現実に迫るチルドレン オブ ザ ディスコーダンス

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AFFECTUS No.217

服は人間が着ることで初めて完成を迎えるプロダクト。だからこそ「着る」という最後の役割を果たして発表するファッションショーは、最新コレクションを最も美しく魅力的に見せる方法として最適な手段だと僕は思っていた。

だが、2021SSシーズン、僕の常識を揺さぶるコレクションに遭遇する。オンラインで映像を発表するデジタルファッションウィークとなった2021SSミラノファッションウィーク。各ブランドから発表された映像の多くは、青い空や緑の樹々といった美しい自然を背景にモデルたちの着用姿を撮影するタイプだった。それらの映像はたしかに美しくはあったが、同タイプの映像が何度も発表されて僕はいささか食傷気味になる。

そんな時、最終日となった4日目にミラノファッションウィーク初参加となった「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス(Children of the discordance)」のデザイナー、志鎌英明は異色の映像を発表する。僕はその映像に魅入ってしまう。

映像の舞台となったのは東京。自然の匂いなどまったく感じられない高層ビル群の都会を背景に、二人のスケーターがチルドレン オブ ザ ディスコーダンスの最新コレクションを着用して東京の昼を、夜を駆け抜ける。スケーターの名は守重琳央と吉岡賢人。守重と吉岡がチルドレン オブ ザ ディスコーダンスを纏って、スピードとスキルにあふれたスケーティングで東京を颯爽と滑っていく姿をローアングルから追いかける映像は、味気ない景色にしか見えなかった高層ビルが建ち並ぶ東京の街並みを、一流のスポーツプレーヤーによる一流のパフォーマンスが披露されるスタジアムのごとく僕に感じさせる。

「道路とは、こんなにもカッコいいパフォーマンスが披露される場だったのか」

日中なら多くの自動車が行き交う高層ビル群の狭間にある道路を、守重と吉岡は自由に大胆に走り抜けていく。昼間は会社へと向かう人々で溢れかえるオフィス街の歩道を横断し、高層ビルのエントランスにある階段や手すりを守重と吉岡がスケートボードと共に飛び越えていく姿に、刹那的な感傷を抱く楽曲を乗せた映像に背徳感と美しさを覚え、僕に気持ちよさに浸ってしまう。とりわけYENTOWNのメンバーでMONYPETZJNKMNとしても活動するPETZが、ラッパーJin Doggを客演に迎えた「Blue feat. Jin Dogg (Prod. Bluxz)」が流れるシーンは、抑揚が抑えられたトーンのヴォーカルとリズムが、守重と吉岡がスケートボードに乗る姿にさらなる切なさを添える。

過去にチルドレン オブ ザ ディスコーダンスは、ファッションショーでの発表も行なっている。僕はそれらのショー映像をブランドサイトで確認のために3シーズンのコレクションを視聴するが、2021SSシーズンに発表された映像以上のカッコよさを感じるには至らなかった。ファッションショーは服のシルエットやディテール、素材の雰囲気、スタイリングというファッションの構成要素をわかりやすく伝える点で優れている。しかし、今回チルドレン オブ ザ ディスコーダンスが発表した映像はスケーターの走る姿を捉えた映像であるがために、服の詳細がわかるわけではない。ファッションショーの魅力を成り立たせる要素が欠けているにもかかわらず、ファッションショー以上に服が魅力的に感じられたのはなぜか。

僕は「Blue」を聴きながらこの文章を書いているうちに、こう感じ始める。ファッションとは生活の中でこそ映えるものなのだと。スケーターたちにとってスケートは生活の一部、いや生活そのものだと言っていい。そんな生活者のために作られた服を、その服を必要とする人間が自身の生活のために着ているリアルな姿は、服が本来必要とされる場で必要とされる人々に着られることが、こんなにも躍動的に見えて美しいものなのかと驚きを覚えさせるものだった。そこにはファッションショーを超える美しさが生まれていて、そんな瞬間を観られたことがチルドレン オブ ザ ディスコーダンスの映像を繰り返し何度も観た理由なのかもしれない。

チルドレン オブ ザ ディスコーダンスは横浜で育った志鎌が体験したギャング、ヤクザ、ヤンキー、バイカー、スケーター、DJ、ラッパーといったカルチャーのすべてが渾然一体となり、ファッションへと投影されているブランドだ。一見するとグラフィックを多用したストリートテイストのモダンカジュアルウェアに見えるが、素材に用いられる柄はアメリカやアジア、ヨーロッパのカルチャーも連想させる世界の混濁を思わせ、服に取り込まれた情報量が過剰なまでに詰め込められて都会の雑踏的匂いが香ってくる服でもある。大胆で自由、秩序を乱すが暴力的ではない服は、街を横断していくスケーターの走りとまさに合致するファッションだと言っていい。

発表された映像は、必ずしも守重と吉岡の華麗なスケーティングばかりが披露されているわけではない。着地に失敗し、バランスを崩して地面に転ぶシーンも映っており、アスファルトの上に倒れる姿は、揺れる画面を通して痛さが観ているこちら側にも伝わってくる。けれど、失敗する人間の姿をありのままに映した映像はカッコ悪いものではなかった。派手に転んだ人間が、再びチャレンジし、華麗で難度の高いスキルを成功させる。僕は失敗を繰り返し、それでも成功する過程こそがカッコいいのではないかと思い始めた。初めての挑戦で成功する。現実の世の中でそんな体験はほとんどないと言っていい。失敗を繰り返し、そうして挑戦に成功する。それが本当の現実ではないか。

映像終盤、高架下に向かって夜の車道をスケートボードに乗って走る守重と吉岡の後ろ姿を映すシーンが流れる。黒いコートの裾が翻り、足で地面を蹴って蛇行しながら進む二人のスケーターの後ろ姿には切ない美しさが漂う。服が人間を美しく見せた瞬間、守重と吉岡が着ていた服の背中にはチルドレン オブ ザ ディスコーダンスのストリートなグラフィックが添えられ、映像に使われた最後の曲、Zacari の「Lone Wolf」がこのシーンをいっそう美しく魅せる。

チルドレン オブ ザ ディスコーダンスは夜を超えて先へ進む。

〈了〉

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