として現れてきた現代のファッション界。未だこの文脈上で世界に衝撃をもたらすデザインは登場しておらず、スマートでクリエイティブなデザインを披露したクックだが、デザインコンテクストという大きな文脈を更新するにはまだ至っていない。

ファッションはゲーム。クックはこのゲームの勝者となるだろうか。

〈了〉

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