AFFECTUS No.234
毎シーズン、多くの新ブランドがデビューするファッション界。昨年には想像することもできなかったコロナ禍に襲われた2020SSシーズンだが、この危機の中でも無事にデビューを迎えたブランドたちの中で一つ気になっている日本ブランドがある。ブランドの名は「ネプラ(Nepla.)」と言う。このブランドネームは「NEO」「PLANT」「PLAIN」の3語から取られた造語になり、“BOTANICAL PRODUCT”がキーワードとなってタデアイ、豆、墨といった天然染料で天然素材を染色し、それら素材をミニマムかつクリーンに仕立てたデザインを特徴としている。
僕が惹かれたのは発表されたビジュアルが持つピュア空気だった。しかし、ピュアな空気といっても、ネプラのそれはやや暗さを帯びている。岩肌が露わになり、草が生い茂り、木々が閑散として立ち並ぶ風景を背景に写されたビジュアルは、自然の美を静かに讃えながらも、暗い空気がほのかに匂い、沈んだ気分が晴れる寸前の心情といったような微妙で繊細なニュアンスが迫ってくる。なんとも儚い世界観だ。
服のデザインに目を移そう。先ほど述べた天然染料で天然素材を染色するネプラの特徴は、その表現だけを捉えると、ナチュラルな服、いわゆるほっこりとしたスタイルが連想されてくるが、ネプラはワークウェア的な、農民的土着的な泥臭さと雄々しさに都会的モダンな感性が溶け込んだクールなメンズ&ウィメンズという印象であり、遊牧民が自然を生き抜く中で培われた感性で、現代都市で僕たちが着るベーシックウェアをリデザインしたような、そんなイメージが僕の想像の中で立ち上がっていた。
存在感で魅せる服というよりも、佇まいで魅せる服とでも言えばいいだろうか。従来のファッション観を覆すといったデザインとは無縁ではあるが、僕が言うところの自然派デザインの文脈上で、ナチュラル側に触れずモダン側に触れたデザインを確立することで、これまでの自然派デザインとは異なる文脈、新たなる根を作っている。きっと僕はそこにささやかな新しさを感じたからこそ、ネプラに惹かれたのだろう。強いインパクトを持たない新しさにも、人の心を揺らすパワーは確かにあるのだ。
僕がこのブランドを知ったきっかけはショールーム「LINKS」のウェブサイトを見ていた時だった。「マメ・クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」や「アカネ・ウツノミヤ(Akane Utsunomiya)」、「フォトコピュー(Photocopieu)」といった注目ウィメンズブランドが所属する「エイト・リンク」の中に、2020SSデビューの新ブランドとして紹介されていたのがネプラであり、そこに記載された短文のテキストと澄んだ空気感が美しい小さなビジュアルが心に引っ掛かり、ネプラへの関心が生まれていった。
ネプラはブランドサイトを作ってはいるが、現在のところ真っ白な画面中央に浮かぶ黒いブランドロゴがあるだけで(ロゴをクリックするとメールが立ち上がる)、ブランドのコンセプトを伝える「ABOUT」といったコンテンツもなく、これ以上ないぐらいコンテンツが皆無な潔い状態になっている。Instagramアカウントも写真はアップされているが、キャプションは無いもの等しく、タグだけというポストも多い。
情報が重要な現代においてデビューしたばかり新ブランドが、ここまで自らの存在をアピールする手法を視覚表現に傾ける例は珍しい。知りたい情報をオフィシャルに知ることがまったくできない。そこに渇望感や不満足感はあるけれど、情報の享受が当たり前となった現代ではネプラの姿勢が、逆に僕の中にネプラへの興味関心をさらに掻き立てる効果を生み出していた。
前回取り上げた「コモリ(Comoli)」も、ブランドの情報を伝えることから距離を置いているが、コモリはすでに人気を確立して多くのファンを獲得しているからこそ、あの手法が成り立つのではないかと僕は感じている。情報を極限まで控えたアピール手法で、SNS全盛となった現代で新ブランドが可能性を見せられるかどうか、ビジネスの側面からも僕はネプラの今後に注目している。
ネプラは着る人を飾り立て、存在を際立たせる服ではない。だが、抑制されたデザインのウェアに魅了される人はきっといるだろう。誰もが強烈なインパクトを服に欲しているわけではない。自分の気分を心地よくさせてくれる、ささやかな服を欲している人間は日本に、世界にいる。ネプラはそんな人々へ届ける。声を発せず、姿勢によって語ることで。
〈了〉