AFFECTUS No.225
次代のスター候補として注目を浴びていることを知り、「ナマチェコ(Namacheko)」について書いたのが昨年の9月。それから1年が経過したことになる。その間、ナマチェコはデザインをどのように更新しているのだろうか。
ファッションデザインの更新には、大別して2種類ある。一つは確固としたスタイルを継続しながらアップデートを行う方法。そして、もう一つはイメージは継続しながらも、シーズン毎にスタイルの大胆な変化を見せていく方法である。
例えば前者を代表するブランドとしてマーガレット・ハウエルがあげられる。ハウエルはシーズン毎にスタイルを大きく変化させない。時代に合わせて自身の完成したスタイルを更新していく。後者を代表するブランドといえば、コム デ ギャルソンになる。一貫してアヴァンギャルドというイメージは変わらないが、スタイルそのものはシーズン毎に変貌する
ナマチェコはどちらの道をたどっているのだろうか。そこで僕は2017AWコレクションから最新の2020SSコレクションまでをチェックしてみると、ナマチェコが明らかに変化を見せ始めていることに気づく。
ナマチェコは、デビューコレクションの2017AWコレクションから2019年9月現在まで6つのコレクションを発表している。ナマチェコのデザインは、メンズウェアから始まっていることもあり、ベーシックウェアを軸にディテール・色・シルエットに独創性を盛り込みながらも、シンプルな外観でモード性を打ち出している。ブランドのスタイルは、デビューコレクションの2017AWシーズンにしっかりと確立されている。このデビューコレクションでは、シャツ・ジャケット・クルーネックニットといったシンプルなベーシックアイテムに、細部のカットで独創性を披露していた。
例えばシャツ。衿のカットが波打って曲線を描き、切りっ放しで仕上げられている。左胸に取り付けられたポケットもカットが波打っており、切りっ放しである。前身頃の左右にダーツが1本ずつあるが、通常の縫い代を裏側にする縫い方ではなく、ダーツをつまんで縫った縫い代を表側に出している。そのため、前身頃表面にダーツ縫い代分の凹凸ができており、その凹凸の上から左胸にポケットが縫い付けられているため、ダーツによってポケット中央に突起物があるようにかすかに膨らんでいる。この胸ポケットもよく見ると、ポケット口も縫い付けられてポケット口が塞がれている。
デビューコレクションで発表されたアイテムにステンカラーのファスナー開きブルゾンがあり、このブルゾンにも前身頃にダーツがあるのだが、ダーツの本数と長さが奇妙である。
通常のブルゾンで見られるように、前身頃ウエスト付近にフラップ付きポケットがあり、ポケット口からダーツが胸に向かって直線で伸びている。このダーツの配置自体はジャケットでもよく見られ、珍しくない。だが、通常のジャケットのダーツ本数が一つの前身頃に1本・左右両身頃で合計2本であるのに対し、ナマチェコのブルゾンは一つの前身頃に3本・左右両身頃で合計6本も入っている。過剰な印象を抱くダーツ本数だ。しかも前身頃中心側のダーツの長さが一番長く、脇側のダーツになるにつれダーツの長さが短くなっていき、3本のダーツの先端が階段のように段差がついている。また、ポケットのフラップ自体もシャツの衿と同様に波打ってカットされている。
細かい記述になってしまったが、デビューコレクションのナマチェコはシンプルな外観に見えながら、細部に奇妙な変化が加えられている。
翌シーズンのショーデビューとなる2018SSコレクションでは、その奇妙な変化が大胆さを伴う。
2018SSコレクションで印象的なアイテムにステンカラーコートがあげられる。フォルム自体は極めてベーシックで、ストレートシルエットで膝下よりも長い着丈のロングコート。だが、コートの色使いが不可思議である。
衿に使用された色で、それ自体は普通なのだが、身頃の色使いに大胆な変化が施されている。右身頃の袖は赤く、その赤い色が身頃中央側へ進行するにつれ、グラデーションで色が赤からオレンジ、オレンジからイエロー、そして前中心では黄色味がかった白へと変化している。左身頃も同様のグラデーション変化を見せている。ただし、色は異なる。赤ではなく緑だ。袖の色は緑で、身頃中央側へ進むにつれて左身頃と同じく色がグラデーションで緑の色味がどんどん薄くなっていき、最後の前中心では緑味がかった白に変化している。
