ヤエカのパンツを穿き続けよう

AFFECTUS No.231

服に刺激よりも心地よさを求め始める時期がやってくる。それが年齢を重ねたことによる趣向の変化なのか、はたまた生活の変化によるものなのか、理由はいくつかあるだろうし、もしくはそれらの理由がすべて重なり合ったが故の変化かもしれない。一瞬で高鳴る心の揺れよりも、平坦だけれども安心できる心の穏やかさを求めたくなるそんな瞬間、着たくなる服がある。

そんな気分の際にふさわしいブランドの一つが「ヤエカ(Yaeca)」だろう。指先を素材の表面に触れると優しく滑らかな感触、身体を締め付けることなく、かといって野暮に見せることなく適度な布の分量をデザインしたシンプルなシルエットを、奇を衒うなんて表現とは無縁なベーシックなアイテムに落とし込んだ服は、着用すると長い旅行から我が家へ帰ってきたような安心感が香っている。

正直言うと、僕はヤエカのシルエットが苦手だ。素材感とベーシックな色使いは好みだがシルエットに丸みが強く、そこが丸みよりもキレをシルエットに求める僕とは相性が悪いように思う。だが、僕はヤエカの服を一着だけ持っている。そのアイテムはパンツだ。

コットン100%の素材感は肌に触れると気持ちよさをもたらし、やや起毛した質感もふんわりと柔らかく優しい。シルエットは腰回りを緩やかなフィット感が包み、裾に向かって控えめにテーパードしていく。色はグレー。濃くもなく薄くもなく、曖昧なニュアンスの優しい色味が生活に優しく溶け込み、穏やかな毎日を邪魔しない。ディテールも至ってシンプルだ。縫い目利用のサイドポケットに箱ポケットのバックスタイル。単純に服の外観だけを見れば、一瞬でときめくような斬新さと強烈な個性は皆無だが、ありふれた服に見えるけれど、素材・シルエット・色・ディテールがこの組み合わせで存在して欲しかったというバランスの美しさが、そのパンツには宿っている。

パンツというのはデザインをするのが非常に難しいアイテムだ。2本の筒という形状の制限が大きく、シルエットに関して言えば、筒の幅の表現と股上の深さの2点にデザインのポイントが絞られてくる。しかし、単純に思えるがその2つの要素をどんなバランスで組み合わせるかによってパンツというアイテムの印象は大きく変わってくる。もしかしたら、デザイナーのセンスが最もよく現れるアイテムなのかもしれない。

ファッションは時代の空気を表す。服を着ることは、時代を着ること。これまで僕はそう述べてきたが、その思いに今も変わりはない。アイテムの中で最も時代性を表すのはパンツだろう。ファッションの歴史を振り返った時、時代を象徴するパンツのシルエットというものが存在してきた。1970年代のヒッピーファッションと連動するフレアシルエット、ミニマリズムが支配した1990年代のスレンダーシルエット、2010年代はストリートが世界を席巻し、ワイドシルエットのパンツがトレンドの最前線に浮上してきた。

そんなふうに時代の空気が変遷していくと共に、その時代のファッションを象徴するシルエットのパンツも変わってきた。しかし、ヤエカのパンツは世界の変化に揺さぶられない強固さがある。ここに僕は発見する。極めて凡庸に見えるシルエットが、時代の移り変わりに耐える強固なデザインとなっていることを。一時期の人々の心を熱狂的に捉える強烈さはないが、凡庸であるからこそ時代が変ろうとも、どの時代になろうとも惹かれてしまう人々がいる。パンツのみにならずアイテムすべてに普遍性が宿っているデザイン、それがヤエカなのだ。

ファッションをデザインするとは何だろう。

一眼で心揺さぶるインパクトを生むことがファッションデザインだろうか。いや、答えはそれだけじゃない。ロングタームで人々に「着たい」と思わせ続ける類のデザインが、ファッションにもあるのだ。

ファッションの価値を一瞬の熱量だけで判断することは難しい。熱とは違う類の心の揺れで価値を生み出すファッションがある。ヤエカはそんな視点から服を楽しむ提案をしたブランドなんだと僕は思う。強さよりも穏やかさを。熱よりも静けさを。平穏をデザインするヤエカのパンツを、これからも僕は穿き続けようと思う。

〈了〉

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