ここにダブレットという名の本物が誕生した

AFFECTUS No.228

2018年に「LVMH PRIZE」でアジア人初のグランプリを獲得した「ダブレット(doublet)」の井野将之。この栄冠によってブランドの知名度は世界へ広がり、デザイナーである井野への注目度も飛躍的に高まっていった。快挙の達成以降、コレクションはさらなる発展を遂げ、ネクストステージと呼べる領域にまでデザインクオリティを到達させている。

史上初のデジタルファッションウィークとなった今年7月のパリメンズファッションウィークで、ダブレットはある映像を発表する。映像が始まると、現れたのは熊のぬいぐるみだった。しかし、ぬいぐるみと言うにはシルエットがスレンダーで、全身には黄・青・赤・ピンク・白で彩られた六角形上のモチーフがふんだんに取り付けられ、この熊のぬいぐるみにカワイイという感情を抱くことは無理に思えた。「熊のぬいぐるみ」というカワイイはずのものがカワイく感じられない現象に、僕は困惑してしまう。

今までパリで発表してきた日本ブランドの中に、こんなにも異質で異様な存在感を抱かせるブランドがあっただろうか。カッコいいとかカワイイとか、これまでファッションを形容してきた言葉が意味を成さなくなる。井野将之は、これまでファッションを形容してきた言葉を価値なきものにしていた。

困惑と混濁を起こした2021SSコレクションは「Rakuten Fashion Week TOKYO 2021 S/S」で新展開を見せる。ダブレットは3年半ぶりに東京のファッションウィークで、最新コレクションを発表するが、パリで発表された2021SSコレクションを新たに制作した映像で発表するという試みを行う。

映像は開始間もなく、夜の中に佇む洋館を画面に映し出す。映像は建物に足を踏み入れた人物の視線で進んでいき、画面からは足音が聞こえ、ドアが開き、視線が室内を彷徨う。建物内を進んでいくうちに人影に遭遇する。それはダブレットを着用したゾンビだった。白い顔と怪しげな動きを見せるゾンビたちが次々に登場し、威嚇的な態度を見せるゾンビも現れ、映像はホラー映画の様相を呈していく。

ゾンビたちに追いかけられ、息を切らして逃げていく人物の視線が、映像の怪しさをさらに増大させ、この映像の着地点はどこにあるのだろうかと疑問を抱くようになる。ゾンビから逃げていた人物は建物外へ出られるのだが、夜が明けていた外に待っていたのはパリで発表された映像に登場した熊のぬいぐるみであり、ぬいぐるみは玄関の正面でこちらに向かって手を振っていた。

熊のぬいぐるみはマスクを脱いで素顔を現し、奇声で驚かす。その奇声に驚いた人物はその場に倒れ込み、せっかく外へ逃げ出したのにゾンビたちによって洋館の中へ引きずり込まれ、玄関のドアが閉じられる。そこで画面は切り替わり、白いテーブルクロスがかけられたテーブルがいくつも並ぶレストランが映し出され、そこを会場として映像に登場したゾンビたちがモデルとなってランウェイショーが突如スタートした。

モデルとなったゾンビたちは、さきほどまでの怪しげで、たどたどしい動きが嘘のようにレストランのフロアを颯爽と軽快に歩いていく。そうして全モデル(ゾンビ)が出演を終えると、破天荒かつ破綻的な演出によって始まったショーは唐突な終わりを迎える。最後に登場した井野将之は数度会釈をして挨拶する。その姿だけを見れば、通常のファッションショーで挨拶するデザイナーを映しているだけにしか見えない。僕自身、そう思って高揚も感嘆もすることなく平常心で観ていた。

すると、井野の背後に並んで控えていたゾンビたちが突如井野に襲いかかった。ゾンビたちに囲まれて井野の姿は見えなくなり、ショーは真の終わりを迎える。大掛かりな仕掛けがあったわけではない。デザイナーをモデルが取り囲んだ。言葉に表現すれば、ただそれだけのことだ。

しかし、ショーの最後に行われるデザイナーの挨拶とはショーの終了を意味するものであり、観ている者としてその場面で意識が断ち切られる。だが、終わりを意味するはずのデザイナーの挨拶シーンに演出を仕掛けたことで、意識が断ち切られるべき瞬間にショーの続きを見せられた唐突さは、わずか数秒の演出ではあっても想像外の出来事に僕は思わず吹き出してしまった。

ダブレットが見せた怪しさと笑いが混在したショー、ユーモアとホラーが入り変わり現れるショーに気づかされる。コレクションを観ていたら当たり前に感じるはずの、カッコいいとかカワイイとかという感覚がまったく感じられなかったことに。パリだけでなく東京でも、これまでファッションを語られてきた形容詞をなきものにする井野に、僕は感じたばかりの笑いとは逆の怖さを覚えた。ファッションを見ていてファッション的形容が思い浮かばなくなる体験は記憶になかった。

正直にいえば、今回の東京で発表された映像を最初に観たときは、そこまでの面白さを感じることはなかった。むしろ14分という映像の長さに少々飽きてしまっていたのが事実だった。しかし、井野がゾンビたちに襲われるフィナーレの光景を目にして、映像の視聴から時間を経た今感じることは怖さであり迫力だった。

ファッションを語るに適したはずの言葉が出てこない感覚に、僕は怖さを覚え、井野は新たなる覚醒の時を迎えたのではないかと思えるほどで、ここまでの奥深い世界観を持っていた井野将之というデザイナーは、僕が思う以上の才能を秘めているデザイナーなのかもしれない。事実、彼のデザインはこれまでパリで発表をしてきた、これまでの日本人デザイナーとはまったく異なるカテゴリーに属している。

アントワープシックスの一人であるウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(Walter Van Beirendonck)をずっと現代的にし、デイリーに着られるリアリティを取り入れ、1970年代レトロな空気に東京下町ヤンキー感、ぬいぐるみと子供服の世界観を重ね合わせ、異なるイメージを複数隣接させて人々の感覚を新感覚へ誘う、とびっきりにモードなデザイン。これまでのパリコレクションに参戦してきた日本ブランドとは異質で異様、まったく異なる文脈に位置する至上の場所に立つ存在。それがダブレットだ。

井野将之は覚醒した。本物がここに誕生する。その名をダブレットと言う。

〈了〉

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