左右両身頃で異なる色で、虹のようなグラデーションによる色変化を起こしたコートは、デビューコレクションで見せていた奇妙さが大胆な姿で現れた。
また、シルエットにも奇妙さが加えられている。代表するアイテムはアウター類になる。スリムなシルエットでウェストがシェイプされた黒いジャケット。そこだけ見ればおかしな点はない。だが、身頃のスリムなシルエットに対して袖の形が明らかに太く、バランスが崩れている。まるでサイズの異なるジャケットの袖と身頃を縫い付けたかのようだ。
このアンバランス感は、ナマチェコのコレクション全体に不安感を煽るようなダークさをにじませている。ベーシックでシンプルな服ながら、奇妙な空気をどこか感じさせる原因は、アンバランスなシルエットの組み合わせにあった。実践していること自体は難しくなく、パターンも複雑ではない。だが、身頃と袖のサイズ感のバランスを崩す。こんなにも容易な方法で奇妙な空気を出せることは驚きであった。
このようにデビューからナマチェコは、シンプルな方法をダイナミックにアンバランスに展開することでデザインを行う手法を見せていた。しかし、2019SSコレクションになると変化が現れる。グラフィカルな要素の登場だ。2019SSコレクションで頻繁に登場する柄がある。ダイヤモンドの形をした柄だ。
このダイヤモンド柄は、デザイナーのディラン・ルー曰く自身が厳格なイスラム教徒の両親に生まれた背景からの思索から発想を得ている。
「僕は厳格なイスラム教徒の両親の元に生まれながら、自分は本当にイスラム教徒なのかっていう疑問があって。その葛藤の理由は何故かと考えて、心のどこかでイスラム教徒であることを恥じているのではないか、でもそれは決して恥ずべきことではないっていうところに辿り着いた。だから、ダイヤ柄に象徴されるイスラミックアートがコレクションに登場したんだ」FREE MAGAZINE「NAMACHEKO」より
ルーのアイデンティティをダイレクトに投影したダイヤモンド柄が、ニット・シャツ・ボトム・アウターに多用されている。しかも、奇妙なバランスも混ぜながら。
アウターの左右身頃に施されたダイヤ柄が、服の中央で一致するアイテムがある。だが、ダイヤ柄の大きさが左右で異なるため、服の中央でダイヤ柄同士がズレてしまっている。そこに整えられたバランスはなく、しかも服の形がシンプルなデザインゆえにアヴァンギャルドと呼ぶには突き抜けておらず、果たしてこのデザインは美しいのかという疑問さえ生じてくる。
最新2020SSコレクションでもグラフィカルな要素による奇妙さが増している。太さ8センチほどのボーダーが、織物のように交差した素材のトップスとスカートが登場する。まるで、糸と糸が交差した織物の表面を超拡大したかのような素材である。
「いったい、なんなんだ、これは……」
2020SSコレクションは幾何学模様の柄がいたるところに使用され、ナマチェコの直線的シルエットと組み合わさることで、奇妙さは加速していた。
加えて登場するモデルたちは奇妙な帽子をかぶっているのだが、その姿は中国的でもあり、しかし東欧の兵士でもあるように見えて、イメージが確定せずに揺れてしまう。それがまた奇妙さを加速させる。
ミステリアスな服。現在のナマチェコは僕にとってそのような印象を抱かせる。一見して服の外観はシンプルにもかかわらず、ダイナミックなディテール・色・シルエットが各々アンバランスに融合している。
結果完成した服からは疑問を感じさせる。この服が持つ美しさは正しいのか否かと。
ナマチェコを見ていると、トレンド(コンテクスト)から距離を置いているように見えてくる。現代の時代感から距離を起き、自身の思索に耽り、その思考の結果をファッションを通して僕たちに見せている。現世から隔絶して生きる哲学者のようでもある。
ナマチェコの服を難解に見せている最大の要因は、トレンドとの隔絶だ。だからこそ私は難しさを感じる。デビューコレクションから更新した今のナマチェコに。
果たしてこの服は現代の消費者にどこまで響くのだろうか。シンプルでありながら、ここまで難問を突きつけられた服は近年記憶にない。だからこそ、これからのナマチェコの行方が気になる。
これからナマチェコは、ディラン・ルーは、いったいどんな変化の過程をたどるのだろうか。
〈了〉