妖しく美しいクリスチャン・ディオール

スポンサーリンク

AFFECTUS No.250

2016年に「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のアーティスティック・ディレクター就任以来、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)は新しいディオール像を作り上げてきた。いや「像」というよりも「形」と称した方が正しいだろうか。

このブランドは、創立以来ダイナミックで硬質なフォルムに特徴があった。1947年に発表されたニュールックはブランドの象徴であり、デザイン的特徴を物語る際たるデザインになっている。ジョン・ガリアーノ(John Galliano)が見せていた歴史を横断するダイナミックなフォルムや、ラフ・シモンズ(Raf Simons)によるディオールの歴史に沿ったクラシックかつダイナミックなフォルムは、ブランドの伝統に倣いながらデザイナー自身の解釈を巧みに溶け込ませた秀逸なデザインだった。

しかし、キウリのデザインにはガリアーノやラフが見せていたダイナミックで硬質なフォルムはほぼ見られない。クラシックな香りをキープしつつ、女性のボディラインを自然に美しく見せるフォルムを発表してきた。僕はキウリのフォルムに物足りなさを感じていたのが正直なところだったが、継続発表されていくことで次第に違和感を薄れていくのも事実だった。

そして近年のキウリはディオールの「形」だけでなく「像」、つまりイメージを変えてきた。甘さと華やかさが一体となったエレガンスを誇るディオールは、魔術的で怪しげなイメージを発するようになる。

2021AWコレクションをまさにそのイメージを物語るデザインとなった。

ファーストルックに登場するのは白いシャツと黒いスカートをスタイリングしたルック。細部を見ていけば植物をモチーフにした柄素材がシャツの身頃を覆うようにディテール使いされ、一般的なシャツ&スカートルックとは異なる強いデザイン性の仕上がりになっているは一目瞭然だが、フォルムそのものを見れば今すぐ街中で着ることができる自然体の形に仕上がっており、やはりダイナミックで硬質なフォルムは見られない。

だが、ショーのイメージが暗く妖しく魔術的な匂いを放つ。映像で発表されたショーの会場となったのはヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」だった。ヴェルサイユ条約調印の場ともなった鏡の間は、厳粛さが支配する偉大な空間であり、回廊の長さ約75m、幅約10m、高さは約12mにも及び、17組の巨大な窓と578枚もの鏡が壁一面に張られ、豪奢なシャンデリアが天井から並ぶ様は西洋美意識の集大成といえる圧巻の設えだ。

太陽の光が世界を覆う日中に鏡の間を見たならば、黄金の輝きに圧倒されるだろう。だが、キウリは鏡の間が最も美しく見えるであろう日中ではなく、黄金の輝きが失われる夜をショーの舞台に選んだ。光を失った鏡の間は魔術儀式が行われるのではないかと思わせる、ダークでロマンティックなムードを充満させ、シャンデリアは暗く青い光を放つ。

しかし、モデルたちが着用する服はデニムやツイードのコートといった、僕たちにとっては日常的な衣服をベースにモードな息吹が注ぎ込まれたリアルなデザインが多数発表されている。もちろん、これぞディオールと言えるドレッシーでエレガントなドレスやスカート、トップスもデザインされており、リアルとファンタジーを硬軟自在に取り入れた構成となっている。

日常性の強い服と特別で高級感あふれる服を同時に発表し、イメージでコレクションを非現実世界に仕上げ、僕らをダーク&ファンタジーの世界へ誘い込む。魔女が現代のファッションを自分好みに仕立て上げて着こなす。時代と異世界の融合感が迫る。ダークファンタジーでリアルなディオールのウィメンズスタイル。様々に浮かぶイメージは、キウリ自らが魔術師となって世界に仕掛けてきたかのようだ。キウリはディオール像を更新し、ニューディオールの完成を成功させた。

今後注目されるのは、キウリ体制の長期化が図られるのか否か。ファッションは変化していく生き物。1年前は美しかったファッションは今年美しくなくなり、今年美しさを覚えなかったファッションが1年後に美しさを覚える。そんなふうにファッションとは変化が当たり前で、変化とともに価値観が変遷していく。

今、世界は急激に変わった。これからの変化は誰にも予測がつかない。キウリはその魔術的視点と手腕で未来を捉えられるだろうか。ニューディオールの更なる進化に僕は期待したい。

〈了〉

スポンサーリンク